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千年の魔影 七頁目


 神の居城裏門付近を襲った爆発が巻き起こした煙と轟音が収まり、爆心地の光景が顕わになる。

 無傷で済んだ世界樹が見下ろす先にいるのは、この事態を引き起こした幼い姿をした吸血鬼の姫。

 彼女は自身の足元をじっと見つめているのだが、そこにいたのは美しい顔に恵まれた体格を備えていたシロバ・F・ファイザバードで、血を流し続ける脇腹を踏みつける少女の顔に同情の念は一切ない。


「お、のれ」

「ふん。運よく欠片を手放していたか」


 そうしていると聞こえてきた声のしたほうに振り返ると、神器の欠片を取りこぼしたクロバ・H・ガンクが敵対者を必死に睨みつけており、忌々しげにそう呟いたかと思えば、全身から黄緑色の光を発し始め、彼女が見つめる前でこの戦いから退場した。


「うぅ」

「…………こっちの娘が助かったのはどういう原理だ?」

「うぐっ!?」


 その後彼女が視線を移した先にいたのは意識を失っているにも関わらず戦場に残っている優であり、押さえていたシロバをクロバに打ち勝った程の力で蹴り飛ばし鋼属性の術技で拘束したのちに接近。

 その理由を調べるように手を伸ばす。


「エヴァ・フォーネス…………」

「ほう。まだしゃべる元気があったとは驚きだぞ」


 そのタイミングでかすれ声でシロバが話しかけてくるのを聞き彼女は振り返ると、凄惨で残虐な笑みを浮かべ威嚇。それを見たシロバが肩を大きく揺らすと押し黙り、その様子を見て満足した彼女は視線を優に戻しながら、隠している物がないか探る手つきで服の中をまさぐり、


「おい。何でお前がこれを持ってる!」


 そこで絶対に見るはずがなかったものを確認。


「この…………化け物がぁ………………」


 目にした現実がどのような経緯を経て成されたものかを、彼女はらしくもなく必死に考えるのだが、


「――――――――」


 シロバが口にした素直な感想を聞き、体を固め、神妙な表情をした。




「何だと?」


 それはガーディア・ガルフにかつてないほどの驚きを与えるものであった。

 千年前の戦争の際から今日まで、彼は星の数ほどの戦場を渡り歩いた。

 それだけの戦場を渡り歩いてきた彼であるが、自身の速度を目で追えただけでなく、対抗するために体を動かし、自身が撃ち込んだ拳に拳をぶつけた存在というのは初めてであった。


「目を疑うよ。まさか私の速度についてくれる存在がシュバルツ以外に存在したとは」


 無論敵という枠組みに限ればの話だが。


「そう易々と決めさせてはくれぬか!」

「当然だな」


 予想だにしない展開に直面し動きを鈍らせれば、それ以上にありがたい事はなかった。

 なので僅かではあるがそのような展開を期待していたヴァンは口惜しげにそう呟くのだが、さも当然という様子で『果て越え』が返す答えにさしたる感情を抱くこともなく目前の光景に意識を注ぎ、


「というより、一撃たりとも貰うつもりはない」


 そんなヴァンの肉体へと、追撃に星のような数と速度に威力、さらには強烈な熱を兼ね備えた拳が撃ち込まれる。


「数を撃ち込めば容易く捻れると思うたか。千年経っても若いのお主は!」


 ガーディア・ガルフの想定通りであるのならば、それらはヴァンの体に突き刺さり、それで勝敗は決するはずであったのだ。

 が、その想定は覆される。

 撃ち込む拳全てが、ヴァンの濃緑の鱗を備えた手の甲で明後日の方角へと逸らされたのだ。


「身体能力の向上だけではないな。雷属性による反射神経の強化か!」

「ホッホッホ! 始めて狼狽したな!」


 打ち出した拳全てを流された光景、これはシュバルツ・シャークスでさえ成しえなかった事であり、過去最大級の事態を前にして目を見開く。


「見事だよヴァン。君は本当に素晴らしい戦士だ」


 とはいえ驚きこそすれ、それ以上の意味があるわけではなく、加えて言えばその事に苛立ちムキになるほど幼くなく、


「だが君の意地に付き合う義理が私にはない」


 また『最速』であるという事に誇りを持ってはいるものの、誇りのために命を賭ける類の輩でもなかった。


 だから後退する。


 たった一歩。

 されどあまりに大きな、ヴァンの腕や尾が届かない距離までたった一歩で下がって行き、


「儂が仲間を増やしたのはのう」

「!」

「まさにこのためよ!」


 それを事前に予期していたゆえに、その行く手を阻むように黒い渦を顔に張り付けた精霊がおり、驚くべきことにヴァンと同等に近い動きで攻め立ててきた。


「無駄だ」

「っ!」

「ぬ。ぅぅ!!」

「君達は強い。しかしだ、やはり私には届かない」


 それでも竜人族とそのお供は、なおも攻めきれない。

 それまで一方的に攻勢に回っていたガーディア・ガルフが足を止め、地面に根を張っているかのように直立不動で立ちながら両腕をおもむろに持ちあげると、自身を挟み込んだ二人の万を超える拳や爪、それにステッキの攻撃に対応。

 一秒にも満たない交差で全てを見極められ、防戦の状態から相殺状態にまで巻き戻す。


「先程も行ったがのう」

「?」

「お主相手にたった一人で勝とうとは思わん!」

 

 だがなおもヴァンは揺れる事はない。

 攻撃を繰り出しながらも、不敵に笑う。

 なぜならば、彼の作戦はここまで順調に進んでいたからであり、


「ガーディア」

「ガルフ!」


 そんな彼の期待に応えるように、傷を塞ぎ、体力を回復させ、万全とは言い難いものの全力で動くには問題ない状態まで回復した善とレオンの二人が、上階へと続く道と下階へと続く道から出現。

 ガーディア・ガルフを挟み込むように駆け出し三者の元へ。

 ヴァンと彼が呼びだした精霊とは別々の方向から攻撃を行う事で、四方を囲う包囲網を完成させた。


「っっっっ」

「良し!」

「手を止めるな。追い詰めたぞ!」


 現代において指折りの実力者。しかも近接戦特化型の四人による猛攻。

 それを受けた『果て越え』の喉から疲労を感じるもの特有の息が吐きだされ、ヴァンと彼が作った精霊の口から勇ましい声が漏れる。


「燃え、ろ!」


 そんな彼らの希望をポッキリと折るように、短くもはっきりと意図を理解させる言葉が発せられ、天井へと届く勢いの紅蓮の火柱が立ち昇り、使い手の体を包み込む。

 

「クソが!」


 火柱を形成する炎の熱は凄まじく、神器を備えているレオンと強靭な鱗を身に纏っているヴァンは攻撃を続けるため前進したが、神器でもないステッキーを駆使していた精霊は手にしていたそれを溶かし、熱耐性を遥かに上回る炎の柱を前にして善は忌々しげにそう吐き捨てた。


「そこだ」


 そのようにして自身へと危害を加える存在が減ったとなれば、後の展開は誰でもわかる。

 機械的、と言ってもいいほど淡々と、ガーディア・ガルフは残る二人を吹き飛ばし危機を脱した。


「そう。そこだ」

「っっ!!?」

「この一瞬だけが、お主に付け入れる隙だと儂は感じておった」


 それが分かっていたからこそ、老兵は毒を仕込んだ。

 勝負を制するための一手をこの瞬間に注いだ。


「こ、ぶし!?」


 ガーディア・ガルフの体を拳が捉える。

 その正体は姿形を一切晒さぬ、神教最強の暗殺者の拳。

 それがついに『果て越え』ガーディア・ガルフを捉えたのだ。

 



ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


久々の零時過ぎ更新となります。申し訳ありません


エヴァが目にしたもの。ついにガーディア・ガルフに叩きこまれる一撃。

今回の話では描かれなかった別サイド。

戦いはクライマックスを一気に進んでいきます。


次回はシュバルツサイドとガーディアサイド。

お見逃しなく!


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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