千年の魔影 六頁目
当たり前といえば当たり前の事だが、『果て越え』とまで呼ばれるほどの強さを備え、その戦闘方法が自身の肉体を駆使したものである以上、ガーディア・ガルフは神器を持っていた。
それは彼を最強たらしめるにふさわしい性能を誇っており、ヴァンが命を賭けて挑む此度の戦いに於いて、最大の障害となるはずであった。
それを彼はなぜだか使ってこない。
代わりに時折使ってくるのは鋼属性を主体とした劣化品とさえ言えない性能の物であり、一つの到達点に達した竜人族の老兵からすればそれは、蚊ほども気にする必要がないものであった。
最も、抵抗の隙さえ一方的に押し続けている状況なのだ。そのような状況ならば使う必要がないと判断している可能性もある。
しかし此度の相手側の目的が神の座の殺害であり、時間をかければ援軍を呼ばれる可能性がある以上、長々と戦っている意味はないはずなのである。
となれば使わずに隠しておく必要は一切なく、戦闘開始から二十分近く経過した現状でも使わないのはおかしなことだ。
「…………『影』か」
「っ!」
そのような考察の末、応えられない事は承知の上で行った質問。その返事を聞きヴァンは肩を揺らした。
「不死性を持ってはいるが神器を警戒するなら能力の類は避けるはずだ。空気を骨子にしたかと思い部屋中の温度を高めてみたが、何らかの反応が返ってくるわけでもない。触れられず、世界を満たす者という事で『光』を連想したが違うようだ。いやそもそも、属性を基盤にした精霊ならば、その特徴が色濃く出る。その程度ならば精霊に詳しくない私でも充分にわかるはずだ。しかし君の出した彼にはそんな様子はない」
ガーディア・ガルフが自身が答えに至った道筋を語る間に肩を並べるヴァンと精霊。
彼らは表には出さないよう細心の注意を払っていたが、その内心は穏やかではない。
「つけ加えるなら、部屋を強烈な明かりで照らして影を消し去りかけた際、幾分か勢いが削がれた。どうかな? 合っているかい?」
ここで何らかの反応を示せば、想定している最後の一手が届かなくなる。
そう理解しているゆえに決して悟らぬよう、息を殺す。
ただどれだけ取り繕ってもガーディア・ガルフほどの存在を完全に騙しきれない事を彼は知っており、内心では両手をガッチリと合わせ、強く祈る。
「…………そうか」
その願いがどこまで通じたのかはわからない。
ただ一つだけ言えることは、今の問いかけでガーディア・ガルフは答えを得て、すると勝負を決するために僅かに体を沈め、
「ヴァン、私は君の成長を誇らしく思うよ。だがもういいだろう。君自身の強さにその精霊の強さを足しても、私には敵わない。そろそろ終わらせよう」
そう告げたかと思えばその姿を真正面から消し去り、間髪入れず真後ろから強烈な痛み――いや熱さが襲いかかり、彼の顔面には大量の汗が浮かんだ。
「ぐ、おぉっ!!」
「ずいぶんと丈夫な体を手に入れたようだが、熱耐性に関してはそこまででもないようだ」
それが背後から音や光を置き去りにして現れた男が撃ちだした強烈な熱を伴った蹴りである事は地面を転がり、着ていたローブを脱ぎ、焼け焦げた後を見つめたところで理解できたのだが、淡々と語られる内容を聞き、彼は戦いが終盤に差し掛かった事を理解した。
とくればもはや一刻の猶予もない。
「ふぅー! ふぅー!」
「まだ立つか」
千年ぶりに自身の体を襲った強烈な熱の塊。
それにより蘇る耐えがたい敗北の日々。その記憶は勝利を誓った老兵のの体から力と抵抗心を奪い、思わずその場に崩れ落ちたくなってしまう誘惑に駆られる。
「手も足もまだ動く。となればこの場を任された者として、易々と諦めるわけにはいかんのう」
が、老兵は歯を食いしばり踏みとどまる。と同時に確かな事実に意識を向ける。
今自身の体に撃ち込まれた一撃は恐ろしく強烈だが、その動きはなんとか捉える事ができた。
となれば、あとは油断なり余裕なりを抱いているであろう目前の宿敵に一撃ぶちかますだけであり、そのために命を捧げる準備はできており、自身だけでなく産み出した精霊にも念話で指示を行い、
「これは完全な推測だが」
「?」
「年老いた君がここに立つ理由は『ただ強いから』だけではないのじゃないかね? 千年前に私に敗北した、多くの戦士の雪辱を果たすため。それに死んだゲゼルの代理…………戦友としての義理人情みたいなものもあるんじゃないか?」
その最中で攻撃する素振りすら見せず『果て越え』と呼ばれている男が指摘した内容を聞き、彼はここが大一番であり、今はそのために神経を張りつめなければならないとわかっていながらも思わず目を丸くしてしまい、
「お主は…………あ、いや何でもない」
口から思わず飛び出そうになった言葉を呑み込んだ。
「………………ではおしまいにしよう」
その様子を目にしたガーディア・ガルフは僅かに関心を抱いたのか首を傾け、日輪を内包しかたのような瞳を僅かに細めたかと思えばじっと彼を見つめ、しかし小さく息を吐きそのような事を呟くと、己が姿をヴァンの真正面から再び消失させる。
「主よ!」
その速度は自身が産み出した精霊では追いきれないものだ。
ゆえに自分だけが頼りである事を理解した老兵は意識を更に研ぎ澄まし、自身が勝機を掴める唯一無二の瞬間を待ち続け、
「そこだ!」
「なに!?」
目で追いきれているという事実を知らずやってきた人類史上最強へと、磨き続けた牙を突き立てる。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
遅くなってしまい申し訳ありません。本日分の更新です!
とはいえ申し訳ありません。昨日今日で体調を崩してしまい、ちょっと短めです。
そんな今回の話は次回以降に向けた溜め回。
この戦争における全てを左右する決戦の終わりへと向け、ちょっとした小休止になります。
ヴァン殿の内心についても語る予定だったのですが、こちらはもう少し後に回す事になったのでご了承いただければ。
次回からはこの戦いの続き+エヴァやシュバルツサイドも一気に進みます。
ラスタリアを舞台にした一大決戦も大詰め。最後までぜひご覧ください!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




