千年の魔影 三頁目
戦場が、蹂躙される。
エヴァ・フォーネスという名のたった一人の天災が如き存在によって。
もはや異世界から呼び寄せた者達を使う事もなく、己が片腕を切り離しただけで行使される破壊の嵐。それが多くの兵士と氷の彫像に降り注ぎ、抵抗する暇も与えず対象を駆逐した。
「クソッ、もう体力が!」
「蒼野!!」
「こっちの事は気に掛けるな! やる事があるんだろお前には!」
「っ」
この戦いが始まってから数時間で、最も苛烈な攻撃の雨。
同じく際限のない粒子を備えているアイビス・フォーカスでさえその立場や思想ゆえに成しえない、使い手の性格を具現化したような荒々しく凶悪な絶技を前にして、メタルメテオやゴロレムの打倒のために特殊粒子を使いきった蒼野の体が狙われる。
「むん!」
「お、おぉぉぉぉ!!?」
それを防いだのは彼らと共に動いており、彼ら以上の疲労を蓄積させているはずの男。
燕尾色のマントで身を包み、装飾など一切されていない武骨な両手剣を両の掌で握り、渋い声に似合わぬ若々しい容姿をしたクドルフ・レスターであり、彼はマントと同じ色の髪を揺らしながら、降り注ぐ光の柱を弾き飛ばした。
「す、すごいですねクドルフさん」
「そのような言葉はいらん。それよりも屋根のある場所…………ラスタリアの内部まで急ぐぞ。シリウス殿、康太君の事は」
「ああ。任せてくれたまえ。君は蒼野君を。では行こう!」
「は、はい」
その姿に蒼野や康太が驚く中、しかし当の本人は疲れなど吹き飛んだかの様子で光の柱を弾き続け、そんなクドルフの様子に驚きながらもシリウスは返事を行い、康太を連れ別の方角へと進んでいく。
「やばいッスね」
「ああ。もうあまり時間は残されていない。彼らは恐らく、全世界から集めた戦力をたった一夜で沈めるつもりだ」
「頭おかしいだろクソ!」
彼らが向こう先は康太が直感で示し、本部から情報を仕入れた場所。
その場所へと辿り着くために彼らは駆けるのだが、そうして走り続けていると戦場の至る所の景色がはっきりと認識でき、胸が締め付けられる。
様々な色をした光の柱が大地に衝突し、ぶつかった地面が消し飛び、その余波で既に粉々になった建物のがれきや木の根が吹き飛び煙をあげる。
そしてそれを受けた戦士は誰もが戦場から去り、減った分を補うために出てきた兵士たちは抵抗の意を示すが、嘲笑うように光の柱はそれらを潰す。
世界中を巻き込む規模の大戦争。
それがたった数時間で、こちら側の全戦力が消耗して敗北するという結果で終わりを迎える。
少なくとも、このままエヴァ・フォーネスを止める者がいなければ。
そう理解するには十分すぎる光景が、ラスタリア周辺を包み込む。
「…………動くぞ」
「了解!」
そのような状況であることを指令室からの伝言で聞き、動き出す者達がいた。
「光の属性混濁をした風属性か。今までの様子を見るに先程の注射器で人工的に成しえたか?」
「その通りだよ畜生! ちょっとは驚け!」
多くの者がそのような未来を予期する中、それを阻止せんと二人の戦士が動き出す。
エヴァ・フォーネスと最前線で鎬を削っていたシロバとクロバである。
「正門から離れた方がいいな。アイリーン・プリンセスに手だしされる可能性が大きく減る」
「デュークに頼りきるのも癪だしな!」
「そういうことだ。そのまま世界樹付近に吹き飛ばせ!」
「命令する、な!」
「ハハッ!」
光属性の速度を得た風を圧縮し、斬撃としてではなく巨大な拳として打ち出す。
それは突然の変化を予期していなかったエヴァ・フォーネスの小さな体を捉え、彼らの思い通りに吹き飛ばしていくのだが、それを受けてもなお彼女は余裕のある表情を浮かべ、それどころか子供が遊園地のアトラクションに乗り込むような気悦に染まった声をあげていた。
「ここがお前達自身が選んだ負け戦の会場か。ふん。いいチョイスじゃないか」
「ダメージがないのは理解できる。いやしかし」
光の速度を得た風の塊に飛ばされるのは、体の前面を全て抑えつけられた状態で、勢いよく押されるようなものだ。
空中でされたとなれば踏ん張ることさえ難しい。
しかしすぐ後を追ってきた二人が目にしたのは、地面に衝突する瞬間に己が身に襲いかかる圧力を全て無効化し、羽のような身軽さと優雅さで神の居城と同程度の大きさの世界樹の前で着地する、黒を基調としたゴシック服を着こんだ幼女の姿である。
「覇鋼!」
「ロイヤル!」
「ん?」
どのように成し得たのかなど、彼らは尋ねぬ。
今もっとも優先すべきことがなにか、理解しているからだ。
ゆえにクロバはさほど砕けていなかった地面を強く踏み、シロバは空に浮かんだまま自身の粒子を圧縮。
「裂破!」
「スラッシュ!」
ここで目前の存在を倒せば、恐らく失った右腕を使った猛攻は止む。いや倒せないにしてもこちらに意識を注がせることができさえすれば、これ以上戦場を荒らすような真似はできまい。
そう考えているゆえにクロバは自身の武器である鉄球『龍紋黒鉄』を生みだすとすぐに拳で撃ちだし、その周囲を埋めるようにシロバが発生させた光輝く風の刃が追従する。
「歪線・S字」
それらの攻撃はエヴァ・フォーネスの冷ややかな視線と共に紡がれた言葉により出現した、彼女を包むような薄暗い灰色の霧に触れただけで軌道を変え、周囲に合ったお土産屋や飲食店に突き刺さる。彼女が口にした通り、『S』の字の軌道を描いた上で。
「空間操作。いや概念操作か!」
「名を紡ぐだけで発動可能か。勘弁してくれホント!!」
能力にも難易度があり、それらを分ける要素には、使っている属性の数や配合率以外にも、能力自体の種類が密接に関わっている。
例えば属性粒子単体でも量さえ使えば可能な『拳の硬度を増す単純な打撃系』『脚力を強化するなどの肉体強化系』とかならば難度は低く、『空間を操る能力』などの属性粒子単体ではなしえず、物理法則に手を加える類ならば高難易度に属する。
概念系はそれよりも更に難度が高いものとされており、希少能力でもない限り無詠唱で使う事は不可能だと言われるほどだ。
それをエヴァ・フォーネスは無詠唱かつ粒子の消費など考えずに連発できる。
「さて、少しは粘ってくれよ?」
自分たちが戦っている存在は事前に話があった通りの規格外で、アイビス・フォーカスと同等の強さを持っているという評価にも納得がいく。
そんな事を考えているとエヴァ・フォーネスは拳で包める程度の小石をいくつも作りだすと宙に浮かせ、石の姿が隠れるほど真っ白な光を纏わせる。
「お前達二人は現代では最上位クラスなんだろ? ならこれくらいはどうにかしてみろ!」
すると彼女は挑発するような声色でそう発し、その言葉に同調するように小石が四方八方へ散らばり、しかし少ししたところで二人を囲うように動き出す。
「クロバ!」
「わかっている。少しのあいだ耐えろ!」
それだけでこれらが自分を狙った追尾弾の類であると判断すると二人は意識を研ぎ澄ませ、飛来する小石の群れを躱していくのだが、その威力に息を呑む。
「絶対に当たるなよ単細胞!」
シロバが空を舞い、縦横無尽に動き続ける途中で目にした光景であった。
自分と比べれば空中戦の適性が低いと言わざるを得ないクロバ。
彼は地上に残ったまま的確な判断力で小石を躱し続け、時には地面から出現させた鉄の塊を足場にして囲いから抜けるのだが、二人へと勢いよく迫る小石は鋼属性粒子を圧縮したそれらに衝突すると、驚いたことに容易く貫通したのだ。
「あぁん?」
当たれば無事ではすまない。
そう一目で理解できる光景であるが、二人の肝を冷やす小石の猛攻は止む。全ての小石が地面に突き刺さり、動きを止めたのだ。
「来たか! 攻めに移るぞ!」
「言われるまでもない!」
それがクロバ・H・ガンクの備える属性混濁の効果であると理解しているゆえ、不審に思い眉をひそめるエヴァ・フォーネスよりも早く彼らは動け、追い打ちが行われるよりも先に距離を詰め、勝負を仕掛ける。
「手足が私よりもチョビっと長いから接近戦を挑む腹か? 馬鹿かお前ら。『歪線』を退ける用意なくして、んなことできるわけがないだろ」
ただ彼女に限って言えば、それらに対抗するため手足を動かすなどという動作をする必要は微塵もなく、
それこそ言葉を綴る必要すらなく、先程と同様に薄暗い霧を自身の周りに展開させ、二人の抵抗をせせら笑う。
「悪いねロリババア」
「なっ!?」
「貴様の想定。上回らせてもらう!」
彼女にとって一つ想定外の事があるとすれば、彼らが切を抜けるための手段。対異星人用の装備『神器の欠片』を手にしていたことで、神器が能力を無効化した事を示すガラスが割れたような音が聞こえると、完全に油断していたエヴァ・フォーネスの小さな頭部にシロバの踵落としが振り下ろされ、その衝撃で足を地面に埋めたところでクロバの拳が鳩尾に撃ち込まれた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
本日分の更新となります。10時半ごろに投稿できたの、結構久しぶりな気がします。
自分としては毎回このくらいの時間に投稿したいところです。
さて今回の話はいかがだったでしょうか。エヴァ・フォーネス戦に関してもそうなのですが、ちょとばかし描写にこだわってみたつもりです。
皆さまから不満がなければ今後とも鍛え続けて行きたいと思っています。良い意見も悪い意見も、何らかの感想をいただければ幸いです。
次回で恐らくエヴァ殿戦は一段落になると思います
それではまた次回、ぜひご覧ください!




