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千年の魔影 二頁目


 シロバ・F・ファイザバードは考える。


 己が心臓を縮ませ、無意識に冷や汗を掻き、全身を震えさせるほどの『敵』とは如何なるものか?


 ただ強い存在…………違う。

 彼は生まれてからこれまでの30年の間に多くの者に出会い、その中には認めるのは癪だが、自分よりもいくらかいた。

 アイビス・フォーカスを筆頭に、師にして友であるデューク・フォーカス。竜人族の長であるエルドラや獣人族の長であるウルフェン。そして少し前に死んでしまった貴族衆の最終兵器。

 彼らは本当に強い存在だが、そのような存在であると感じた事はなかった。

 それこそ獣人族の長であるウルフェンなどからは混じりけのない殺意さえ向けられた事があり、彼はそれを恐ろしいと思った事もあったが、先に述べたような印象までは抱かなかった。


 では猟奇的な殺人鬼など、自分の常識では計れない相手…………でもない。

 ギャン・ガイアやエクスディン=コル、パペットマスターなどの『十怪』を筆頭に、世界にはそのような『狂気』に呑まれたような存在が多々いる。ただ彼はおちゃらけた姿を見せる事はあれど『大人』であり、世界にはそう言う輩がいるのだと理解し割り切れるくらいには聡明であった。


 生理的な嫌悪感を抱く相手、宇宙の深層にいるが如き異形…………とも言えない。

 そのような存在の相手など、何度か遠征に行った際にごまんとしたし、自分の手で仕留めた事も、逃げたこともあった。


 もちろん自分の命を脅かす存在は怖いが、この星で『戦士』として生きてきた彼にとってそれは受け入れられることであった。ミレニアムなどは上記に描いてある要素に加え自身の命を脅かすという事実も兼ね備えていたが、それでも彼はここで負けるわけにはいかないという使命感から乗り越える事ができた。


 ではどのような存在が恐ろしいのか。

 答えは簡単で、今目の前にいる存在こそがそれだ。


「ハハハハ! アハハハハハハハハ! 見ろよアイリーン! あいつらの間抜けな面を! 覚悟してやってきたくせに、涙やら鼻水垂れ流しながら逃げ回ってやがる! 逃げられるわけがねぇのによぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 真っ赤で瞳孔が切れた双眸を見開き、これ以上ないくらい愉快であると口をつり上げ、目の前で起きている兵士の蹂躙を心底楽しいと語るように嘲る小さな少女。

 自身の右腕を小さな小さな、それこそ米粒と見間違うほど小さく分けた黒い影のような固まり。

 それは戦場全体に散っていくと十数人を呑みこめるほどの光の柱を打ち出し、戦士達を戦場から消していく。

 それに対してシロバやクロバは抵抗を示すのだが、視線一つ寄こすことなく、攻撃の手も一切緩めない。

 確かな信念と強さを兼ね備え、人の身で自分たちを脅かす存在。


「お前らは! 無礼にも! 負けるとわかっていながら我が夫に挑んだんだ! そんな奴らが今頃泣き叫ぶとか――――恥を知れ!!」


 つまり逆なのだ。

 無論強さに関しては別だが、彼が恐れる存在とはそのようなもの。

 理解のできる道理や動機を語り、それでいて人間の範疇に収まる姿をして、言葉が正常に通じる存在。それなのに手が届かないところにおり、自分が何をしても意味がないと痛感させる存在。

 そんな者である。


「クソッ、止まらないぞ! 止まらないぞこの化け物!!」


 大抵の場合そのような者は、自分という存在を考慮しない。というよりも意識を向けない。

 ただ自分がやりたいことを自由にやり、その結果周囲に良きにせよ悪しきにせよ、何らかの影響を与えるのだ。

 それが目立つことが大好きな彼は悔しくて辛くって、最初は憤りを感じる。


「貴方は私の事を性格が悪いって蔑むけど」

「あん?」


 そんな彼女の前にデューク・フォーカスとの戦いを繰り広げていたアイリーン・プリンセスが履いていた革靴で地面をこすりながら後退し、


「やっぱり貴方の方が性格が悪いわ」

「はぁ? なに言ってんだお前?」

「色々な理由があるとはいえ、必死に頑張る人を無視するのはものすごく失礼だと思うのだけど」

「…………あぁ。そういやいたな。さっきから無駄な抵抗を行うノミのような奴らが」


 隣に立つ者の言葉を聞くとそのような事を告げ、首を傾け、空から彼を見下す。

 その視線を前にすると、彼は憤りさえ焼失させ、先程告げた状態になってしまうのだ。


 狂気に彩られたわけでもない。

 認識の外にいるような容姿の怪物なわけでもない。

 この戦場においては命の危機さえ訪れないと理解しているのだが、それでも純粋に『恐ろしい』と思ってしまうのだ。


 なぜなら全てを理解できた上で、どれだけの闘志を発しようと、自分は何もできず敗北すると聡明ゆえに分かってしまうから。


「おぉぉぉぉ!」

「!」

「ク、クロバ!?」


 ただそんな彼の思想は、自分のライバルには通用するものではなかったようで、アイリーン・プリンセスが隣にいると知ってなお、油断しきっている幼女の姿をした吸血鬼の頬を殴り抜いた。


「ああそうか。お前もいたな強面ェ!」


 ただ彼の優れた膂力を乗せた一撃を受けても、彼女は踏ん張る事のできない空中にいるにも関わらず一歩も動かず、首を真横にやったままの状態で犬歯をジロリと見せつけ、一瞬だけ煩わしそうな表情を晒し、しかし次の瞬間には幼い見た目には似合わない闘争心と嗜虐心を剥き出しにした笑みを浮かべた。


「いいぞ。私は寛大なんだ。若者に教えを説くくらいの事はしてやるさ」

「っ!」

「ほ~ら。力自慢なんだろ。ならちっとは足掻いて見せてみろよ!」


 そのまま彼女はクロバの腕を残った左腕で掴み、引き離そうとクロバが力を込めるよりも早く、腕を振り抜き乱暴に投げつける。


「お前無茶するなぁ!」

「無茶の一つでもしなければ、勝負にすらなるまい。相手はそういう存在だ。それよりも問題はお前だシロバ。貴様何だその体たらくは!!」


 音を遥かに超えた勢いで吹き飛ばされた事実にクロバは苦痛の表情を浮かべるが、何とか両足で粉々に砕けた着地し、付近の地面を大きく陥没させる。

 すると少々離れた位置にいたシロバが慌てた様子で駆け寄るのだが、そんな彼に対しクロバは苛立ちを孕み、今にも掴みかかろうとするような声をあげる。


「っ」


 それに対しシロバは何も言い返せない。

 普段ならば軽口が飛び出るはずの口は全く動かず、表情だけが辛そうに歪む。

 しかしそれを見ても普段ならば何らかの文句を告げるはずのクロバは何も告げず、


「お前が何を考えているのかなど知ったことではない。性格が違いすぎるがな。だが一つだけ事実がある。ここで俺達が何とかせねば、あの怪物は単体でこの戦場を何とかしてしまうという事実がな」


 肩で息をしながらそう語るクロバが視線を頭上へと注ぎ、シロバが続いて視線を向けた先では、自身の体を大量の紙へと変貌させ、時にはそれをそのまま刃として、時には内部に詰め込んでいるものを放出し足掻くノア・ロマネの姿があった。

 しかしエヴァ・フォーネスは左腕の指先を少し動かすだけで大量の粒子を生じそれらを蹴散らし、奥にいるノアの体を風と雷の斬撃で斬り裂いた。


「であればここで足掻くのが俺達の仕事だ。それを放棄することは俺にはできん」

「ずいぶんとやる気じゃないか。世界を守るっていう仕事はそれだけの誉れってことかい?」


 ただ更に言葉を続けられるとシロバとしては不快な気持ちの方が上回り、口からは思わずそんな言葉が突いて出て、彼は自身が口にした言葉に後悔し、胸を痛めた。


「お前には言っていなかった…………いや他の奴にも滅多に言わない事だがな、俺は基本的に仕事に対しやる気などない」

「はぁ!? じゃあ何でいつもクソマジメに仕事してんだよお前!?」

「それが責務だからだ」

「なに?」

「金を貰っているという事実。部下を持っているという責任感。いやそんな事すら関係ないな。やらなければならないから『やる』ただそれだけの言葉だ」


 しかし彼が淡々と口にした言葉を聞いた途端、その比ではないほどの痛みが胸に襲い掛かり、気がつけば切り札である注射を首筋に刺した彼に習い、自分も首筋に注射器を刺していた。


「お、来るか来るか。いいぞ。ちっとは足掻け」

「言われなくても!」


 そうして二人は戦場へと再度飛びこみ、ノアを完封している彼女へと挑みにかかる。

 

ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です。


前回あとがきで語っていた通りのVSエヴァ・フォーネス戦。

なのですが、今回はシロバの内面描写回が中心となりましたがいかがだったでしょうか。

最近書き方自体を色々模索していまして、多少なりとも気に入っていただけたら幸いです。


次回も引き続きエヴァ戦になるわけですが、賞への応募も終わり多少なりとも時間に余裕ができたので、そちらでも色々と試行錯誤できればと思います。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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