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竜人族の行きつく先 二頁目


 己が感情の荒ぶりを隠すことなく戦場にぶつける吸血鬼の姫。

 彼女がその真の実力を発揮し、戦場に最大にして最後の変化を与える一方、


「――――」

「そこだな!」

「ほう」


 『神の居城』最上階直前。障害物もなければ遮蔽物もない、部屋の隅から隅が目に飛びこむ正方形の部屋。

 戦闘訓練に使うため、他の部屋よりもかなり大きく作られていた真っ白な床と壁が敷き詰められたその部屋を、二つの影が所狭しと駆けまわる。

 恐らく戦っている二人以外には追いきれない速度で。


「むん!」


 彼らは床だけでなく壁、果ては天井まで自身が駆ける足場として利用し、コンマ一秒の間に行われる衝突の数は五千回を超えていた。


「…………凄まじいな」

「ん?」

「これほどまで攻撃を行い、切り傷一つ付けれなかったのは初めての経験だよ」


 もはや数えるのも馬鹿らしくなるほどに行われた交差。そのほとんどがガーディア・ガルフの勝利に終わるのだが、延々と行われた攻撃の結果は芳しくない。

 それこそ彼は衝突した回数の数倍、手にしていたサバイバルナイフ程度の大きさの武器で斬撃を叩きこんだのだが、薄皮一枚斬り裂いたという結果に留まっていた。


「…………」


 この結果は明らかにおかしく、ガーディア・ガルフは戦いを続ける一方で、これまで得た情報を整理する事にして、


「力の凝縮、とでも言うところか」

「ご明察、流石はガーディア・ガルフといったところか。いやこれほどぶつかれば誰でもわかるかのう」


 辿り着いた答えを口にすれば、千年前に戦場で見えた時とは桁違いの強さを誇るヴァン・B・ノスウェルは騙る事なく真相を告げ、それを聞き、日輪のような輝きを秘めた瞳をした『果て越え』はほんの僅かにだが目を細める。


「なるほど。規格外の強さを備えるのも理解できるな」


 竜人族が行う『人の姿への変化』ないし『人に合わせた大きさへの変化』というのは人間を筆頭に他の種族と共存するための術理であり、言ってしまえば自分らから行う弱体化である。

 竜人族がその巨体に秘めていた力を放棄し、人間の姿に変化することで彼らとの交流を計るのだ。

 サイズだけを変える場合も、基本的には相手に合った目線に自分から寄り沿っているにすぎず、多少小さくなった程度ならば強さに大きな変化はないものの、少なくとも強くなるという事はない。


 が、今しがた目の前の老人が成し得た変化は全く違う。ガーディア・ガルフの口にした通り、巨体に合わせて秘められていた凄まじい身体スペックを、小さくなった体に余すことなく凝縮したのだ。


 とくれば、その凄まじさは幼子でもわかる。

 巨体が秘めていた力を放出したわけでもなければ、そのままに小さくなったわけでもない。

 密度を増したのだ。


 すなわち、


「儂の身長は元々がおよそ五十メートル。それが今現在は二メートル程じゃ。つまり」

「単純計算で二十五倍。そこまでシンプルかはわからないが、それでも十倍以上の身体スペックは備えているというところか」

「そのとおり」


 ガーディア・ガルフの言う通り、他の粒子術や能力では真似できない規模の強化が施された肉体を備えており、こうしてガーディア・ガルフ相手に戦いを行える程の領域に至っているのだ。


「しかし解せないな」

「っ!」


 とはいえガーディア・ガルフはそれを恐れる事はない。

気軽に挨拶をするかのような声と共に彼の姿は消え、対峙する竜の肉体に衝撃が迸ると、吹き飛んだ肉体はうまく受け身を取る事もできず壁に衝突。


「話によればこの千年、君は普段はほとんど寝ていたそうじゃないか。どうやってそれだけの力を得たんだい?」


 反動で跳ねる体を何の感慨も湧いていない瞳で捉えながら、脳天をかち割るのではないかという勢いの踵落としが行われ、老兵に直撃する。


 その衝撃は如何ほどのものであろうか。

 最初の一撃ならばこの世界にその名を轟かせた戦士ならば耐える者もいるであろう。

 しかし頭部を襲う追撃を直撃されたとあっては、あらゆるものが沈んでもおかしくない。


「寝ているならば修行はできぬ、などと口にするか『果て越え』よ」


 それを受けてなお、老兵は全く影響がないとでも言うように淀みなく言葉を紡ぐ。


「雷鳴――――」

「粒子を使う術技の威力も増している、か」


 ただその光景を前にしてもガーディア・ガルフの表情はなおも変わらない。

 なぜなら彼は竜人族が身を纏う鱗の強靭さを知っていた。


「密度が増すのは身体能力だけでなく体を纏う鱗も当てはまるようだね」

「その通り」


 竜人族が身に纏う鱗は、それ単体でも鎧としての価値を備えている。

 千年前まで行われていた竜人族狩りでは彼らの体の様々な部位が高値で買い取られていたが、それはこの鱗ももちろん当てはまる。

 ただの人間では持ちえない瞳や鋭い牙が芸術品として高値で売られるのと比べ、あらゆる攻撃を阻む事が可能で、鋼よりも固く、木材よりも軽い鱗は、数多く出回るにも関わらず、武具の素材としては並ぶものがないほど高値で売買されていた。

 そんな鱗も力の凝縮の影響を受けており、ヴァンが纏う鱗は通常のものの十倍以上の強度を備え、強靭な筋肉も合わさり、あらゆる攻撃を阻む盾に変貌。

 他の者ならば有無を言わさず沈める攻撃を受けながらも、彼はさほど効いていない様子を『果て越え』と言われるに至った皇帝の座に示す。


「それで、眠る事が修行であるとはどういうことかね?」


 その強度を煩わしく思ったためか、それともただの気まぐれ故かは老兵にはわからない。

 ただそう語るガーディア・ガルフはそれまで行っていた臨戦態勢を解き、自身の知的欲求を満たす構えを見せる。


「我々が眠っている最中に修行ができないと断じるのは、自身にとって都合がいい夢を見る術を知らないからだ。しかし、だ。もし自分が望む夢を見る事ができるとすれば、この大前提は崩れると思わないかねガーディア・ガルフ?」


 するとヴァンは返事をするのだが、その内容を聞き『果て越え』は顎に手を置き、頭を働かせる。

 彼の言っていることの内容通りだとすれば、どうなるかを脳内の中でシミュレート。


「強くなる事を望めばそのために特訓するだけの設備を整えられる。しかも現実世界とは違い、体力に限界はない…………つまり君は、千年間眠り続け、その間ずっと私を倒すために特訓をしていたという事かね?」

「その通り」

「イカレているな、君は」

「ハッ!」


 至った答えに対する竜人の迷いない答えを躊躇なくばっさりと斬り裂くような言葉を発するのだが、それをヴァンは鼻で笑う。


「可笑しなことを言う。お主を超える事を目的とするなら、この程度屁でもへでもない」


 その後に語った言葉は嘘偽りのない本音であり、それを聞いたガーディア・ガルフは目を細め、


「それで、どうするというのかね? 分かっているとは思うが、このままでは勝てないよ?」


 ヴァンが出現させた未だに正体がわからぬ精霊。

 その存在が振るう死神が持つ鎌のような物を用いた攻撃を易々と躱しながら、そう言葉を発し、


「うむ、そのようだな」


 数多の攻撃を受けてなお健在な様子を示す老人は、素直にそう口にする。

 そのようにして攻撃側と防御側という風に分かれ、一進一退の攻防を繰り広げるガーディア・ガルフとヴァン・B・ノスウェル。


「これはいかんな。反撃の機会が見当たらない!」

「シュバルツ・シャークス!!」


 その一方でシュバルツ・シャークスと二大宗教の長の戦いは一方的な展開が続いていた。

 





ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


少々遅くなってしまいましたが本日分の話を更新。

しばらくの間は、ラスタリアの外で行われる戦いに追いつくため、内部で行われている二つの戦いに焦点を当てて行きます。


その第一話目は皇帝殿サイド。

ヴァン・B・ノスウェルが強くなった仕組みの説明であります。

その内容は『そりゃまあそこまで倍化させたら戦えますわ』などというお話。

なお、これでもまだ速度面では一歩どころか二歩三歩と劣るという現実。

対峙している竜の老人からしたら『お前のその速度は何なんだよ…………』なんて文句を言いたくもなる現実です。


次回はシュバ公サイド。不死鳥と聖騎士の頑張り物語です


それではまた次回、ぜひご覧ください!


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