古賀康太とアビス・フォンデュ 六頁目
古賀康太という人間にとって古賀蒼野という人間は文字通り『特別な存在』だった。
血の繋がりこそないものの、幼い頃から同じ孤児院で過ごした蒼野という人間を彼は本当に大切に思っていた。
それこそ彼が今こうしてギルド『ウォーグレン』に所属しているきっかけにも大きく関わっており、彼が何かをしようとする際の行動原理にそのものといっても過言ではない。
がしかしである、彼のシンプルゆえに決して曲げる事のなかった行動原理に大きな波紋を立たせる存在が現れた。
「アビスちゃん!」
それがギルド『ウォーグレン』に入ってすぐに出会った賢教の少女、アビス・フォンデュである。
黒のカソックに身を包み、銀の髪の毛を腰の辺りまで蓄えた同い年の少女。彼女との出会いはこの少年の全身に凄まじい衝撃を迸らせ、今日という日に至るまで彼の心に住まう新たな住人となった。
そうだ、彼は端的に言ってしまえば恋に落ちたのだ。
「どきやがれ!」
愛しき人に辿り着くまでの物理的障害と化している氷の彫像や巨大な氷柱や壁。
彼はゴロレム・ヒュースベルトを仕留めるという第一目標を完全に捨て去り、時に砕き、時に躱し、慣れていないであろう戦場で必死に頑張っている姿を見せる少女へと向け一心不乱に駆けていく。
その足取りはほんの数秒前まで意識を失いかけていたとは思えないほどしっかりしたもので、それどころか普段彼が見せるどんな動きよりも激しく、胸中に込められている思いをありありと示す程のもので力強さを秘めていた。
「ぐ、おぉぉぉぉ!!?」
「!」
しかしそんな彼の足を強制的に止め、勢いよく振り返らせる声が背後から聞こえてくる。
アビスが担当する数の倍以上の氷の彫像を相手取る蒼野の苦痛の声である。
「蒼野!!」
それを聞くと自身が進むべき道を定めたはずの少年は思わず足を止めてしまい、すぐに振り返り声の主のいる方に体重を傾けてしまう。
「いいから行け馬鹿! 俺なんかに構わず彼女を助けろ!!」
時間を戻す力を備えている蒼野にしては本当に珍しく、体の至る所に傷が刻まれている。
両手に両足、脇腹に肩など、血が滲んでいる場所は十や二十程度ではなく、上瞼を傷つけられたことで流れる血が、右目を開く事を阻害していた。
そのような状態で口から血を吐きだしてなお、蒼野は自身に意識を向ける義兄弟に強い口調で言葉を吐き出し、
「俺自身の事は俺自身で何とかする! だからお前はあの子の元に向かうんだ!」
「っっ!」
「お前――――――好きな子が傷つくのを見捨てるなんて絶対に許さないからな!!!!」
「!」
それでもなお迷った素ぶりを見せる彼に対し、今もっとも必要な言葉。
彼女と出会ってから今までの間に育んだ彼が育んだ、大切な思いの正体を突きつけた。
「う、おぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
それを聞き遂げた少年はもう振り返らない。
義兄弟へと抱く思いさえ今は捨て去り、今しなければならない事はそれであると自分で自分に訴えかけるような咆哮を上げ、これまで以上の速度で凍った地面の上を駆けていく!
その状態の彼はほどなくして守るべきものが目に入る位置にまで辿り着き、荒い呼吸を吐き血を流している彼女の姿に心が燃える。
「どけぇ!」
今この瞬間、常識的に考えれば最もやらなければならないのはこれらの彫像を操るゴロレム・ヒュースベルトの撃破である。
そんな当たり前の事実さえ知った事かというように少年は吠え、真正面にある壁を蹴り砕き、ついに肩を上下させ荒い呼吸を吐き続ける少女の元へと辿り着く。
「こ、康太さん!? ゴロレムさんの方は…………」
「悪い。貴方が傷つくのを見てたら勝手に体が動いた。ゴロレムさんの方についても絶対に何とかする。だから…………俺にアビスちゃんを守らせてくれ!!」
冷静に考えれば古賀康太の行動は戦場において絶対に非難される行為である。
それは彼自身とて分かっている。
だがそれを承知でなお康太はそう言いきり、
「康太…………よくやったよお前は」
「他に意識を向けるな。今が絶体絶命の危機である事を忘れるな」
「す、すいません!」
その姿を目にして蒼野は素直な感想を零し、退場まであと一歩というほど追い詰められたタイミングで彼の側に現れた、ギルド『アトラー』の傭兵クドルフが声をあげる。
「そうか。うんそうか。やったか康太君」
その姿を目にして敵という立場でありながらもゴロレム・ヒュースベルトは心底嬉しそうな声をあげ顔を綻ばせ、
「ゴロレム殿!」
「ほう。続々と援軍が来るな」
「無論だ。今この場所は、この戦争における最重要地帯なのだからな!」
そんな彼の側に全身を赤く染め、一目で満身創痍であるとわかる様子のシリウスが現れた。
その姿にゴロレム・ヒュースベルトの視線は注がれるのだが、
「え?」
しかし数秒後、意識するまでもなく視線は康太に戻される。
「なに?」
「は?」
「うそだろ?」
「これは!?」
いやゴロレム・ヒュースベルトだけではない。
蒼野にシリウスそれにクドルフ、他にもこの戦場に続々と集まりつつある猛者たちも声をあげ、滅多にお目に掛かる事のない光景に視線を向ける。
「こ、康太さん?」
無論間近でその光を目にしている少女も戸惑いの声をあげ、
「下がっててくれアビスちゃん」
「!」
「こいつはちと…………派手そうだ!!」
光の中心にいる少年は自身の掌に突如現れた、白いボディーに血管の様に赤く細い線を張り巡らせた銃を構え、その照準を倒すべき存在へと向ける。
「撃ち抜け!」
そのまま自身が成しえるべき責務を発し引き金を絞ると、手にした第二の神器は銃弾を打ち出した。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です。
VSゴロレム・ヒュースベルト最高潮。
康太が自身の胸に秘めた思いに向き直り、そして二つ目の神器を手に入れる重要な回です。
という事でこれが以前から伝えていましたサプライズ。多くの方が予想できなかった展開という者になります。
新たな武器を手に戦いは佳境へ
果たしてこの戦いが向かえる結末とは!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




