古賀康太とアビス・フォンデュ 三頁目
最初に気づいたのはやはり優れた直感を備えていた古賀康太であった。
「ゴロレムさんが姿をくらました!」
「大丈夫だ。いくら壁を厚く張ったところでこいつなら!」
一呼吸着くためにゴロレム・ヒュースベルトが身を隠し数多の彫像と氷の壁を展開したところで、それを見た聖野が声をあげ蒼野が力強い返答を発する。
彼の手に握られているのは毒々しくも心強い力を備えている真っ赤な光を宿した剣であり、地面に沿うように構えたそれを蒼野は勢いよく振り上げる。
「あそこか!」
すると撃ちだされた光は数多の彫像を飲み込み瞬く間に消滅させてしまうのだが、ある程度進んだところでぶつかった氷の分厚い壁に触れた瞬間、聞き覚えのあるガラスが割れるような音が耳に飛びこみ消滅する。
「逃がすか!」
それが神器による能力無効化が行われた際に聞こえる音であると理解している聖野がその壁の背後にゴロレム・ヒュースベルトがいると確信を抱き、闘争心に染まった声をあげながら駆け寄るのだが、彼が目的の場所に辿り着くよりも早く再び同じような氷の壁が地面から生えその行く手を阻む。
「暴君宣言!」
蒼野を待つのが惜しいと考えた彼はすぐに黒い塊を腕に装着し、真っ黒に染まった掌から成される手刀の一線で氷の壁を斬り裂くのだが、先程原点回帰が無効化された場所に視線を飛ばしてみても、そこには目標の姿はなかった。
「あそこか!!」
が、聖野は見逃さない。
地面に散らばっていた氷の破片を踏む音が聞こえるとそちらに視線を向け、見覚えのあるカソックの端と革靴が別の氷の壁の向こう側へと消えて行ったのを目にしてそれを追う。
「いたぁ!」
「む!」
すると聖野はすぐにゴロレム・ヒュースベルトが消えて行った壁の向こう側が見える位置まで移動し周囲全体に視線を向け、そこでバック走で距離を取りながら手にしている魔本を輝かせているゴロレム・ヒュースベルトの姿を確認。
「聖野!」
「いいタイミングだ蒼野。挟み込む!」
そのタイミングで蒼野が再び真っ赤な光を纏いながらゴロレム・ヒュースベルトを挟みこめる位置から現れ、小さな戦士の口からは必勝を誓った声が漏れて出た。
「行け!」
駆ける二人を前に再び氷の彫像を作成するゴロレム・ヒュースベルト。
生み出された合計二十体の人型の彫像はその手に氷でできた長槍を持ちながら二人へと向け駆け出していくだが、二人にとっては些細な問題だ。
「押し通す!」
「かき消す!」
聖野の拳と蒼野の剣に宿っている力は万象を無に帰すあらゆる能力の中でも最高位に位置するものである。
それを前にすれば如何なる大軍であろうと意味はなく、どれほどの強さを備えていようと関係はない。
「え?」
「なぁっ!?」
はずであった。
だがしかし勝利を確信し突っ込んだ彼らを待っていたのは手にしている能力が効かず聞き覚えのある音を立てながら無効化されるという事実であり、全く想像だにしていなかった展開を前にして二人は身を強張らせ、無情にも氷の彫像たちが持っていた槍が彼らへと向け一斉に注がれる。
「蒼野! 聖野!」
ただそんな突然の事態を前にしても最初に違和感を抱いていた康太だけは対応できており、彼は急いで駆け寄り蒼野の前には天弓兵装・鋼の箱から出した分厚い丸盾を、聖野の前には雷の箱による広範囲の電撃を出していた。
「お、おぉ。助かった!」
「そりゃよかった。だが!」
蒼野の前に展開された鋼の盾が数多の槍を折っていったタイミングで康太は割り込み、蒼野の前に飛び出るのだがその声は芳しくない。
これから数秒のあいだに起きるであろう展開を既に理解してしまっていたからだ。
「仕留めさせてもらう!!」
康太と蒼野が一ヶ所に集まり、鋼の盾の後ろで足を止めている。
となれば向こう側にいる聖野はゴロレム・ヒュースベルトと一騎打ちを行う事になり、その結果は目に見えている。
「はっ!」
「ぐ……あぁ………………」
氷の彫像こそ全て雷撃が破壊した者の、ゴロレム・ヒュースベルトが行う千を超える拳の連撃に聖野はギリギリではあるがついて行けず、ガードを崩されたところで腹部に拳が撃ちこまれ、いつの間にか彼の背後に現れていた氷の壁に叩きつけられたかと思えば、怯んだ隙に後頭部を手刀で叩かれ意識を刈り取られる。
それにより聖野の体は霧散しこの戦場から退散した。
「実は前から少しばかり気になってたんですけどね。ゴロレムさん、貴方の持つ神器の能力は」
「恐らく君が考えている通りだよ康太君。我が魔本の神器『賢者の芸術』の能力、それは神器は備えている能力無効化の力を自身が生み出した彫像に付与できるというものだ」
そのタイミングで鋼の丸盾に勢いよく行われていた攻撃が止み康太と蒼野がその姿を顕わにすると、康太の投げかけた問いかけに対しゴロレム・ヒュースベルトは淡々とした様子で答え、
「最悪っすね。これ以上ないくらいに」
それに対し康太は渋い顔をしながらそう返す。
「蒼野、何体までなら止められる?」
しかし彼がそう口にするのも仕方がない。
蒼野も先程までこの場にいた聖野も確実に強くなってはいたものの、それは所持している能力に左右されるところが大きく、蒼野を例にすれば『原点回帰』が効くかどうかがかなり重要になって来る。
「能力なしとなると、十体程度が限度だと思う。実際にやってみなくちゃ分からないところはあるが、連携される事を考えればもっと少ないかもしれない」
「そうか…………」
これまで数多の彫像やメタルメテオを撃破できたのも『原点回帰』がそれらにとってまさに天敵のような性能を秘めていたゆえだ。
それが効かない今、大幅優位だった状況は覆る。
「仕方がねぇんだがゼオスに炎の箱を渡しちまったのがきついな」
さらに厄介な事は重なるもので、この状況下で最も頼りになる箱を康太は手放してしまっていた。
無論それはギャン・ガイア打倒という目的を考えれば仕方がないことであるのだが、目前の強敵を倒すのに最も有効な手札を持っていないというのは手痛い状況である。
「さあどうする康太。蒼野。それにアビス。こうしている間にも戦場の状況は悪くなっていくぞ」
「悪くなって行くって…………まさか!」
その言葉の意味をすぐには飲み込めなかった蒼野であるが、しばらく考えたところで最悪の結論に達すると、
「その能力は既に出している彫像にも効果を発揮するのか!」
「もちろんだとも。とくれば戦場は大きく変化する」
驚きながら自身が辿り着いた結論を口にする蒼野を前に、ゴロレム・ヒュースベルトが語る通り戦場は再び大きな変化に見舞われる。
「く、砕けないぞこいつら!」
「どういう事だ!?」
それまで彫像達を退けていた多くの戦士が能力が使えなくなった事で瞬く間に押され、ある者は撤退を余儀なくされある者は守りきれず戦場から去る事になった。
「急いだ方がいい。今この場にいる君達三人の手に、この戦いの命運は握られたのだから」
彫像越しにそんな状況を確認できるゴロレム・ヒュースベルトは淡々とした様子で彼らに話しかけ、三人は突如課せられた命題に顔をしかめた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
結構長い間味方として出てきて、しかしずっと隠されてきたゴロレム殿の能力がついに公開。
生み出した彫像一体一体に神器の能力無効を付与。
様々な能力が効かない状態で能力頼りの相手を数の暴力で蹂躙する!
わりかし多くの相手に存在にとって天敵になる能力です。
最上位クラス以上にとっては厄介なことこの上ない…………
そしてこれにより状況はまたも変化。
連合軍側は再び劣勢を強いられます。
放っておけば状況は悪くなる一方のこの事態。
解決の糸口は果たして
それではまた次回、ぜひご覧ください!




