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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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映し鏡の少年 三頁目


「……めんどうな男が来たものだ」


 紫紺の炎が辺りを燃やす最中、壁にめり込んだままゼオス・ハザードはゆっくりと、しかし油断や慢心は一切ない様子で近づいて来る原口善を視界に収めながらこれからの事を考える。

 原口善が来た時点で、彼の目的である古賀蒼野の殺害は難易度が跳ね上がった。

 それまでの四対一の状況ならば、前もって調べた情報を駆使し目的を達成することは十分可能であった。

 だがしかし、どれだけの情報を集めても目の前の男に勝つ手段は見つからなかった。


 ならば撤退かと言われれば、ここで仕留めなければ古賀蒼野は厳重に警護され、仕留める機会は中々回ってこないことは多少想像すればわかる事実だ。


 ゆえに彼は悩み抜いて……


「……」


 撤退ではなく戦闘続行を選ぶ。不退転の覚悟をその胸に宿し、超人・原口善を一瞥。

 迫る男から逃れるため、ゼオス・ハザードは剣を地面へと突き刺し、周囲一帯に火の海を作成。


「戦闘続行か」


 口に咥えている花火を握りつぶし、視界を埋める炎の奥にいる少年の気を探るが、見つけるよりも早く五本の刃が向かってくるがそれら全てを拳で砕く。


「まあ接近戦よりは妥当な選択か」


 だがそれでも、善が負ける要素にはなりえる程の脅威ではない。


 何が狙いだ?


「うぉ、あ、あぶねぇ!」


そんな疑問は、炎の轟音さえも跳ねのける聖野の叫びがかき消した。


「狙いはあいつらか!」


 善を避けて左右に散らばる刃を、一つ残らず破壊。


「……意識を俺から外したな?」


 そうして飛んでくる無数の刃を弾いていると、背後で燃える紫紺の炎から声が聞こえてくる。そのまま善が振り向くまでの僅かな間に刃に当てた剣を振りきろうとゼオス・ハザードはするが、


「阿呆が。なんで相手を殺す瞬間に自分の位置を知らせんだよテメェは」

「……ぐっ!」


 それよりも早く善が声のした方角を蹴り、その場所にいた少年を吹き飛ばした。


「諦めろ。俺の目が黒いうちは、こいつらは殺させねぇ」


 再び紫紺の炎が作りだした地獄の如き景色の中に吹き飛んでいくゼオス・ハザード。


 これで終わりだ


 そう考えながら炎の奥へ消えていった少年を追おうと一歩前に出たところで、


「あん?」


 なぜあいつはわざわざ自分の居場所を知らせるような事を言った?


 そんな疑問が浮かびあがった。


 確実に殺すためならば自分の居場所を知らせる必要などない。

 にもかかわらずゼオス・ハザードは自分の居場所を知らせた。


「ちっ!」


 加えて浮かびあがってくる違和感。それはかなりの距離が空いているはずだというのに聞こえてきた聖野の叫び。

 ゼオス・ハザードを蹴り飛ばした際、彼は相手を無数の民家を貫くほどの勢いで吹き飛ばしたのだ、聖野含め部下からはかなり距離を取った。その上で聖野の叫びが炎の轟音を超えてくるなど、あるとは思えない。

 そこまで考え時、目の前の炎の中ではなく置き去りにしてきた部下の元へと足が向かう。

 対象は四人、だが向かう先など迷う一切迷わない。

 言葉や仕草では出さなかったが、邂逅と同時に聞いた中で唯一張りつめた集中力を大きく乱した人物。


「蒼野!」


 音を置き去りにする速さで彼が古賀蒼野の元に戻れば、燃え盛る業火の中、ゼオス・ハザード相手に必死に食い下がる蒼野の姿が。


「善さん!」

「……早すぎだ原口善」

「うらぁ!」


 点と点ほどにしか相手を確認できない距離から、一呼吸の間に目と鼻の先にまで迫り目も眩むほど速さで迫り全身を殴りつける。

 両肩、両膝、両手両足、加えて内臓に当たらぬよう最大限の注意を払って腹部にまで叩きこまれた嵐の如き拳を喰らい、三度吹き飛び民家を貫くゼオス・ハザード。


 この男に時間を与えてはいけない


 そう判断した善が未だ燃え続ける紫紺の炎の中に飛びこみ追撃を仕掛けようとするが、


「何?」


 吹き飛んだ位置にゼオス・ハザードの姿はなく、その身をくらませていた。

 残ったのは未だ僅かにだが残る紫紺の炎に、意識はあるが思うように動けず足掻く康太に優、聖野の三人。

 そして立ち尽くす蒼野と善の合計五名。


「善さん、あいつは一体……」

「……世間を騒がすつい先日まで正体不明、手口不明だった暗殺者。初頭の手配からA級の危険度として伝えられた男、名はゼオス・ハザード」


 呆然とした様子で尋ねる蒼野に対し、事態を説明する善。


「ゼオス……ハザード」


 すると蒼野は夢遊病患者のような口調でその名を呟き、終始自らを狙い続けていた殺意に僅かに体を振るえさせる。


「ゼオス・ハザード、あいつは一体……」


 全身を襲っていた重圧から解放された蒼野は無意識に右手を首元へ持っていき、未だ胴体と繋がっている事を確認しながら男の名前を反復する。


「なんなんだ?」


 そうして、ウーク以来の長い一日は終わりを告げた。答える者がいない、疑問を残して。




「今回の件は本当に悪かった。あんたらの仲間を助けられなかったのは、俺の采配ミスだ」

『いやパペットマスターに関しては不幸な事故と割り切るしかあるまい。奴はそう言う存在じゃ』


 パペットマスターにより崩壊した工場地帯から引き揚げて一夜が明けた朝、原口善がギルド『アトラー』に通信を入れ詫びの言葉を口にする。

 電話越しの話し相手はかなりしわがれた声をしているのだが、そんな彼は善を責める事はしなかった。


「いや、むしろわしら『アトラー』が有事の際の装備を怠ったことが問題じゃ。問題は被害に対するこれからの話の方じゃ」


 そう言いながらしわがれた老人は今回の被害規模について淡々と話を進める。


「まず第一に重要なのは人的被害の規模じゃ。町に住んでいた単身赴任中の成人達の内、半数以上が帰らぬ人となった」

「……多いな」


 提示された資料に書いてあるのは被害の規模。

 アトラーは子供連れの家族など情報が漏れる危険性のある存在を決していれておらず、それゆえ子供は全くいない場所であった。

 そんなある程度の自衛もできる大の大人がそれだけ死んだ事実に、善は目を細める。


「工場は全壊。結界維持装置の作成に関して言えば以後ここでの作成は不可能であろう」


 結界維持装置の作成はこの世界を二分し争いを激減させている『境界』の補強に必須の項目だ。これの作成を送らせられたことは大きな損傷である。


「他、民家を始め崖崩れや木々等の自然破壊が多数。まあそれらについては目をつぶれる範囲内じゃな」

「目をつぶってもらわなけりゃ困る。少なくとも崖に関しては俺の責任問題に問われちまうからな」

「…………まあそうじゃろうなとは思うとったよ。話を戻すが、これらを行った下手人は」

「パペットマスター、だな」

「うむ」


 その名前を口にするだけで、様々な感情が湧き出る。

 中でも電話越しの老人の脳裏を大きく占める感情は……怒りだ。


「奴は、我らが仲間に手を出した。貴族衆の同朋ではないとはいえ許されるわけがない」

「パペットマスターの事は任せてもいいのか?」


 怒りを孕んだ老人の語気に善がそう尋ねると、電話の向こうから微かにだが驚きの声が漏れ、それに続いて遠慮がちな言葉が彼に投げかけられた。


「……そのつもりじゃったのだが以外じゃな。お主はこのような件については人に任せず自分で動く性格と思っておったのじゃが」

「まあ普段ならそうするんだが」


 頭を掻きながらため息を吐く。普段の自分らしくない選択肢であると、彼自身自覚はあった。

 しかしそうしなければならないと、彼は自分で自分に訴えかけた。


「どうやら部下の一人を狙い撃ちする野郎がいるらしくてな。先にこいつをどうにかしねぇといけねぇから、他の事に手がまわらねぇんだ」

「それはまた面倒な事になったのう。どうにかするあてはあるのか?」

「……それなりには」

「その割には声が優れぬようじゃが」


 老人の言う通り善の表情は良いものではない。

 本音を言えばできれば使いたくなかった手段ではある。


「今回の敵ってのが厄介でな。恐らく瞬間移動の類の能力を持ってる。そんな奴相手に万全の警備をしようと思うと、その……なんだ、取れる策というか絶対に安全と言える場所はそうそうないだろ」

「…………なるほど。まあお主の過去を考えればあまり乗り気でないのは分かるわい」

「そういう事だ。ここで借り作ると後々面倒そうなんだよな、特に姉貴が」

「まあその話はここまでにしておくとするかのう。さて、これで話さなければならない事は大方話したか。事後処理や後処理はわしらがやっておく。その代わり先程の要求は呑んでもらうぞ」

「まあこっちも手が離せない状況だしな。パペットマスターについては今回は任せる」

「ならば良い。ではの」

「大将にもよろしく頼むと伝えておいてくれ」

「ああ。あ、そういえば善よ。一つ聞きたかった事がある」

「なんだ?」


そのまま電話を置こうとした善であったのだが、そこで老人はふと聞いときたかったことを思い出し、それを耳にした善は耳から話しかけていた受話器をピタリと止めた。


「いや、パペットマスターは確かに強敵なのじゃが、お主ほどの強者ならば逃がさず狩れた相手でもあったと思うての。何かあったのか?」

「…………」


 投げかけられた質問に対し、善が迷う。

 彼がパペットマスターを仕留められなかった理由は、部下たちに危機が迫っているのを感じたからというのもあるのだが、もう一つ、信じられないものを見たからでもある。


 善はそれを伝えようか迷いに迷い、


「……部下の危機を察知したんでな。流石に捨て置けなかったんだよ」

「む、そうか」


 二つある理由の片方だけを告げ今度こそ電話を切った。


「話しあいは終わりましたか?」

「起きてたのか」

「ええ、ところで聖野君は?」

「帰った。今回の件について、報告をしなけりゃならんのだとさ」


 電話が終わり振り返ると、そこにはヒュンレイがおり、薬袋とコップの入った水をもって善を見ていた。


「……大分調子が悪そうだな」

「ええ。ですので私からしても都合がよかった。彼女に会えれば、この調子も少しは良くしてくれるでしょう」

「こうなっちゃ仕方がねぇな」


 ため息をつき彼らを乗せたキャラバンの進行方向を変えるために操縦室に向かう善。


「蒼野の様子は。てか監視は大丈夫か?」

「それなら、康太君が意地でも守ると言ってやっていますしたよ。途中優と入れ替わりながら過ごしたという事です」


 ヒュンレイの説明を聞き、善が力のない笑いを浮かべる。


「今だけはその言葉に甘えさせてもらうか。ま、明日の朝になるまでには着くだろ」


 それから頭を掻きながらカツカツと革靴の音を鳴らしながら廊下を歩くと、途中で足を止め、背後にいる部下にして最大の友に対し彼は訪ねた。


「……これから休息を取る事になるだろうが、お前は奇襲には対応できそうか?」

「いくら弱っているとはいえ、十怪以下の存在相手に遅れは取りません」

「そうか、安心した。ま、進路の安全確認やらなんやらは俺がやっとく。もう寝て来い。疲れてるだろ」

「それでは、お言葉に甘えて」


 重い足取りで部屋へと戻るヒュンレイを見送る善。

 その後彼は腕を組みながら草木一本も生えない土地を進む機体の上で、彼は過去の記憶を掘り起こしていた。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


今回でゼオス・ハザードとの初遭遇は終了。

そして同時に工場地帯からもついに脱出です。


次回からは舞台を一新し物語が進んでいくので、ぜひぜひご覧ください!

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