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古賀康太とアビス・フォンデュ 一頁目


「どうしたアビス。ここに残ると言っておきながら出来るのは逃げるだけかい?」

「っ」


 ガーディア・ガルフが久方ぶりの驚きを感じる一方で神の居城やラスタリア周辺からさえ離れた外壁の外側ではゴロレム・ヒュースベルトが猛威を奮う。

 対峙するのは彼が弟子として育て上げた少女アビス・フォンデュ。

 数多の氷の彫像が巻き起こす剣や弓を用いた原始的な攻撃手段の波状攻撃。

 それを彼女は那須親子の様に捌くことができず、迫る様々な脅威を必死に躱す以外の術を取る事ができなかった。


「涙を溜めている暇はないぞ。さあどうするんだアビス!」


 その結果に彼女は涙を浮かべる。

 ゴロレム・ヒュースベルトと過ごした結果手に入れた多くの力。それが最も必要なこの状況で全く役に立たないという事実に打ちのめされているのだ。


「私は言った。いや私だけではない。デルエスク卿も恐らく君の父も言ったのではないか。君は戦いの場にふさわしくない、と。やはり君は…………戦場から去るべきだったのだ!」

「違います。そんなはずがありません!」


 するとゴロレム・ヒュースベルトは断定するような物言いでそう訴えかけ、それを聞き彼女は首を左右に振りながら必死に反論。

 向きを変えながら手にしている薙刀の神器を強く握ると腰を落とし大地を強く踏むのだが、目の前の光景をしっかりと認識してすぐに気がつく。


 自分は選択を誤ったと。


 目前に控えた数十体からなる氷の彫像による波状攻撃。

 勇み足で向き直ってはみたもののやはりこれを捌ける術を彼女は備えておらず思い浮かばず、控えている結末をありありと理解してしまう。

 と同時に脳裏に浮かんだのは敵として対峙するゴロレム・ヒュースベルトの言葉。


 力の差がある相手と戦う場合、正面から戦ってはいけないという当たり前の教えだ。

   

「―――――」


 そんな今更過ぎる事を思い出した彼女を目にする師の視線は厳しく、らしくもない表情を浮かべさせてしまった事実に彼女は申し訳なさを覚えるのだが、


「原点――――」

「!」

「え?」


 ただ一つ彼女は勘違いをしている事がある。

 これまで逃げ続けた時間は決して無駄ではなかったという事だ。


「回帰!」


 使い手の言葉に従い毒々しい赤い光が撃ちだされ、アビスへと迫る数多の彫像を全て飲み込む。

 すると通りすぎた後には痕跡すら残っていない光景が彼女の目に映り、この事態が如何様にして起こされたかを瞬時に理解したゴロレム・ヒュースベルトが自身を守るための粒子術を唱え始める。


「わかってたけど固ッ。いやそれ以前に近接戦を挑むべきじゃなかった!」

「聖野君か!」


 その判断はギリギリのところで功を奏し、彼の後頭部へと向け撃ちこまれた飛び蹴りは虚空に現れた氷の壁に阻まれ、つま先から膝小僧までを凍らせた聖野がそのような事を呟きながら蒼野の横に着地し、


「お取組中だったみたいだったようだが、あいだに割りいって良かったですか?」

「は、はい。助かりました!」


 突然の状況の変化に唖然としている少女の横に肩に黄色い鉢巻を巻いた男、すなわち彼女を愛する古賀康太が現れる。


「ゴロレムさん。貴方は」


 すると康太はらしくもないことに銃を構えもせず静かに訴えかけ、


「まさに救いのヒーロー、という感じだな。いやお姫様を守るナイト様かな?」


 それを見たゴロレム・ヒュースベルトは苦笑しながらそんな事を彼に告げた。




「康太君に聖野君に蒼野君、か。積君や優君、それに私と相性のいいであろうゼオス君が見当たらないようだが?」

「優以外の三人は既に戦場から退去しました。優とは途中ではぐれてから会ってません」

「そうか。いやまあどうでもいいことなんだけどね」


 真正面にいる康太とアビスに視線を向け、真後ろにいる聖野と蒼野に警戒心を抱きながら問いを投げかけるゴロレム・ヒュースベルト。

 その返事をするのは蒼野であるが、発せられた声は康太同様に普段敵対する者に向けるものとは大きく異なる。


「ゴロレムさん。何でですか。何で貴方がそっち側にいるんですか!」


 原口善ほど男と関わりがあったわけではない。

 しかし間違いなく友好な関係を彼と築きあげ、その結果ガーディア・ガルフに従っているこの男が間違いなく善人の類であると確信を抱いている。

 そんな彼が全世界を敵に回すような動きをしている事が彼らもまたアビスと同様に信じられず、その口からは困惑の言葉が一切の敵意なく漏れてくる。


「……君達もアビスと同じか。ならばまあ、返せる答えも同じになってしまうね」


 ただその流れは既に愛弟子と一度行っている彼はため息を吐き、


「敵対する私にその質問はナンセンスだろう。そんな事よりも今重要なのは、多くの彫像を操り少なくない被害を出している私を打倒することではないのかい?」

「「…………っ」」


 その返事を聞き蒼野と康太が顔を殊更苦いものに変化させる。


「まあそれはそうかもしれないんですけどね、俺も他の奴らも結構気になってるんですよ貴方が裏切った理由は」


 ただ一人聖野だけは他の者ほど親交が深くなかったため、後頭部を掻きむしりながら然程ダメージも受けていない様子で言葉を返し、


「だからですね、是が非でもその理由を聞きだそうと思います」

「ほう。どうやってかね?」

「そりゃこの世界の基本原理に従いますよ。勝者は敗者に好きな事を命令できる。勝つことこそが正義!」


 ガーディア・ガルフがヴァンに対して言ったのと同じようにこの世界の道理を説く。


「神器を持ったままの状態ならこの結果以内から抜け出さない事は既に報告で知っています。だから少々申し訳ないとは思いますがあなたを全力で叩きつぶす! その上で踏んじばって事情を全て説明してもらいますよ!」


 堂々と言いきりながら小さな戦士は蒼野に凍った足の時間を戻してもらい、自身の両手に漆黒の球体を纏わせる。

 同時に聖野の言葉に鼓舞された蒼野は風を纏い、康太は大切な存在を守るために前に出ると、炎・鋼・水以外の属性の『神器』天弓兵装を虚空に浮かばせ、臨戦態勢に移行。


「……少なくとも、同情や申し訳なさが原因で敗北するよりは遥かにマシだな」


 その様子を見たゴロレム・ヒュースベルトは顔に浮かんでいた苦笑をかき消し、真剣な面持ちで彼らを迎え打つだけの意志を示した。




ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です。


VSゴロレム・ヒュースベルト開幕。

中盤戦から終盤戦へと移行する前の最後の戦いとなります。


この戦いの中心に立つゴロレム殿

彼の真意とは一体…………


それではまた次回、ぜひご覧ください!




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