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竜人族の行きつく先 一頁目


「!」

「なんだこの空気は!?」


 神の居城やラスタリア内部だけではない。その外側にさえ突如強烈な重圧を伴った空気が溢れかえる。

 上空から降り注いだそれらは並の兵士や魔獣だけでなく蒼野レベルでさえ立っていられない程のものであり、空に浮かんでいたアイリーン・プリンセスとエヴァ・フォーネスが体勢を崩すよりも早く慌てて大地に着地する。


「これは!」

「事前に話に聞いていた奴だな。いやすげぇな!」

「貴様!」


 それほどの重圧が降り注いだことは誰もが予想だにしていない事態であったのだが、このような事が起きる事自体は知っていたデュークが重くなった体なお駆けていき、重苦しそうにしているエヴァ・フォーネスを跳ねのけたかと思えばその奥にいるアイリーン・プリンセスへと疾走。


「らぁ!」

「っっ!」


 エヴァ・フォーネスと比べればそもそもの膂力が少なく、また肉体強化の類は不得手としていると千年前の情報で知っていたデュークは手にしていた鉄槌を肩で背負い、これから起こる事態を察知しガードを固める彼女へと照準を定め、


「後は頼んだ!」

「わかった。そっちもしくじるなよ!」


 背後にいるノアへと短くも確かな信頼を感じさせる声色でデュークがそう告げると、渾身の力で手にしていた鉄槌を振り抜き、アイリーン・プリンセスを凄まじい勢いで吹き飛ば自身もそんな彼女に追従する形で動き出した。


「あんの馬鹿女!」

「させん!」

「あぁ!?」


 自身から離れていく戦友とそこに辿り着かせぬという意志を感じさせながら立ちふさがるノアの様子を目にして苦々しい声を発するエヴァ・フォーネス。

 彼女は構わず先へと進もうとするのだが、その行く手を遮るかのようにノアが自身の神器である紙を広げていくと、その中から光属性を用いた攻撃が撃ちだされ、エヴァ・フォーネスの足を止めるだけの成果を発揮した。


「戦闘続行だ。エヴァ・フォーネスよ。お前をここから先には進ません」

「はぁ? 何を言っているんだお前は。まさかお前如きが私を止めるつもりか?」

「そうだ。ただし俺一人で、というわけではない」

 

 するエヴァ・フォーネスがせせら笑いながらノアを小馬鹿にするのだが、続いて口にした言葉を聞き、彼女はその意味を正確に理解し表情を引き締めるのだが、


「ふん!」


 そんな彼女が何らかのアクションを取るよりも早く、鋼鉄さえ貫く勢いの拳が彼女の真横から凄まじい勢いで撃ち抜かれ、吹き飛び、近くの壁に突き刺さる小さな体を目にしてノアが息を吐く。


「助かったよ」

「それは良かった。がしかしだ、申し訳ないのだがあまり余裕はない。長期戦は期待しないでくれ」

「なんだなんだ。戦う前から弱気だな。ここはドシっと構えるのができる男なんじゃないのか?」

「…………今回だけはその役目をお前に譲ってやる」

「冗談じゃない。こっちも限界が近いんだ。絶対にそんなこと言わないぞ僕は!」

「お前……………」


 彼の視線の先には常日頃と同じ様子で口喧嘩をするシロバ・F・ファイザバードとクロバ・H・ガンクがおり、しかしながら今回だけはいがみ合い続ける事もなく、クロバが吹き飛ばしたエヴァ・フォーネスの方へと意識を注いだ。




「非常に申し訳なく感じるのだがね。私が君の都合に付き合う理由は一切ないんだ」


 そのような事が地上で繰り広げられている一方、重力の発生源である場所ではガーディア・ガルフがそのような事を告げながら磨き抜かれた床を蹴り、自身の目の前にいる五十倍は身長差がある竜人族へと駆けていく。


 当たり前のことではあるが彼がヴァンの行おうとしている行為を待つ理由はどこにもない。

 敵対者が何かをしでかそうとしているのならばそれを防ごうとするのは当たり前の事で、淡々と、事務的に、彼は目前にいる竜人族の老人へといつの間にか手にしていた刃を振るう。


「これは…………」

「お主は間違いなく最速の戦士じゃ。同時に動き出したとすれば誰が相手であろうと必ず先手を取るじゃろうて。がしかしな、前もって準備、いや展開しておいたものをなかった事にはできない」


 ただそんな事はもちろんこの老人も理解しており、自分の指先程度の大きさの男の苛烈な攻撃を目に見えぬ結界が防ぎきった。


(耐衝撃だけではないな。耐熱や反射の効果を含んだ物もある。恐らく不可視の壁として十枚ほどを展開して……)


 その正体を瞬く間に見破りかけるガーディア・ガルフであるが、彼がそちらに意識を没頭させていられたのはそれまでだ。


「チッチッチッチッチッチッ」

「!」


 彼の耳に軽快な舌打ちが幾度となく飛びこみ振り返る。

 そこにいたのは黒のタキシードを着込み同色のステッキーを真っ白な手袋をした腕で掴み、さらには黒のシルクハットを被ったガーディア・ガルフと同じくらいの身長の存在であったのだが、その人物の顔を見たところで彼は興味深げなものを見つけたとでも言うように目を歩締めた。


「見た事のない精霊だな。君が一から作ったのか」

「お主相手に一騎打ちで勝とうとは思わん。無駄に難易度をあげるだけだ」


 召喚術で呼びだす存在というのは基本的には自然の中に漂っている属性の塊のようなもので、これらは図鑑などで調べれば誰もが知る事ができるような既知の存在である。

 ただ例外というのはいくらかあり、エヴァ・フォーネスの様に異星の民と直接契約を結んだ場合は未知の存在を呼びだす事が可能で、それとは別に高位の術者となれば自身が呼びだす存在を一から作りあげる事も可能である。

 この場合様々な過程を経てオンリーワンの精霊は作られるのだが、ただ粒子を込めるだけで作ることは大抵できず、何らかの概念を存在の基盤、すなわち人間にある血肉や骨組みとすることで、実体を伴った存在として現世に留める事ができるのだ。


(こいつが基盤にしているのは一体なんだ?)


 そうして作られた存在の場合は基盤となった概念が基本性能に組み込まれており、これを読み解くことが攻略の鍵となるためガーディア・ガルフはその存在の顔に当たる部分にある真っ黒な渦をじっと見つめる。


「千年。そう千年ものあいだ」

「!」

「儂はいつか蘇ってくると確信を抱いていたお主に勝つことだけを考えてきた」


 ただそうしている間にまたも状況は大きく変化し、一帯を覆うような重圧が解けたかと思えば周囲一帯を真っ白な蒸気が覆い、その奥から老兵は変わり果てた姿を現し、ガーディア・ガルフは眉を顰める。


「小さいな」


 彼の目の前に現れたのは自身とほぼ同じ位置に目線がある竜人族の老人の姿。

 真っ白な髭は短く切り揃えられ、長き時により蓄えた知識を感じさせる眼差しをした彼は丸メガネをかけており、小さくなる前と同じ濃緑の鱗に全身を包んだうえで、深紅のローブを着こんでいた。


「人の大きさに縮んだ二足歩行の竜の姿、か。なるほど、まさに竜人族の名にふさわしい」


 がそれがどうしたというのか。的が小さくなった程度の話ではないのか


 そんな頭の奥で考えた彼はしかし


「…………」

「なに!?」


 次の瞬間、全く予想していなかった凄まじい速さで自分の懐にまで迫っていた彼の姿に目を見開き、


「ハァ!!」

「ッ!」


 撃ちだされた拳の放つ衝撃に顔を歪めた。





ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


ヴァン・B・ノスウェルVSガーディア・ガルフ

両陣営最大最強の存在の戦いの始まりです。

とはいえ先日話した通りこちらの戦いの様子はまた後日。詳しく語られるのは恐らく終盤も終盤の頃でしょう。


次回からはゴロレム殿サイド。

他の者達とはまた別の事情を抱えている彼との戦いになります。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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