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千年前の真相へ 二頁目


 ヴァン・B・ノスウェル、竜人族の生き字引きである彼は一万年以上の時を過ごしてきた。

 生まれた時から濃緑の竜の鱗を兼ね備えていた彼は華々しい戦果の数々を記録し、竜人族という種族が表舞台から姿を消すより前は、その名を知らぬ者はこの世界で誰もいなかったほどの存在であった。


 そんな華々しい記憶も長い時を経るうちに彼自身忘れていったのだが、そんな彼の脳に今なお刻み込まれている記憶が一つある。


「のうゲゼル。あの日、お主は本当にあの男を殺したのか?」


 それは今なお鮮明に覚えている数多の敗北を喫した戦争から数年後、飲み屋でのささやかな会話。

 風に晒されるだけで音を鳴らす程のボロ屋にいるのは頑固という言葉をそのまま体現したかのような店主とm四人用の丸テーブルに顔を合わせて座る二つの影。

 一方は白い髭を蓄え丸メガネをかけ、分厚い深紅のローブに身を包んだ人間形態のヴァン・B・ノスウェル。

 彼の目の前にはまだ皺ひとつなく色素の抜けていない髪の毛を生やしている若き日のゲゼル・グレアが腰かけており、木樽の形をそのままジョッキにしたものを手にしている彼は戦友にして敬意を表すべき先輩である竜の老人を前にして中に注がれていた金色の液体を一気に喉に流し込んだ。


「お主は偶然であると宣っていたがやはり儂にはどうにも信じられんのじゃ。いや他の者とてその筈だ。何せ奴と儂らでは――――――心底悔しいが天と地ほどの差がある」


 千年経った現代においてもガーディア・ガルフは圧倒的な実力を見せつけていたのだが、実際に戦ったのはまだほんの数度だけだ。

 なので誰もが千年前同様にその強さを知ってはいるものの、延々と戦い続ける事で生まれる挫折感に関してはまだ味わっていないのだ。


 それほどまで千年前の戦争の際の彼は恐ろしかった。

 数度のみならず百を超える回数戦場に現れ、その度に敵対する全ての存在を殺さずに退け、しかも無傷で帰って来る。

 エヴァ・フォーネスやシュバルツ・シャークスを筆頭に幾らかの部下や幹部を侍らせることもあったが、ひどい時には単騎でそれを成し遂げ、さも当然とでも言うような顔をしているのだ。


 初期の頃から大活躍していたヴァンや中盤から現れたゲゼル、それに代表的な幹部たちもその例には漏れず、何度挑んでも足止めさえできず勝利をかっさらい見下すその姿は、彼らの心に拭いきれない影を落とした。


 だからこそ偶然とはいえ彼を仕留めた際に多くの者はあらゆることを置き去りにして歓喜したのだが、当たり前ではあるが一部の者はその結果を受け入れられず疑問を抱いたのだ。


 どうやって勝ったのか、と


「オーナー、同じものをもう一杯」

「ゲゼル!」


 聞いても返事さえせずお代わりをする彼の姿に今と比べれば遥かに体が動いていた老人が声を荒げる。

 しかし暴れることで極少数であるとはいえ人を巻き込む事に忌避感を感じていたヴァンは手を出す事はせず、苛立ちを募らせ睨みつけるだけに留めた。


「………………………………結局さ」

「む」

「俺達は、ずっと、あいつの手の上で…………踊ってただけなんだよなぁ」

「!」


 そうして周囲の空気が重苦しいものに変化し、店主が木樽のジョッキを新しく持って来る。

 すると顔を真っ赤にしていたゲゼルはそれを一気に飲み干すのだが、その時ポツリポツリと呟き始めた彼の言葉に耳を傾ける。


「……………………」

「待て。どういう事だ。説明しろゲゼル!」


 ただそれ以上の言葉を呟くことはなくゲゼルは首を小刻みに上下させ重くなった瞼を閉じかけ、その姿を確認してヴァンは皺だらけの腕を伸ばし彼の胸倉を掴む。


「俺達は、あの戦いで生き残った……だけだ………………真の意味で願いを叶えたのは、たぶん」

「たぶん?」


 すると僅かに意識を戻した青年がうわ言のように言葉を吐き出し、その続きを促す様に老人が同じ言葉を口にするのだが、


「う」

「!」

「げぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「ぬぉ、汚なっ!」


 先を言う事なく顔を青くしたゲゼルは数時間の間に胃に収めた全てを吐き出し、それを認識した店主が仏頂面で彼らの前へとやって来て、吐いたゲゼルを無言で肩に抱えながら彼の仲間を呼ぶ。

 その結果唖然としたヴァンはその場に取り残され、最後まで聞ききる事ができずその場は解散となった。


 以来この酒の席の失態をある程度とはいえ覚えていたゲゼルは深酒をすることを止め、それから彼が死ぬまでのおよそ千年間、終ぞその先を彼は聞くことができなかった。


 がしかし一つだけ確信を抱けたこともある。


 それは


 ガーディア・ガルフの敗北は偶然ではなく、必然の類であるという事。

 そしてそれは実力による勝利という正々堂々としたものではなく、恐らく歴史においては敗者と刻まれた『果て越え』が暗躍した結果であるということだ。




「儂はその中身を知りたいのじゃ。ガーディア・ガルフよ、その事情とは如何ようなものなのだ?」


 時は現代に戻り神の居城最上階一歩手前、千年の間に勢いよく老けたヴァンは『果て越え』を見下ろしことの真相を確かめる。


「理解ができないな」

「ん?」

「私に君の問いに答えるメリットがあるとでも思っているのかね?」


 がしかし返答は当然と言えば当然のもの。

 敵対している彼が真相を語る道理はなく、感情を感じさせない平坦な声でそう告げる。


「…………イグドラシルの奴を殺そうとする以上、儂らの敵対は決定的じゃ。話す事情は確かにないのかもしれん」

「そうだな。その通りだ」

「だがしかし、やはり知りたいのじゃ。千年前、最も長く最前線で戦った者として、全てを知る事は責務であると儂は感じておる。メリットはないのかもしれん。しかし!」


 すると『果て越え』と対峙する老人の声は徐々にだが熱を帯びていき、最後の一言に至った際には最初の穏やかな様子など完全に捨て去った若さを感じる声が発せられ、


「話は終わりだヴァン」

「!」


 その熱を冷水で冷やすか消すかするように、変わらぬ様子の言葉が発せられる。


「如何なる理由があるとしても、私が君に話すことはない。敵対している以上メリットはないからね。もしそれでも真相を知りたいというのなら」

「いうのなら?」

「私を生かしたまま敗者にするといい。であれば勝者の特権に私も従おう」


 そのまま告げられる言葉は戦いが日常であるこの星では何故と聞くまでもない当たり前の事で、それを聞いたところで老人は自身の眼光を鋭いものへと変化させ、その巨体を石の椅子からゆっくりと持ちあげ立ち上がる。


「そうじゃな。ならば儂の全てを賭けてお主に挑もう」


 続けてそう告げると彼の足元からガーディア・ガルフでさえ滅多に見た事がない超高濃度のエネルギーが発せられた。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


全てを語られるわけではないのですが千年前の真相編その2。


クッソ久しぶりにゲゼル殿が会話する回でもあります。

どういう意図か、そもそもゲゼルの言っている事は本当なのか、この辺に関してはまた今後


次回は引き続き皇帝様サイド。

その後は場面転換してゴロレム殿ですね


それにしても周囲の情景描写をするこの書き方、進みが牛歩の進みになってしまうのが大変だ


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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