ヘルス・アラモードを追跡せよ 二頁目
突如自分の目の前に舞い降りた男の姿にクロバ・H・ガンクは驚きから一瞬意識をそちらに注ぐ。
それは彼の目の前にいるメタルメテオにもはっきりと伝わり、その行為を隙であると断じた彼らは剣を構え、一斉にクロバへと襲い掛かっていく。
「ちっ鉄――――」
数にして十体。それが息の合ったタイミングかつ別々の方向から厳つい見た目のクロバへと襲い掛かり、一歩遅れて反応した彼は鋼属性粒子を超圧縮した事で作られた鉄砂を操り、その動きを止めようと画策する。
「むぅん!」
がしかし一歩遅い。
彼がそれを成しえるより早くこの戦場に舞い降りた影は彼らの間に割って入り、手にした巨大な筆の先端を細かく動かしたかと思えば音を置き去りにする速度で一振り。筆先に垂れるほどしっかりと染み込んでいる真っ黒な墨を飛沫として撃ちだした。
「「!」」
その効果を知らぬメタルメテオは躱す事もなく真正面から飛びこみ真っ黒な飛沫に接触。
結果、神器『一文字』の能力で墨に含まれていた概念が効果を発揮。『弾』の効果が含まれていたそれは、触れた瞬間に対象の体を吹き飛ばし、瞬く間にクロバは危機的状況から脱出した。
「攻めるぞ、という必要もないか。流石だな」
いやそれだけではない。
クロバと雲景の二人は着地に失敗した固体へと一気に駆け寄り、鋼の肉体に対し拳と『斬』の概念を付与した墨で反撃。
邪魔をされるよりも早く二体のメタルメテオを破壊すると、体勢を立て直し囲い込んでくる彼らを前に、背中を預ける形で拳と神器を構えた。
「さてさて、あまり状況がよくないと見て飛びこませていただいたがお邪魔ではなかったかな?」
「助かりました。正直一人ではどうしようもない状況でしたので」
「噂に名高いガンク家の当主がそう評するとはな。これは来たかいがあったようだな」
「ええ。お礼は後程、しっかりとさせてもらいます」
「…………お主見た目に似合わず律儀だな」
その姿に目だった隙は見当たらないと見て鋼の騎士たちは不用意に動くような事はせず、人間が行うのと同様に腰を沈め、いつでも攻勢に出れるように準備。またクロバと雲景の二人では判断できぬ事だが、そうして膠着状態に陥っている間にだに先程受けた墨の正体に関しても考察を行い、戦場にいる他の固体に情報を流していく。
「すぐには動きださないか」
(ふむ。それならば一つ確認を取りたいところだ。クロバ・H・ガンク、確かここは偏屈な科学者の代表たちが集まっているところであったはずだが、中では一体何をしている?)
(レオン殿がメタルメテオ本体からパーツの一部を奪い取りました。恐らく奴らの目的はそれの奪取、ないしコントロール権を奪おうとしている彼らの邪魔をすることです)
(……筋道は通っているな)
するとクロバの何気ない一言を聞いた後に雲景は念話を試み、それにクロバが応じ現状を説明。
(問題は彼ら以外にも雷属性をうまく使いヘルス・アラモードが邪魔をしているようでして)
(…………ことこの状況において最悪の事態だぞそれは)
(おっしゃる通りで!)
それから今回の戦いにおける最大の障害を説明すると雲景は苦々しい声色でそう告げクロバも同意するのだが、そのタイミングでメタルメテオは更に体を屈め、意識を集中させる二人の前へと向け距離を詰めて行く。
するとクロバと雲景の二人も応じるように動き出し、三賢人を収容した研究施設の前で彼らは戦い始めた。
実のところヘルス・アラモードに関しての詳細な情報というのは、既に撃破された残る二人の『三狂』と比べかなり少ない。
光属性の属性混濁を起こした雷属性を使う事、一夜にして五つの大都市を破壊した事を筆頭として様々な被害を時折出している事、などについては知られているが、
実際どのように戦うのか、普段の活動範囲はどのようなものなのか、拠点はどこなのか、などなど分からないことだらけであるのだ。
がしかし、一つだけ彼について明確に語れる事がある。
そしてその内容は、こと今回の戦において大きな意味を持ち、クロバと雲景の二人が彼をことこの状況で最悪の敵と判断した理由でもある。
「うえぇ。包囲網が普段の比でないくらい分厚い。仕事だからやりきらなくちゃならないわけだが…………嫌だなホント!!」
それが逃走に関する並ぶ者がいない程の腕前である。
「っと、こっちにも居やがる。いやでもこれはエヴァ様の出した別世界の住人とやらがうまい具合に衝突するか?」
そもそも彼に関する情報が手に入らない要因というのもその点が大きく関わっており、神教や賢教の兵士が彼の出現を知り動き出した時には、その場から去っていたという事が多々あったためだ。
無論幸運にも遭遇できた事は何度かあったのだが、その場合でも彼は光属性の『速さ』を付与した雷属性を身に纏い、光の速さと雷属性の特性である反射神経の強化を用い、迅速にその場から離れてしまうのだ。
「こっちは濃いな。ならちっとばかし迂回して…………っと、流石三賢人だ。鋭い一撃だねホント!」
四大勢力に知られていない事実だが、その仕組みというのが彼の人並み外れた感覚によるもので、彼は生物が放っている微弱な電気信号を自身の肌で感じ取っているのだ。
なので目で確認することなく自分以外の生物がどこにいるかをある程度だが把握することができ、これを利用することで常に他者が動くよりも一歩素早い動きをすることができたのだ。
さらに言えば粒子の感知能力も高いため、自身へと向けられた探知術にもすぐに反応することができた。
「いたぞこっちだ!」
「十人規模で確認に向かえ! 絶対に逃がすな!」
そんな彼の耳に荒々しい声が届き、自分を見つけたという報告が流れてきているのを聞くのだが、慌てることなく彼がそちらに顔を向けると、全く別方向へと駆けていく兵士たちの姿があった。
「ガーディアさんから預かったお前達は本当にすごいな。後でいい餌やるから、もうちょっとだけ頑張ってくれよ」
「コーン!」
彼がいかに優れていたとしても相手は探知能力を備えたスペシャリスト。それが数百人規模なのだ。逃げ切るのは至難の業のはずであった。
しかしここで彼の味方をしてそれを容易なものにしているのが護衛兼逃走の援護としてガーディア・ガルフが召喚した動物。橙色の毛を携え尻尾の先端をメラメラと燃やした『焔狐』という存在だ。
ヘルス・アラモードの膝程度の身長をした四足歩行のこの獣は炎を身に纏い戦う事もできるのだが、その真骨頂は『化ける力』にある。
彼らはガーディア・ガルフや借りの主が命じた物に変化する事が可能で、この技能をうまく利用することでヘルス・アラモードは追手を攪乱し瞬く間にラスタリア外部へと近づいていた。
「話さえすることができればもっとしっかりとした感謝を伝えられたんだけどな…………いやそれは贅沢を言いすぎか」
そうしていると彼はラスタリアの外周である白亜の壁にまで辿り着き、二匹のうちの一匹に攪乱を頼み『焔狐』はそれを承諾。
ヘルス・アラモードの姿に化けると入口付近を固めている兵士たちを誘導し、その間に外部まで飛び出した。
こうなればいくらかの危険はあるものの無数の逃げ道を手に入れた彼を捕まえるのは更に難易度の高い事となり、やってきたメタルメテオを護衛に付ける事でハッキングに対処するだけの十分な余裕も確保できた。
まさに盤石の様相を示す彼とその周辺。
彼は任された仕事をやりきれるだろうという実感を得て、
「ま、こうなりゃ戦場一帯を吹き飛ばされない限り主導権は握ったままだろうな!」
上機嫌にそう告げた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です。
一章からちょくちょく話題には出ていたくせに全く明かされることのなかったヘルス・アラモードについてついに説明ができました。ちょっとほっとしています。
その真価は徹底的ながん逃げスタイル。『三狂』どころか『十怪』を入れても、このスタイルで彼に迫れるのは一人いるかどうかくらいです。
こんな奴が時折シャレにならない被害を出すわけですから治安を守ろうとする四大勢力はそりゃキレます。
そんな彼は今回の話の最後で有頂天になっておりますが、まあその結末はお察しの通り。
現在に至るまではダイジェストで進めていますが、次回には終わります
それではまた次回、ぜひご覧ください!




