終わりと崩壊と 二頁目
業火が狂信者と人々から指差された男を包む。
様々な方角から一斉に放たれたそれらは対象を中心に綺麗な球体を形作り、対象を逃がさんと焼き尽くす。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
苦手属性である炎に包まれ肉体の再生が損傷に追いつかず、彼の体が端から炭になっていく。
「っっっっ!!」
しかしそれが諦めていい理由にならない事を彼は知っている。
どれだけの窮地であろうと生き延び、信仰する主のために働くことを彼はやめない。
(動け。動け僕の体! あの方に仕える信徒であるというのならば、この程度の障害など覆せなくてどうする!!!)
炎が生み出す激流に逆らい、己が腕を必死に動かす。
すると焼失しかかっていた彼の右手の指先が業火の球からほんの僅かではあるが脱出し、
「生まれて育て。広がり蹂躙しろ」
人差し指の先端から小さな木の種を複数生み出すと、彼は自身の十八番である『生枯輪転』を発動。
黄緑色の光に包まれたそれを真下へと落下させる。
「な、なんだ!?」
「あのやろう。まだ動けるのかよ!」
急いで戦線に参加しようと崩れかかる木の根の怪物から飛び降りようとする彼らの視界に、戦場一帯を蹂躙するように広がるおびただしい量の木の根に幹。更に見た事もないような極彩色の花が咲き乱れ、単純な物量で地上にいた数多の兵士たちを跳ねのけ退却させた。
「刺し木!!」
それにより拘束が解かれたギャン・ガイアが地上へと降り立ち、自身が産み出した木の根や幹の上を慣れた様子で疾走。
「二人とも急ぐわよ!」
「いや待ってくれ優。その前にだ!」
「?」
積が二人を呼び留める中、まだ意識を残し戦場から去る様子のない者達の側へと急いで近寄ると、彼らが対応するよりも早く腹部を手刀で貫き、体内に置いた種を成長させ肉体を勢いよく破壊する。
「ギャン・ガイア!」
「竜人族か。邪魔をするな!」
無論それに反抗する者も多数存在し、物量攻撃に耐えた鬼人族が彼へと押し寄せるその最中、真上から巨大な掌が落ちてくる。
「我が身を守れ。神聖なる大地の恵みよ!」
それに対し彼は足場としている木々に触れ、短く呪文を詠唱。
「なんだこりゃ!?」
すると大地を埋めていた数多の木の根や幹が生物のような動きを行い、タコが絡みつくように竜人族の巨体を這いずり回り動きを止め、
「むん!」
「がっ!?」
五十倍はある身長差をものともせず、デリシャラボラスの頭部を渾身の力で蹴り飛ばし吹き飛ばすと、拘束を強め動きを止めた。
「これで、時間を稼げたか? まずは…………」
「うっ」
それからすぐ僅かにふらつきながらも地面に着地すると、未だ衰えなど微塵もないと示す様な鋭い眼光を飛ばし周囲に集った百戦錬磨の戦士達を怯ませ、
「…………はぁ!」
「!」
そんな彼らを退去させるために動こうとしたところで、頭上から勢いよく落下してきた積の放った斬撃が彼の片腕を奪い取り、
「きっさまぁぁぁぁぁぁ!」
先程まで抱いていた様々な感情を凌駕する、純粋な憤怒の感情が彼の全身を支配し目標を定め、それがこの戦いにおける最後の衝突の始まりであった。
「原口積ぃぃぃぃぃぃ!!」
「あぶねぇ!」
斧が斧が目を光らせ、あらゆるものを劣化・衰退させる破壊光線を打ち出すギャン・ガイア。
既にゼオスに神器を渡してしまった積ではそれを受ける事はできず、射線から離れるよう身を翻す。
「この戦場から去れ!」
「う、おぉ!?」
ただ積が一歩踏み込んだ時には既にギャン・ガイアが進行方向を防ぐように移動しており、その速度に彼は舌を下を巻くなか腕を動かし、
「!」
「…………ちっ。今ので仕留められんか」
意識の大半が仲間に注がれたのを理解したゼオスが足元の影から這い出るような動きでミク博士、彼の首へと刃を奔らせるが躱される。
「ゼオス・ハザードか。ならば残ったのは――――」
尾羽優だけ
などと考え意識を二人だけでなく周囲に向けて見ると、自身の脳天を狙う気配を感じ、それが届くよりも早く凄まじい速度で体を回転させ、その勢いを乗せた踵落としをぶつける。
「ちぃ!」
「敵は彼らだけじゃねぇぞギャン・ガイアァ!」
その威力に敗け塵となって消えていくものを確認すると、その正体が優ではなく名も知らぬ戦士である事に舌打ちし、それに続いて鬼人族の面々が雄叫びを上げ迫ってくる様子に彼は顔を歪める。
「…………行けるか?」
「行ける。行けるさ。いや行ってみせるさ!」
自分達が最も勝算が高いと信じ特攻していく数十人の戦士達。彼らは一斉にとびかかるのだがギャン・ガイアはそれを凌ぎ、それどころか互角以上の戦いを続けている。
その姿にゼオスはらしくもない言葉を吐き出すが、それを耳にした積の口からはこれまたらしくもない力強い言葉が吐きだされる。
とはいえ積がここまで断言できることにも理由があり、ギャン・ガイアに残された余力が少ないと判断している故である。
そう考える理由は先程彼が斬り落とした片腕で、これまでならば凄まじい勢いで回復したそれが修復されていない。
加えて攻撃に木属性粒子を使う頻度も極端に減っている。
無論使うまでもなく全員退ける事ができるという事で終わる可能性も大いにあったが、積はこれを好機と捉え策を練り、今こそ彼を凌駕し退けるする時だと腹を括った。
「こいつさえ倒せりゃ、あとは野となれ山となれだ!」
「………………どういう意味だそれは?」
「後の事なんか知ったこっちゃねぇってことだよ!」
ゼオスの純粋な疑問に答えながら慣れない足場を蹴り、足掻く鬼人族や戦士達をなおも退ける巨大な壁へと向かっていく。
「おらぁ!」
「来たか原口積!」
大きく振りかぶり、手数ではなく威力に絞った一撃を他者の相手をしている彼の脳天へと向け叩きつける。
ただ他の者などとは比べ物にならないくらい二人へと意識を注いでいたギャン・ガイアはそれを容易く躱し、必勝を誓った積の掌が脇腹に添えられるが、
「ちっ!」
「…………そのまま攻撃していれば残った片腕も斬り裂いてやったのだがな」
「おい! 知ったこっちゃねぇとは言ったが、痛い思いしたいとは言ってねぇし微塵も思っちゃいねぇぞ俺は!」
その一瞬を狙って振り上げられた三日月の軌跡に対し舌打ちし、そのまま足を止めず迫るゼオスと積の前に幾つかの種を撒き、
「やっ!?」
「生枯輪転!」
二人が回避や前進をするよりも早く黄緑色の光を注ぎ、勢いよく成長した種が根と幹の波となって二人を押し流す。
「君らの予想する通りだ。僕に残された力はあまりに少ない」
「!」
その姿を目にすると支配者たるギャン・ガイアは素早い動きで距離を詰め、
「けどね」
残った片腕で動きにくそうにしている積へと攻撃するが鋼の盾でそれは防がれ、
「それでもこの場にいる誰よりも強いんだよ!」
なおも再生していない片腕の側面から木の根を生やして伸ばし、我が身の如く操作すると作りだした拳で積の顔面を盾越しに全力で殴りつける。
「ぐ、はぁっ!?」
その威力は絶大の一言に尽き、鋼の盾を突き破るだけの威力減少が起きたにも関わらず積が残っていた余力全てを奪い、彼の体は塵となり虚空へと昇っていく。
「…………ギャン・ガイア!」
「来るかゼオス・ハザード!」
その姿を見届けるよりも早くギャン・ガイアと同じく粒子が枯渇しかけているゼオスが残った粒子を振り絞り、拘束から逃れ漆黒の刃に火を灯し、両者は目前の障害を断つために疾走。
両者共に残った力の全てをこの一瞬に注ぐ覚悟を決め、疲労こそあれど損傷は少ないゼオスが体の一部を失い体力の底が見えてきているギャン・ガイアに対し先手を打つ。
「…………っ!」
「ちぃ!」
常ならば決して勝負にならぬほどの力の差がコンディションの差によって埋められ、今この一瞬の実互角のぶつかり合いが行われていく。
「………………偉大なる先達ギャン・ガイア」
周りの木の根が邪魔せぬよう、凄まじい速度で移動しながら衝突を繰り返す両者。
その最中にゼオス・ハザードは言葉を紡ぎ、
「貴様の敗因は」
「!」
語られる内容を前にして彼は目を見開き、
「なぁ!?」
最後まで聞ききるよりも早く横転する。
「そこぉ!」
「お、尾羽優!!?」
その好機を能力で作りだした張本人はゼオスと共に彼を挟むために既に飛び出しており、拳では届く前に消滅する可能性があると考え大量の水属性粒子を圧縮して作りだした水の鎌を積同様渾身の力で振り下ろし、ゼオスが真逆の方向からタイミングを合わせ剣を振る。
そして
「僕の敗因がなんだって?」
肉体の至るところを突き破り出てきた頑丈でしなりもある木の根。
それが彼らの腕が振りきられるよりも早く動きを止め、鎌と剣の刃は目標に届くほんの薄皮一枚前のところで押しきれずに動きを止め、
「終わりだ」
回復能力を持っておりまだ粒子もあまり使っていないため長期戦になると判断した優を肘鉄で吹き飛ばし、ゼオスと再び一対一で対峙。
ただ互角の戦いを繰り広げた彼も片腕を拘束された状態ではろくな対応ができず、貫手により腹部を勢いよく貫かれ、他の者と同様に体内に置いてきた種を急成長させられ無数の枝を肉体から貫通させられると塵となって戦場を退場。
「さあ、残るは君一人だよ尾羽優!!」
宿敵を打倒する。この戦場に蔓延る邪魔者を駆逐する。
両方の目的を成しえる事ができる事に上機嫌になった彼は意気揚々という様子で語りながら一歩ずつ歩を進め、
「あんたの敗因は…………」
「ん?」
「この戦いに思想のぶつかり合いなんて大義を掲げちゃったこと」
美しい容姿の少女を見下ろす事ができるところまで近づいたところで腹部に強烈な衝撃が奔り、体を一瞬だが小刻みに揺らす。
「そして周りを見てなかったこと」
すると間髪入れずに全身の力が抜け強烈な嘔吐感が襲い掛かり、必死に耐えようとするのだが逆流した血潮は吐きだされ目の前の少女を濡らし、
「これは戦争よ。周りに意識を向けなくなったら、こうなるのは道理よね」
しかしなおも彼女は淡々と語り、勝敗が決した事を理解した彼は腹部を、いや首元から腹部、さらに股関節部分まで斬り裂いた見覚えのある銀の巨大な刃の向かう先を眺め、
「もう一度言うぞ――――ギャン・ガイア。てめぇはオレ達竜人族の繁栄のための礎になれ!!」
そこで先程ゼオスが持っていた大剣を持ちにくそうにしながらも構えた竜人王の一人息子を見つけ、
「――――――」
あれだけ激しく言葉を発していた口をそれ以上動かす事はなく、自身からとめどなく流れる血が形成した水たまりの上に沈んだ。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
少々長くなりましたがギャン・ガイアとの戦いもこれにて終了。
残すは彼にまつわるエピローグ部分だけとなります。
皆さまさえよければ見届けていただければと思います。
彼の敗因については優が語った通りなのですが、次回でもう少し捕捉するかと
それと前回の話の最後で伝えていた更新できない日程についてなのですが、こちらは来週の月曜日から水曜日までとなります。使っているPCを弄る事ができない可能性が高い故の予定となりますので、ご了承していただければ幸いです。
おやすみ前最後の話はギャン・ガイアエピローグ。
そこでまたお会いしましょう!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




