ギャン・ガイアという男 一頁目
体が軽く視界が広い。
それ以上に思考が普段とは比べ物にならないほどはっきりしている。
その状態で挑む戦いで発揮できる実力は普段の比ではなく、三十年生きてきた今になって、生まれ変わったかのような感覚に彼はいま陥っていた。
「全く気味が悪い」
自身の今の状態を顧みて思わずそんな事を口にするものの不快感は一切ない。
むしろかつてない充実感が全身を迸り続け、しかしその喜びに流されることなく平静を保っている。
「目の前にいるのは絶対に負けられない相手なのだけどね。全く…………おかしな話だ!」
自分の目の前にいる三人は単純な実力で見た場合自分には劣っているものの何度か苦渋を飲まされ、別の面では自分と対等な立場に立っている。
そのような相手と今のコンディションで戦えることは存外の喜びであり、必ず勝利することを己が信じる主と自身の胸に誓い、
「さあ全力を尽くせ愛しき怨敵よ。君達の宿す道が正しいというのなら、己が力で証明してみろ!」
普段の彼を知っている者ならば信じられないような面構えでそう言いきった。
「くっそぉ、なに爽やかに言いきってるんだよあのキチガイ。お前はもっとドロドロとして頭狂ってる感じだろうがよ!」
「文句言ってても仕方がないわよ。今はとにかく場を整えるんでしょ!」
「いやそうなんだけどさ。文句の一つくらい言いたくなるさ!」
そんな澄み渡る青い空のような心持ちのギャン・ガイアに対して積達三人の胸中は重いい。
何せ今対峙しているギャン・ガイアは間違いなく過去最強と断定できる状態であり、そのうえ戦場は相手有利の自分達絶対不利なものなのだ。
文句を言いたくなるのも当然である。
「チャンスはいつぐらいに訪れるのかしら!」
「…………さてな。俺達はその瞬間を待つ以外の事はできん」
がその瞳は腐ってはいない。
もはや自分たちがどれだけ策を練ろうと手の届かぬところにまで至った完璧なコンディションと言えるギャン・ガイアを前にしても導いた答えに辿り着くため動き続ける。
「はぁ!」
「…………ふっ!」
ゼオスと優の二人が時に挟み込むように、時に緩急や時間差を付けるように見事なコンビネーションで攻撃を続け、
「でりゃ!」
時折生まれる隙や彼らの足に絡みつこうとしている木の根は少々離れた位置で全体像を掴む積が見つけ、その都度鋼属性粒子を固めて作りだした短剣を打ち出し打ち消す。
ギルド『ウォーグレン』に入って以降磨いてきた連携は、この土壇場で一つの完成形に至ろうとしていた。
「ゼオス危ない!」
「…………ちぃ」
「育まれよ。幹よ」
しかしそれでも、今のギャン・ガイアには届かない。
多彩な攻撃は全て見切られ、撃ちだされる攻撃は彼らに回避を許さない。
ならばそれを防ぎ切れるだけの守りを展開しようと考え足を止めると、それは許さぬとでも言うように別の攻撃が迫る。
するとそれから逃れるためにその都度ゼオスや優は自身の射程から離れる必要があり、そのような事を何度も繰り返していると、いつの間にか攻撃する余裕さえなくなっており、場は完全にギャン・ガイアが支配していた。
「やっべやっべ!」
「…………もう少し下がれ。死ぬぞ原口積」
「いやこの空間内なら死なないはずなんですけどねぇ!」
するとギャン・ガイアの攻撃は熾烈さが増すだけでなく距離まで伸びていき、後方支援に徹していた積にまで己が肉体の分身とも言える木の根が勢いよく伸び、危機感を感じたゼオスが積の服の裾を引っ張り、それらを燃やしながら後退。優も続いて下がると、個々人での対処は不可能であるというように一丸となって攻撃の対処に徹することにする。
「どうしたのかね諸君。それでは僕には勝てないよ!」
その姿を嘲笑うのではなく勝気な表情で迎え、『生枯輪転』により急成長させた木の幹をまっすぐに伸ばし逃げ道を塞いでいく。
「ほんっと今のギャン・ガイアはやりにくいわね!」
「基本に重点を置いてるって感じだな。普段のギャン・ガイアからは考えられねぇ戦法だぞおい!」
左右に頭上が分厚い幹で閉じられ、前後以外の道がなくなる。
「ハハッ! これじゃあ逃げられないねぇ!」
「来やがった!!」
そのような状態になると同時にギャン・ガイアの両の掌に黄緑色の光が宿り、闘争心むき出しの声を発しながら接近。
「チャンス、じゃないわよね?」
「…………原口積」
一瞬先に迫る衝突を前に、ゼオスと優の二人が前に出ながら自分たちの運命を積の判断に委ねる。
「多分まだ早い。回避だ回避!」
緊張感に弱いものならば固まって動けなくなってしまう状況だが、積は迷う様子を見せず自分の前に立つ仲間に堂々とした様子で指示を出し、優が突きだされた一撃を水の鎌で防ぐ隙に、ゼオスが自分たちの足元を燃やし、腕が届く射程から離れた。
「逃がすものか!」
その姿を確認するとギャン・ガイアは懐から種を取り出し再び生枯輪転を発動。
今度は木の根や幹ではなく無数の赤と黄色が混じった実が落下。
「ありゃ痺れ効果のあるガスを吹き出す植物だ。当たったらやばい!」
「ほう。中々物知りじゃないか」
「「!」」
その正体を言い当てる積の発言を聞くと残る二人が頭上に視線を飛ばし、しかしその隙にギャン・ガイア本人が彼らの前に移動。
「クッソ!!」
「ふんっ!」
「ぶっ!?」
「滑水航路!」
「ほう。その能力にそんな使い方もあったなんてね。知らなかったよ」
隙がなく、連射性能に優れているという判断からギャン・ガイアは絶え間なくジャブを繰り出し、千発の内の十発ほどが積の方や太ももを射貫きくぐもった声を上げさせ、
そのように自身の肉体を硬化させた積と、一歩後退したゼオスが必死にそれらを防いでいる間に優が能力を付与した水を操り、ギャン・ガイアではなく、実が自分たちに落ちてくる頭上を覆うように十本もの水の帯を地面に接触する形で作成。
それに触れた実は破裂するより先に三人から離れるように左右に滑り、感心の声を上げたギャン・ガイアの前にまで移動。
「離れるぞぉ!」
シビレ効果のある煙の中を悠々とした様子で歩き続けるギャン・ガイアを前に、叫ぶ積を先頭に彼らは再び距離を取り、その様子を見てギャン・ガイアは不愉快そうに顔を歪めた。
理由は簡単だ。今の彼らには戦った当初に感じた自分を下すという強い意志を感じなかったのだ。
「君達はやる気があるのかね?」
なので彼は尻尾を巻いて逃げる彼らに対し素直にそう尋ねるのだが、
「あるよある! ここで時間を稼ぐ事が俺らの仕事なんだからさ、十分に仕事してるわけよ俺らは!」
「………………はぁ~~~~~~」
脂汗を流しながらやや早口でまくしたてる積の言葉を聞き、自身の胸中を口から吐き出した。
「残念だ。至極残念だ」
彼にとって今目の前にいる三人の子供たちは、初めて出会った己が信念をかけてぶつけるにふさわしい相手だったのだ。
であるから彼はらしくもなく普段はやらないような事までして全力を尽くした。
常日頃ならば決して行わない小技や体術を駆使し、大技を使うだけの隙を作る努力をした。
あらゆる攻撃に対する対処を完璧にこなして見せた。
そのような意気に対する返礼が原口積の先程の言葉というのは、彼にとってあまりに残酷で、彼の心に嫌な影を落とす。
「ちっ。中々粘る」
加えて彼を苛立たせるのは、自身が作りだした木の巨人になおも抵抗の意志を示すデリシャラボラスを筆頭とした鬼人族や強力な火器を装備した兵士たちである。
長期戦になれば敗北はないと言いきる事ができたが、今の彼にその時まで待つ余裕はない。
何しろ彼に発せられた主からの命は邪魔者となる強者の掃討なのだ。
ある程度の兵を釘付けにしたとしても倒せていないのならば意味はなく、速やかに排除し次の場所へと移動する必要があった。
「この僕に真っ向から挑む気概が害がないのなら」
「「!」」
「これで終わりだ!」
その意志は海より深く空の果てまで伸びるものであり、如何に相手が宿敵と定めたものであろうと、戦う意志がない者ならば正々堂々と戦う意味はないと断じ、
「カースデス!」
空間一帯を覆うように能力を発揮。
「盾!」
「無駄だ!」
それを防ぐために積が鋼の分厚い盾を錬成させるのだが、そのような幼稚な抵抗を彼は嘲笑う。
あらゆるものを腐らせることが木属性を主体とした『カース系』の能力であるが、ギャン・ガイアの場合はその攻撃範囲に速度、そしてなにより解釈の幅が通常より遥かに広い。
有り体に言ってしまえば彼の使うこの能力は、他の者が使う『腐らせる』という特徴に秀でたものより『劣化させる』と言った方が正しい。
そのため腐るという概念が存在しない鉄の盾であってもこの能力は効果を発揮し、勢いよく錆びさせると次の瞬間には原形をとどめる事ができなくなりボロボロに砕けた。
となれば後はその背後にいる子供たちを包んで終わりなのだが、ここで彼にとって全く予想していなかった事態が起こる。
一つはその子供たちの内の一人原口積が盾の真後ろにいて自分を迎え撃つ気概を見せている事。。
「なぁっ!?」
そしてもう一つは彼の体に能力が触れた瞬間、聞き覚えのある音と共に能力が砕け、
「もういっちょぉぉぉぉぉぉ!!」
「しまっ、あの神器の型は!?」
ことの真相に気づくものの、その瞬間には数度瞬きする前に見た物とは比べ物にならない強度と重さを兼ね備えた巨大な盾に、彼は押しつぶされていた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
VSギャン・ガイアは早くもピークへ。
幾度となく戦ってきた彼を倒すための策略が炸裂します。
積を中心に置いて作られたこの作戦。果たしてうまくいくのか!?
積が最後に行った突進の意味、隠していた切り札の正体も次にはわかるかもしれません。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




