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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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少年は檻を破り、鏡を見る

「グゥ!?」


 聖夜渾身の一撃は確かに直撃した。

 それでもなお、パペットマスターは崩れ落ちない。

 口から血を吐き大地を赤く染めようともその狂気は健在であり、腹部を貫かれたのにも関わらず、さしたる問題もない様子で、聖野を凝視した。


「ッ!」


 その後の彼の行動は恐ろしく素早い。

 聖野が一度瞬きしている間に片腕を腹部の風穴に突っ込んだかと思えば周りの肉が隆起し、空いた片手で聖野の体を縛ろうと糸を操る。


「!?」

「めちゃくちゃ便利だよなこれ。何でも、時間を戻している最中は外界からの影響を受けないらしい」


 が、巨大なビルさえ巻き取ることが可能な糸が弾かれる。

 なぜかと不思議に思えば聖野の体を見覚えのある光が包んでおり、すぐ側には半透明の丸時計が現れていた。


「時間切れだ。まあ情報不足だから仕方がないんだけどさ……手を誤ったな」


 そしてその瞬間、聖野が勝利を確信し、パペットマスターが気が付く。

 この小さな少年が出していた最後の球体が、心臓の鼓動のような収縮を繰り返している。


「これハ!」


 時間をユックリと戻し、ある種絶対的な守りに覆われた目の前の少年に、吹き飛んだまま戻ってこない少年少女。

 そしてこの不吉な膨張。

 それらのピースを組み合わせ脳内のパズルが完成した瞬間、身を守るように地面から出した木の幹で自身の身を包みこむが、


憤怒エンド!」


 それが終わる寸前、少年がそう言い放ち、辺りの空気が重苦しい物へと変化。

 そして次の瞬間、彼らの存在する世界が黒に包まれ――――突如破裂した。




「周囲一帯を巻きこんだ大爆発とは聞いていたけどよ」


 爆発が止み爆風が辺りに散布する。

 爆心地の中心は草の根一本生えていない大地へと変貌し、そこから少し離れた場所で、蒼野と優はその光景を不安げな様子で見守っていた。


「こ、ここまでのものとは聞いてないぞ!」

「あんま具体的に説明するとお前ビビるだろ。それを見られてあいつに勘繰られるような事があったら嫌だったから、隠して単打よ」

「な、何も言い返せねぇ」


 両腕が切断される前の時間まで戻った聖野が蒼野と優が抱き合っている場所まで後退し説明。

 その言葉に蒼野が反論できない様子で顔をしかめる。


「しっかし派手にやったわねアンタ」


 それからすぐに視線を移動させた蒼野と優だが、目の前に広がる光景を前に口からこぼれ出る光景は同じものだ。

 舗装されていた道路が、木々が、建物が、全て原形を保てずひっくり返り、辺りに散乱している。


「けれでも、これで」


 それほど凄まじい光景を前にして、しかし優の口から零れ落ちるのは安堵の感情。

 この絶体絶命の窮地を何とか生き延びたという心の底からの安堵であった。


「ヤってくれマシタね。マサカここまでノ実力を秘めてイタとは」


 がしかし、そんな安堵の感情は、大量の瓦礫の下から聞こえてきた声を前にして引っ込んだ。


「う、嘘でしょ……」


 信じられないという様子で、声の聞こえてきた方角に視線を映す優。

 蒼野と聖野も急いで視線をそちらに向けると、山のように重なっていた木の残骸がもぞもぞと動き出し、彼らの前で左右に分かれ巨大な木の幹が出現。


「ドウやら、少々威力が不足してイタようDEATHね。全く……完全ニしてやられマシタ」


 人一人がすっぽりと入れるほどの大きさの木の幹の表面が、バナナの皮を剥くかのような様子でめくれ、腹部の傷まで完全に修復したパペットマスターが現れた。


「すごいな、完全な不意打ちで撃ったあれを耐えきるのか」

「悪い子ニハおしおきが必要DEATHね」


 自慢の糸を携え、再び立ちはだかる人形師。

 しかし彼らを前にしても聖野の余裕は崩れることなく、さも当然と言う様子で、彼を指差す。


「いやいや、おしおきというか罰というか…………それを受けるのは俺らじゃない」

「?」

「それを受けるのは――――あんただ!」

「よく言った聖野!」

「ッ!?」


 その瞬間、人形師が聞き覚えのある声を聞き構えようとするが、それよりも早く右半身から襲ってきた衝撃に、体が吹き飛ばされ無数の家屋を貫いていく。


 蒼野も聖野も、戦う前から理解していたのだ。


 パペットマスターには自分たちがどれだけ足掻こうが敵わないと。


 だからこそ、彼は呼んだ。パペットマスターに勝てる男を。

 どんな状況でも、呼べば何が何でも来てくれると、信じそれに賭けた。


「間にあったか?」

「ええ。ギリギリですけどね!」


 未だ余裕ありといった様子で現れた善に対し、聖野が勝気な笑みで答える。

 その声を聞いた善がうっすらとだが笑みを浮かべると、蒼野も優も、事ここにいたり理解した。


 自分たちは助かったのだと。


「いいタイミングで呼んでくれたもんだ。ちょうど俺の方が終わったところだ」


 辺り一面に広がるほどの攻撃を見れば必ず絶対に現れる。

 いかにその邪魔をされないかという事に心血を注いだ聖野の賭けはここに終わりを迎え、バチバチと音を鳴らす花火を咥えた善が、拳を構え人形師を睨む。


「行け、この先がお前達のゴールだ」


 視線を外すことなく善が出口へと指差し、駆けていく三人。


「さて、この場所に残ってる障害はお前で最後だな」


そして……………………


「おめえには千を超える罪状がある。内九割以上が殺人罪、ギネス記録級だ」


 土煙の先で佇んでいる人物に彼は話しかける。


「おめえには死すら生ぬるい。被害者全員の怨念が晴れるその日まで、血反吐を吐く勢いで償いをしてもらう」


 土煙の奥から、四つの木の棺を抱えた人形師の姿を前に話しかける。

 それらは主が指を僅かに動かすと全て同時に開き、竜の姿をしたもの、巨大な鳥のもの、豹のような姿のもの、巨大な甲羅を備えた者の四体が出現。


「全ク、今日は厄日Deathね」

「ほんとにな。たくっ、おめぇみてぇな狂人とこんな場所と会うとは思わなかったぜ」


 四体全てに糸を通し人形たちに命が吹きこまれていき、善が拳を握り、大地を強く踏み、パペットマスターが意識を集中させる・


「「!」」


そして両者は衝突した。




「……見つけた」


 安全地帯に移動してから数分後、戦場から少し離れた位置に三人の姿があった。

 原口善とパペットマスターによる三度目の衝突から三キロほど離れた地点、そこで蒼野が見つけたのはリリの死体から作った人形だ。 

 蒼野の能力により大きな損傷をなくし、血もさほど出ていないその様子は、まるで眠っているかのようであった。


「…………リバース」


 能力の連発により残った粒子はほとんどなかったのだが、その残り全てを使いきる勢いで能力を発動させ、リリの体に付いている埃や血の跡を消し、再び綺麗な状態に戻す蒼野。


「おい大丈夫かよお前!」


 それが終わり一呼吸着いたところで蒼野が崩れ落ちる。

 疲れが足に来たのかと思い近寄ってみると、蒼野の目から大量の涙が溢れていた。


「本当に……本当にすいません。助けられなくて……すいません」


 蒼野は世界中を守りたいなんて大層な事を考えたことがない。


 だがそれでも、自身が関わった人ならば、何とかしてこの手で守りたい。


 その位の事は考えていたのだが、その思いは狂人の手によって容易く崩された。


 人形であった事から、先程リリが口にした内容の真偽は永遠にわからない。

 しかし全てが全て嘘であるわけではないと蒼野は考えており、その事実が一層彼を苦しめた。


「………………」


 幸運だったことは、そんな状態の蒼野を見て、手を差し伸べてくれる存在が間近にいたことだ。


「泣くなって。泣いて立ち止まったって仕方がないだろ」


 肩を揺らしながら涙を流す蒼野の側に近寄り、優しげな口調で諭す聖野。


「そう簡単に割り切れる問題じゃないんだろ! 人の命が失われたんだぞ!」


 対して割りきれずに声をあげる蒼野であるが、


「じゃあ、二度とそんな問題を抱えないために、強くなろうぜ」


 それに対し小さな少年は、優がじっと見ている中でさも当然と言う様子で言葉を返した。


「…………なに?」


 思わぬ言葉を聞いたと声を裏返らせる蒼野。その様子に、彼はため息を吐いた。


「なんでそこで疑問に思うんだよ。この世界でなら当たり前の事だろ。実力が足りないから命を奪われる。ミスをカバーできないから人を死なせてしまう。逆に、力があるから思い通りに動くことができる。違うか?」

「……」

「そのために今はここから脱出して、休んで疲れを取って、そんで修行だ」


 俺の悩みの結論にはなってない、そんな風に思いながらも、今ここでそんな返答を返す気にはなれない蒼野。

 それからすぐに聖野がリリの死体を背負い歩きだそうと前を向き、蒼野がそれに続き立ち上がろうと体に力を入れたところで、


「え?」


 聖野の脚部から奇妙な塊が付きだしている。


「な、に?」


 細長く、真っ黒な物の正体…………それは剣だ。

 予想だにしなかった出来事に、彼らの思考が追い付かない。

 ただ呆然とした様子で先程まで聖野が経っていた場所、すなわち剣が付き出ていた位置を見ると、一人の男がいた。

 その姿を見て、蒼野は言葉を失った。




 数日前、善がヒュンレイから手渡された手配書を怪訝な表情で覗いているのを確認し、蒼野がそれを確認しようと覗きこんだ時の事だ。


「やめとけやめとけ、こう言うのは、見ないほうがいいんだよ」

「えーどんな奴か俺も知っておくべきじゃないですか? もしもそいつを見たら、捕まえるんですよね?」

「まあな、けどお前だけは見る必要はねぇよ」

「どういう事ですか?」


 正論を口にする蒼野を、手配書を持った善が突っぱねる。

 それは見せること自体が何か不都合があるとでも言いたげな様子であり、蒼野が不満げな表情を見せると、バツが悪くなったのかため息をつき頭を掻く。


「手配書に載ってる顔なんだがな、お前そっくりなんだよ」

「俺そっくり? そりゃ一層見たくなりますね」


 興味関心を惹かれた蒼野がそう告げると、困惑した顔を見せつける善。


「何か問題があるんですか?」


 純粋に疑問を抱きそう口にする蒼野。


「知らねぇのか? ドッペルゲンガーを見た奴は……」


 善がやれやれと言った様子で口を開くが、今の蒼野にその先の言葉を思いだしている暇はない。

 倒れた聖野の体が蹴り上げられ、


「!」


 それを受け止めようと構える蒼野であるが、


「…………死ね」


 待ち構えている蒼野の首に、冷たい何かがピタリと当たる。

 周りの景色が緩慢になり、自由に動くこともできずにいた蒼野が、せめてもう一度相手の姿を確認せねばと思い、聞こえてきた声の方角に視線を映し、彼を見る。

 その時瞬時に思いだしたのは、善が言っていた言葉の続き。


 ドッペルゲンガーを見た人間は――――――――――――――――――――――――死ぬ


 視線の先にいた存在を見間違えるはずもない。

 そこにいたのは、自分と同じ顔をした男であった。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


という事で聖野初登場のパペットマスター初遭遇となる今回の物語はここで終了です!

お疲れさまでした!


え? それ以上に場が混沌としてきた?


そうなのです!

これより彼らは休むことなく、新たな戦いに突入します。

気になる彼の正体は?

彼らは無事平穏を手に入れる事ができるのか?


それらについてはまた次回以降で


それでは明日からもまたよろしくお願いします!

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