その因縁に決着を 三頁目
幼き戦士シェンジェン・ノースパスが此度の決戦で原口善と戦い今度こそ勝利すると決めた際、絶対にしてはならないと考えていたことがあった。
その解は実に単純、ズバリ接近戦である。
というのもシェンジェン・ノースパスは間違いなく善の攻撃を防ぐ手立てを手に入れていたのだが、かといってそれが絶対かつ万全であると言いきる事は決してなかった。
原口善という男はこと近接戦に限って言えばレオン・マクドウェルと並んで現代では最強の一角であり、こちらがどれだけ必死に対策を敷いたとしても、近寄られた場合劣勢を強いられることは必須であると考えていた。
だからこそ少年は近づかずに遠距離から攻撃を続け、風圧の盾に回避力を生かしたその戦闘方法は善を封殺し、劣勢に追い込んでいた。
「っ」
「行くぜ!」
そうして築き上げてきた状況はしかし、善の策により脆く崩れ状況は瞬く間に覆される。
(自分の体に崩れやすいよう設定した分身を張りつけたのか!)
脱皮したかのような動作で己を覆う水分身を脱ぎ捨てながら空を駆ける善を前に、自身を騙した手口を瞬く間に理解するシェンジェン・ノースパスだが、この少年はすぐにそんな自分を悔いた。
今自身がするべきことはそんな事ではないと気づいたのだ。
「おらぁ!」
「盾!」
そのように思考を別の方角へと向けていた彼へと向け、一撃で勝敗を決するという意気が込められた拳が撃ちだされ、ギリギリ反応することが間に合った少年が超圧縮した風圧の壁を盾として活用する。
「!」
すると善の拳はそのまま圧縮した風の盾に阻まれ、先程の状況の再現が行われる……はずであった。
「え?」
しかし善の拳は風の盾に衝突する瞬間に急停止。そのまま筋骨隆々の鍛え抜かれた肉体は目にも止まらぬ速度でシェンジェンの頭上を奪い、そこから再度攻撃を行い始めていた。
「う、嘘だ!」
その様子を前に信じられぬものを見たとでも言うように声をあげるシェンジェン・ノースパスだが、彼が悲鳴と言われても差し支えのない声を上げた理由は、そのような動作を善がほんの一秒ほどの愛第二延々と繰り返していた事。
つまり何度も風圧の壁による守りを躱しながら攻撃を繰り返していたからである。
(見えるはずのない守りをどうして。というか何で全体を覆っているわけじゃないってわかってるんだこいつは!?)
思わぬ事態に内心でそのように慌てるシェンジェンであるが善が透明の守りを前にそのような芸当ができている事にはちゃんとした理由がある。
(あとどのくらい持つ。一分くらいなんとかなるか?)
というのもこれもまた先程から何度も爆発させていた自身の分身が大きく関わっているのだ。
以前伝えた通り、今シェンジェン・ノースパスに降り注いでいる大量の水はエアボムを練る事の難易度を上昇させているのだが、同時に透明ではあるが固体として存在している風の塊にぶつかる事で、その居場所を知らせるという仕事もこなしていたのだ。
これにより善はある程度推測していたとはいえ強力な風圧の盾が全体を覆っていない事を理解し、更に自分の動きに合わせ動くそれらを正確に把握。先程のような一方的に吹き飛ばされる状況を覆す事に成功し、今のような一進一退の攻防を展開できる状態を作りだした。
「ぐ、うぅっ!!」
「おらぁ!」
「く、そ!」
そしてその状況にさえ持っていければ、原口善がシェンジェン・ノースパスに負ける道理はない。
ガーディア・ガルフやシュバルツ・シャークスを除けば敵味方含め最強格の彼の体術と幼い勇士の風圧の盾が一秒にも満たないあいだ動き続け、その末に相手を出し抜いた善の拳が少年の柔肌に真っ赤な線を刻み込んだ。
「この距離はまずい!」
その結果を見れば自身が追い込まれているのは一目瞭然であり、彼は勢いよく距離を取る。
「逃がすかよ!」
そんな少年に対し善もまた追いすがる。
天上から降り注ぐ水の範囲はそこまで広いものではなく、その範囲から脱出された場合、自身が不利な状況に戻ってしまう。
ゆえに彼は逃げる少年の前に回り込み、決して逃がしはしないという意志で拳を打ち出し、ほんの一秒前と同じ拮抗状態を作り出す。
「この!」
「遅ぇ!」
撃ちだされる風の斬撃の数々も、大地から宙へと向け伸びる竜巻も、優れた動体視力と直感、なによりも幾多の戦場を渡り歩いた事による経験で華麗にいなし、どのような体勢からでも拳を打ち出す。
「く、そ!」
そのような拳の猛攻は正面からの衝突を諦め、逃走と反撃に意識の大半を向けていた少年がいなしきれるものではなく、胴体や顔面にこそ当たらなかったものの、攻撃をする際に照準として利用している右腕を正確に貫かれ、彼は強烈な痛みから顔を歪めた。
「ふぅっ!」
がシェンジェン・ノースパスもただでは転ばない。
攻撃を受けた際の衝撃で自身の体を後方へと吹き飛ばし、無理矢理善の拳が届く射程から出ていく。
「あ、危なかった!」
そのようにして善の得意とする領域から逃れると彼は空中に浮かんだまま全身に打ち付けられた水とは別の液体を服の袖で拭い取り、早鐘を打っていた心臓を落ち着けようと深呼吸を行う。
「危機を脱した、とでも思ってるか?」
「…………違うとでも?」
「あぁ」
がしかし未だ幼い戦士の窮地を脱した際の胸中など歴戦の猛者である彼は十二分に理解できる。
ゆえに同じ目線に立ちながら不敵な笑みと挑発するような声をあげ、少年の視線を半ば無理矢理あげると、未だ自身が優勢であると誇示するように、挑発に乗ってきた少年の目に見えるよう手にしていた『それ』を見せた。
「それは?」
「さっき腕に攻撃が当たった際に巻かせてもらった。フォン家の当主から借りたウルバミっつーロストテクノロジーだ」
善が手にして少年に見せつけているのは鋼色をした細長い物体で、シェンジェン・ノースパスはそれが何であるのか最初は理解ができなかった。
しかしその物体が自身の体へと向け伸びており、先程殴られた腕に巻きついているのを理解すると、顔色を瞬く間に変化させ、
「こいつで」
「まっ!」
「終いだ!」
待ち受ける未来を避けるためか。はたまたただの懇願なのか。それは聞いている善にはわからない。
ただ彼は聞こえてきた声を耳にして湧き出す手を止めたくなる欲求を無理矢理ねじ伏せ、鞭を勢いよく自身へと向け引いていく。
すると少年の小さな体が彼の意志に反して引き寄せられ、望んでもいない彼の射程へと招待され、
「オラァ!」
思考の大半を占める困惑を処理しきれず、中途半端な風の守りしか展開できなかった少年の体に拳を撃ちこんだ。
「まだまだぁ!」
何とか受け止め切れたシェンジェンであるが拳の威力を打ち消しきれず後方へと吹き飛び、そんな彼をなおも逃がさんと善が少年を再び引き寄せる。
「か、回避を!」
「甘ぇ!」
すると今度は抵抗しようとシェンジェン・ノースパスが蒼野が使うものと同様の風玉を作りだし、それの爆発により自身の体を善の思惑とは別の方角へと飛ばすのだが、その程度の策など通用せぬとでも言うように善は少年の体を肩で背負い引き寄せ、その勢いを乗せた状態で建物の一角に叩きつける。
「…………くぁ!」
すると年相応の幼い声がシェンジェン・ノースパスの口から漏れ、善は鞭を大きく真横へ。
その動きに従い鞭に腕を絡め垂れたシェンジェン・ノースパスの小さな躰は壁にぶつかったかと思えば容易く砕き、一切勢いを減速させないままさらに八つの建物の壁を貫通。
「諦めろシェンジェン。お前に勝ち目はねぇ。
だから敗北を認め投降しろ。おめぇは人殺しはしてねぇんだ。然程罪は重くない」
なおも抵抗の意志を見せる彼を一分ほど周囲の建物の壁に叩きつけ、少年の体から力が抜けていくのを感じ取ると善はロストテクノロジーの鞭を振り回すのを止め、瓦礫の山に背を預ける少年に必死さを感じさせる声で訴えかけるのだが、
「まだ…………まだだ。諦めるわけにはいかない」
彼はなおも抵抗を諦めぬとうわごとのようにそう呟く。
「僕はまだ――――――」
その目には既に光はなく、いつ意識を失ってもおかしくはない状態だ。
しかしなお立ち上がろうともがく少年。
彼の脳裏に浮かんでいたのは、この日、この道、この運命を決定づけた『ある日』の出来事だった。
ここまでご閲覧していただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
原口善VSシェンジェン・ノースパス。善優勢の巻。
次回以降でも語られますがここら辺の戦いはこれまでくぐり抜けてきた修羅場の数がものを言う感じですね。
さて次回はシェンジェンの過去回想。大前提の一体何が彼にあったのかという話です
それではまた次回、ぜひご覧ください!




