その因縁に決着を 二頁目
「増えた。情報にあった水分身か」
空に浮かび戦場を支配するかの如き風格を見せる幼き勇士シェンジェン・ノースパス。
彼は自身が知覚した事実を前に指を僅かにだが動かし当たりをつける。
この少年が超が付くほど的確な爆撃を行っている理由、つまり善の居場所を常に把握している方法は実に単純で、蒼野もよく行っている風属性による探知術である。
ただ彼が行う探知術の練度は桁外れなもので、蒼野が周囲に漂わせる風の十分の一ほどの量の風属性を薄く広げ利用しているのだ。
これにより彼は少ない消費で蒼野以上に気づかれず、敵対する善の様々な情報を抜き取る事ができていた。
「めんどくさい事になったなぁ」
そのような精密な動作で相手の動きを探る彼にとって、分身と本体を見分ける必要性が追加される善の一手は苛立ちを覚えるには十分なもので思わず舌打ちする。
「けどまあ、二人程度ならそう気にしなくていいかな」
精度を上げた彼の爆撃に瞬く間に慣れ、紙一重で躱しながら近寄って来る二人の善の動きは彼が感知する限りでは差異はなく、どちらが本物なのかは見当がつかない。
とはいえ二人程度ならばまだ十分に索敵できる範囲である。
「ははっ!」
空に浮かぶ彼を挟み込むように二人の善が繁華街から現れるが、シェンジェン・ノースパスはそれに嘲笑で応対。
次いで強烈な爆発を浴びせかけると、二人の善は躱しきれず爆風に身を包んだのだが、その時になり少年は表情を凍らせた。
「両方偽物!?」
自身へと向け拳を突き出した全く同じ姿をした二人の善。
それらは爆風を浴びた瞬間原形を崩し、大量の水を辺り一面に散らせながら消えていったのだ。
「ま、ずっ!」
それに続いて彼が敷く風属性粒子の感知に十体もの影が引っかかりその数の多さにそのような感想が突いて出るのだが、異常事態はそれだけでは留まらなかった。
「エアボムが使えない!」
普遍能力『エアボム』。風に爆薬と化した粒子を含ませ飛ばし、自身の意志一つで好きな時に爆発を起こせる能力。
その範囲と威力は自由自在であり、使いこなせることができれば強力無比な希少能力に並ぶ力を発揮するが、繊細な能力ゆえに使いこなすのは至難の業と言われている。
これを完全に使いこなせているゆえにシェンジェン・ノースパスという少年は危険視されているのだが、そんな彼でも苦手な状況というものが存在した。それが豪雨である。
多少の雨ならば影響は少ないのだが、滝のような雨が降った場合、空気中に流布させた火属性粒子の量が大きく乱れてしまうのだ。
すると混ぜる事で爆薬となる闇属性との配合比率が大きく変化し、爆弾として使うはずが不発になる事が多々ある。
その事を知っているゆえに善は自身の分身が形を失う寸前に弾け飛ぶよう指示を出しており、周囲の空間一帯に溢れた水は、主の思惑通りの成果を出した。
「この程度で抑えられると思うな!!」
がしかしシェンジェン・ノースパスという少年はそれで何もできなくなるほどか弱い生き物ではない。
エアボムが使えないのならば単純に風属性粒子一本で戦えるだけの腕も備えており、迫る善の分身を一体ずつ処理していく。
「ああもうまたか!」
その度に大量の雨が降り注ぎエアボムを封じ込めてくるのだが、そこでふと気がつく。
「…………いやこれは」
自分へと向け飛びこんでくる原口善の群れ。
その動きこそ本物同様のものではあるのだが、混乱させることに比重を置きすぎていたため、見た目に大きな違いが出てしまっているのだ。
「ハハッ!」
中には顔部分や四肢がしっかり形成されておらず一目で分身であると見破れるものもあり、シェンジェン・ノースパスは攻略法を見つけたとでも言うかのように高笑いを行った。
「さあどうするんだい原口善。このまま無駄な粒子の消費を続けるつもりかい?」
それにより少々乱れていた意識を取り戻した彼は声高に地上へと向けそう叫ぶのだが、これは彼が善が備えている水属性粒子の量を知っており、この攪乱と陽動が長くは続かないと知っての挑発である。
「出来損ないだらけだね!」
その挑発に乗ってやるとでも言うように地面から再び現れる十数人の善であるが、その半数以上が本来の善とは違う風貌をしており、
「筋肉バカのお前に粒子なんて使いこなせるわけがないんだよぉ!」
それらの分身を対象から外し、残った面々に無数の目に見えない風の刃をお見舞い。
注がれる数多の攻撃をエアバックを参考にした守りで防ぎ、更なる追撃で消滅させていく。
「!」
そうして一体ずつ退けていると更なる分身が飛び出てくるのだが、自身の感知能力を頼りにその内の一体に攻撃を当てたところで、変な感触を彼は覚える。
「見つけた!」
その個体は他の者にはない青い練気を纏っており、これを見てシェンジェン・ノースパスは歓喜の声をあげ、
(さて本体はどこだろうね)
その裏で冷静に場の状況を認識するよう努める。
というのも彼はこれまた知っているのだ。それどころか熟知していると言ってもよい。
練気を用いた本体の誤認。
それは彼の父が敗北を喫した要因だからだ。
ゆえに彼は数多の風の刃を巻き散らし、迫る十体近くの善の動きを確認。
激しい動きをすることで顔部分が崩れかけた固体や爆散して水を吹き出す者を候補から削って行き、残り三体まで選別。
「九時の方向から迫ってる固体。君が本物の原口善だ!」
攻撃が当たりその姿を霧散させかけている練気を纏った固体。
顔や腕を原形から崩し他と比べ鈍い動きの固体。
そしてそれらの特徴を備えていない、通常の原口善と同じ容姿をした固体。
ここまで減らしたうえでシェンジェン・ノースパスは腕を掲げ意識を集中させ、滝のように降り注ぐ水の妨害すら跳ねのけ、広範囲高密度のエアボムをお見舞いした。
「いや残念だが」
「え」
「俺が本物だ」
そしてそのような解答をした少年の前に、手足や顔の原形を失いかけていた原口善が、自身が本物であると主張し拳を打ちこんだ。
ここまでご閲覧していただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
原口善VSシェンジェン・ノースパスその二。
善お得意の分身を使った騙し合いです。
なお善が苦手なのは粒子のコントロールで、大雑把な爆散くらいなら指示が出せます。
逆に言えば善さんは水柱一つ挙げる事ができません。水分身以外がダメすぎる……
それではまた次回、ぜひご覧ください!




