斯くして、少年は黒い流星を禍に当てた
右腕を前に出し、左腕を引くその姿勢。
前に突き出している右手から左手にかけまっすぐに伸びている黒い影は、パペットマスターを狙っている。
小細工の欠片もなくただただ馬鹿正直に狙いを定めるその姿に、この戦いを見ている観客がいるとするならば失笑を浮かべるであろう。
あそこまでバレバレな狙撃があるものか、と
が、小さな少年と実際に対峙している人形師はそうは思わず、口の中に溜まった唾を飲みこむ。
彼は知っているのだ。
それがどれほどの脅威であるのか。
光と同等の速度で一直線に迫り、あらゆる障害をものともしない、物理的には恐らく最強クラスの一撃。
「――――いくぞ!」
少年がそれを撃ちだす刹那、ここから数キロ離れた地点で行われていた戦いが彼の駆使する人形の敗北で終わり、パペットマスターの意識全てが目前の二人へと注がれる。
「撃ち抜け黒光――――」
勝負を決するという意思と共に狙いを定める聖野。
対峙するパペットマスターは油断せずそれを見つめ、今度は完全に対処できるという確信を持っている。
恐ろしい威力を持っていると言えど単純な事なのだ。
光速で向かってくる漆黒の塊、ようはそれを躱せばいい。
先程はもう一人の少年の手による邪魔だてから攻撃をくらってしまったが、警戒心を持ち万全の状態で挑める今ならば、それの対処も十分にできる。
「ッ!」
地上と空中を縦横無尽に駆け、狙いを定めさせぬと聖野を翻弄する。
「そこDEATH!」
そうして動き回るその最中、パペットマスターが地面に着地し僅かに体を沈めた瞬間最初の弾丸が撃たれるが、それを予期していたパペットマスターは前もって地面に張りつけていた糸を引っ張り自身の体を無理矢理浮かせそれを躱す。
「さア、あと二発DEATHねぇ! 最も、次はありまセンガ!」
地面に無事に着陸した人形師が嘲るような声をあげ、次弾を装填していない聖野へと一直線に向かって行く。
と同時に他者の真似をするために磨き続けた観察眼を用い、パペットマスターはこの能力について分析。
その特徴や性質はもちろんの事、突破口となる点もすぐさま理解した。
「クカカカカ!」
この恐ろしい破壊力を持つ攻撃の弱点、それはすなわち発射までに行う動作にある。
今も先程もこの少年はゴムのように伸ばしこちらに照準を合わせ、その上でこちらに撃ちだしている。
となればそれは必須の動作であり、それこそが最も簡単に攻略する突破口となる。
「その両腕ヲ貰いマス!」
「クソッ!」
つまりこの攻撃は自動追尾の類ではないのだ。
ようは手を引く動作と照準を合わせる動作の二つさえ阻めば、完全に無効化できる。
それさえわかっていれば対処のしようはいくらでもあった。
ゆえに彼は自身の勝利を確信し笑みを深め、
そんな様子のパペットマスターを目にした蒼野もまた、内心で笑みを深めた。
聖野という人間は一言で言うのならば自身と周りをよく観察できる人間だ。
自身の戦闘能力に長所や短所はしっかりと理解しているのはもちろんの事、対峙した相手の出した手をしっかりと理解し、彼我の戦力差を見極めることにも優れている。
これというのも善が師であった際、勝てる戦いとそうでない戦いを見極めろと言い続けたからであり、その結果この少年は初めて戦場に出てから今日まで、四肢欠損などの大きな負傷をしたことは一度もなかった。
そんなこの少年はすぐに理解した。
自分たちがどれだけ力を出し尽そうが、目の前の怪物の本気には手が届かない。
人形を戯れ程度にしか使わない現状でさえギリギリなのだ。
戦闘記録で見た百体同時使役や、『樹龍』などの切り札クラスの人形を使役された場合、さしたる抵抗もできずに命を奪われることは目に見えていた。
「クカカカカ!」
だからこそ、今しかないのだ。
意識はこちらに注がれ、殺気は十全に放たれている。
けれども人形を使うまでもないと根底では気が緩みきっている今こそが、唯一自分たちがこの怪物に牙を突きたてられるチャンスなのだ。
「いってぇ!」
土台は既に形成した。
披露したこちら側の能力。
自分と蒼野の実力。
それによりどの程度力を発揮すれば自分たちを考えられるだけの時間。
それら全てはこの一瞬のための布石――――勝利を掴むための仕込みである。
「蒼野!」
そしてそれら全てを、今ここで爆発させる。
「ああ!」
聖野の呼びかけに応え、自身の体を修復した蒼野が駆ける。
聖野が誘導した結果、蒼野はパペットマスターの真後ろを取ることが可能となっており、挟み撃ちの形で人形師へと向かって行く。
「そノ程度の策ガ決まると思っているのDEATHか?」
決死の覚悟で迫る蒼野と聖野。
二人の少年の顔にはここで決めるとでも言いたげな覚悟が張りついており、目を血走らせ歯を食いしばり前に出る。
そんな彼ら二人をパペットマスターは嘲笑う。
「無駄DEATH」
まっすぐに伸びてくる拾った剣による突きを糸で容易く弾き明後日の方角へと軌道をずらし、フェイントを加えた聖野の打撃を完全に見切り糸で拳を掴み彼の体をひっくり返す。
「無駄ナノDEATH」
顔面から地面に衝突しそうになった聖野が片腕だけ地面に手を突き体を支え飛び蹴りを撃ちだし、明後日の方角へ軌道を変えられた蒼野が風を纏い、それ以上の速度で再度攻撃を仕掛ける。
「無駄ナンDEATH!」
それら全てを嘲笑うかのように片手に装着した無数の糸で容易く弾き、逆に足の裏から流した木属性粒子で木々を形成し、二人の両手や両足を抉った。
「君達二人デ私を倒ス? それはチョット驕りが過ぎル!」
そのまま二人の体に木の根を張りつかせ完全に拘束したところでパペットマスターがさも当然とでも言いたげな様子でそう伝えると、
「ああ、そうだな。完全に同意だ」
聖野はそれに同意し、
「二人じゃ――――無理だった」
そして笑みを深くした。
「ッ!?」
間を置かず、真上から襲ってきた衝撃にパペットマスターが顔をしかめる。
考えるよりも先に頭を持ちあげると、瞳に映ったのは砕けた天井から漏れる月の光を受け輝く黄金の長髪。
住民の避難を行っていた尾羽優の姿であった。
「もう! これ以上隠れろっていうのならどうしようかと思ったわよ!」
「悪いな。けど変なタイミングで出られても容易く対処されて終わりだったんだ。まあ許せ」
三人目が隠れていたか!
片膝をつけながらその事実に舌打ちするパペットマスターであるが、それ以上に意識しなければならない脅威が、目前に迫っていた。
「ああ。よくやってくれたよホント。これで…………終わりだ」
自身の周りに漂っていた黒い弾丸のうち一発を手繰り寄せ、瞬時に矢の如く細長く伸ばした物の照準が自分へと向けられる。
「二発目ぇ!」
目と鼻の先で放たれた至高の一撃は、パペットマスターへと直進。
その一撃は――――――――パペットマスターに容易く躱される。
「ま、」
「マジ!?」
蒼野と優が息を呑む。
頭部を狙った光速の弾丸が、僅かに首を捻るだけで躱された事実に息を呑む。
「何を驚ク。この程度、造作もナイ」
驚く二人であるが、パペットマスターからすればこれは当たり前の事であった。
いかに光速の一撃とはいえ、この世界には光属性という同等の速度を繰り出す属性が存在する。
それらは正真正銘光の速度で飛んでくる攻撃であり、上位の実力者はこれを完全に見切ることがある種の条件となりつつあった。
無論パペットマスターも上位の実力者、その中でも一握りの者が辿り着ける最上位の位である。
ゆえに、向かってくるとわかっている光速の攻撃、かつ一直線の軌道ならば、油断することなく立ち向かえば、そう大した苦労もなく対処可能なのだ。
「子供だからト思ってイマシたが……」
勝敗が決する。
すぐに次の手を打たねばならないと考えた三人が何かをしでかすよりも早くパペットマスターの糸が躍り、優と蒼野を吹き飛ばす。
「少し気を引き締めマショウ」
残った聖野が最後の黒い球体を手繰り寄せようとするが、糸の一閃が聖野の両手を斬り落とし、彼が初めての痛みに顔を歪める。
「これデ構える事ハできまセンね」
まさに一瞬の出来事であった。
三人の僅かな硬直を利用して放たれた糸は、人形を使うまでもなく彼らを撃破し、その場には崩れ落ちていく聖野を見下ろすパペットマスターが君臨していた。
「ナニィ?」
その時、そんなパペットマスターの体に重い衝撃が訪れる。
咄嗟の事に思わず吹き飛びかけるパペットマスターであったが、数歩急いで引き下がることで衝撃を逃すと、衝撃があった箇所、すなわち腹部に視線を移しそこで見た。
そこにあったのは自らの腹部に空いた風穴。
さらにその背後には煙を立てて大地に刺さっている黒い弾丸が確かにあった。
「わる、いな。そいつは結構多機能なんだ」
聖野が何の手も加えてないこの能力の性質は『周囲一帯の物を吸収』し『その量に応じて爆発を起こす』というものである。
対して一定量粒子を吸いこんだ状態で発動できる『銃弾』に込められているプログラムは三つ。
一つ目は発射された際の弾丸の前方半分は『発射後50メートルの間、ぶつかるものと同じ性質を持ち、喰い破る』というルール。このルールによりこの弾丸はどれほど強靭な守りでも破壊し、貫く性質を持っている。
二つ目は弾丸の後方半分に仕掛けられており『吸収したエネルギーを速度上昇に使う』というルールだ。
これによりこの弾丸は発射前に粒子を吸収している分だけ速度を上昇させ、最高速度は光さえ超える。
「が、はぁ……!」
そして聖野が隠してきた鬼札。
それこそがパペットマスターに深手を負わせた第三のルール『同系統の能力に衝突した際、反射し速度上昇する』という性質だ。
『裁き(エグザ)』も備えていたこの性質により、外れた弾丸は最初に撃ちだし地面に沈んでいた一発目と、先程撃ち出し木に刺さったまま静止していた二発目の残骸に衝突。
自分たちの力に敵の力、そして個々の認識や乱入。
それら全てを総動員し一から十まで計算した、聖野最大の一撃が『十怪』の一角を貫いた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
聖野が築き上げたものの総集編。
ここまで長かったのですが予定通り次回で終わりそうなので一安心です。
少々長い話でしたが、お付き合いいただき本当にありがとうございます!
それはそうと、ちょっとタイトルが厨二をこじらせ過ぎているかと作者は考えるのであった。
ということでまた明日お会いしまショウ!




