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境界の向こうより出る者達


 決戦の日、その朝がやって来る。

 ある場所ではそれを告げるように鳥が鳴き、ある場所では冬の寒さを示す様に真っ白な霧が生じる。

 と同時に情報を取り扱うあらゆるメディアが欲望からその瞳をギラギラと輝かせ決戦の舞台となるラスタリアに意識を注ぐのだが、彼らの求める光景は一時間経っても二時間経ってもやってこない。


「少し考えればわかる事な気がするんだけど、彼らはおバカなのかしら。それとも必死なだけ?」

「いや分かっててもこうなるだろ。ああいう立場の人間からしたら、奴らが登場する瞬間は絶対に見過ごせないはずだからな。日取りさえ分かってるなら、後は一日中監視あるのみだ」

「それもそうね」


 その景色をラスタリア内部にある賓客賓客用の休憩室で見つめているのは襲撃のタイミングを既にし知らされていた二人のフォーカス。彼らは最後まで世間には明かされることのなかった情報を頭の奥で思い浮かべながら、ラスタリア周辺の至る所に点在している人々の捕捉に意識を向けた。


「ああ。ここに居たのか。私もご一緒しても?」

「シャロウズ殿か。どうぞどうぞ」


 すると同じく襲撃のタイミングを知っていたシャロウズがセーターにジーンズという気負っていない私服姿で現れ、尋ねられた問いにはデュークが返事をして、彼は二人と同じように外の光景に視線を向けた。


「時間になる頃にどれだけ残ると思われる?」

「何とも言えないわね。ただ半数以下にはなると思うわ。出来る事なら十分の一まで減ってもらえると仕事も楽なのだけど」


 吸血鬼エヴァ・フォーネスがいる以上彼らが万全の状態で攻めて来るのは太陽が沈む夕方以降であり、世間には公開されていない果たし状にもその旨が書かれていた。

 無論その言葉を信じるに値しないと口を尖らせる者も存在したが、神の座イグドラシル直々にそれは否定した。


 彼女曰くそんな事をする必要がないという。

 『果て越え』ガーディア・ガルフとその右腕シュバルツ・シャークスを有している彼らは、二年前のミレニアムの進軍の時とは比べ物にならない程の戦力を有している。

 ゆえに彼らは小細工などを一切弄さず、自分たちの強さを世間に知らしめることに力を注ぐのだと彼女は断言した。


「にしても俺らの大将も頑なだよな。これだけの有事なんだ。『監獄島』の奴も出せばいいのに」

「まあそうよねぇ。言い分は分かるんだけど…………」


 次に会話が向かった先は歴史上一人として罪人を脱出させていないという世界最大最高の犯罪者収容施設『監獄島』に関してだ。

 一般人はもちろんのこと各勢力の有力者でさえ知らぬ者が大半の場所だが、この場所には多くの戦力は眠っている。

 というのもこの場所の本質は他では収容できないほどの凶悪度または強さを兼ね備えた存在を閉じ込めておくというものであり、

 過去『十怪』や『三狂』に名を連ねた者達や獣人族の長ウルフェンなどが収容されている。

 さらに言えばつい先日ガーディア・ガルフと鎬を削ったクライシス・デルエスクもここにおり、彼らをいくらか放出すれば、戦力の補充はいくらでもできるはずという意見がいくらか出ていたのだ。


 ただ神の座イグドラシルだけでなく他の有力者もそれを拒否。

 理由は至って単純で彼らは犯罪者、つまり現行政権に反抗していたもので、出した場合味方になるどころか敵対する可能性が大いにあるからであった。


「うわ。まだ増える。すごい執念ね~」


 そのような話をしながらもアイビスはこの戦いを観戦するために寄ってきた人々や行使されている能力一つ一つを索敵し、照準を合わせていく。


「シャロウズ殿がいるってことは大丈夫だと思うんですが、戦力の配置の方は?」

「こちらは完了した。彼らには時間までリラックスして過ごす様に命じた」

「ありがとうございます」


 デュークが質問を投げかけるとシャロウズは敵意一つ感じさせない穏やかな声で返事を行い、彼らは手元にある飲み物にに口を付ける。

 それは目前に控えた戦いを前にして最高のコンディションと言っても差し支えはなく、彼らは時計の針が進んでいくのを認識しながら、そのようにして待機。


「各場所に武器の輸送が完了した。後は各々が装備するだけだ」

「予定時刻五時間前か。三十分前には装備し終えているよう通達を」

「了解した」


 十二時頃にやってきた兵器関連のまとめ役であるクロムウェル家当主に対してそのような指示を投げかけ、


『報告します! 南側の第六待機エリアにて小規模な争いが発生! 賢教と神教の戦士達が刀傷沙汰になる寸前です!』

「あら。じゃああたしが止めに行こうかしら」

「姉ちゃんはここで索敵を続けといてくれ。ここは俺が行くよ」

「私も行こう。両戦力の代表者が行った方が、話を纏めやすいだろう?」

『あ、ありがとうございます! しかしその……本当にこんな些細な事でお二人が?』

「些細じゃねぇさ。放って置いたら大火になる火種さ」


 決戦まで残り三時間を切った時点で起こった唯一の内部衝突には、二大宗教の代表者が同時に動くことができるほどの余裕があった。


「各自所定の位置に着きました! 確認をお願いします!!」

「了解。報告に感謝を」


 そして夕日が沈み夜が訪れる数分前、過去千年にわたり争いを繰り広げていた各勢力の者達のべ一千万人が所定の場所につき、神教からの連絡係にはシャロウズが、賢教からの連絡係にはデュークが対応し、


「来ますね」


 夕日が地平線の向こうへと消えていく瞬間、すなわち逢魔が時


 茜色の空と大地を斬り裂くように黒い線が虚空に引かれた。


「きおったか。相変わらずめちゃくちゃな事をする」


 それが何を示しているのか、千年前の戦いに参加していた雲景は自身が率いる面々を背後に敷きながら理解している様子で口ずさみ、


「あれは…………」

「ゴロレムさんの使役する氷の人形だが、この数はおかしいだろ」


 同時に空から雨のように降り注ぐ無数の氷の塊を双眼鏡越しに見ていた康太が側に蒼野や優など仲間達を侍らせながら宣言。


「あらよっと!」


 アイビス・フォーカスが索敵した様々な能力や人々を退却させるよう能力『完全分解』により作りだした反発粒子を振りまき、


「行こうか」

「あぁ」

「応!」


 昼と夜の境界を裂き、数多の軍勢を従えたガーディア・ガルフとその同朋が現れた。



ここまでご閲覧していただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


大戦争開幕!

此度はその始まりまでです。

あと次回でも語られる内容ですが、一応補足しておくと一千万人という大量の人員はラスタリアだけにいるわけではありません。

各地に散らばっており、指示があると転送装置や能力で各自ラスタリア内部に突入する、後続部隊に当たります。


戦いは一気に進みますが、次回はその少し前段階。この戦いの具体的な話に移ります。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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