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革命戦争前話 晩餐


 部屋と廊下を隔てる金の文様が刻まれた扉の向こうから鼻歌が聞こえてくる、

 その声の主が誰であるのか理解している二人はそちらに僅かに意識を向けるのだが、ここで立ち止まっている理由はないと考え、ノックを何度か繰り返したあと、返事はなかったのだが扉を開ける。


「来たわよ~」

「この音は…………何かを叩いてるのか?」


 すると彼の耳にトントントンと、リズミカルで規則的な音が届く。

 普段ならばそれだけで警戒心を急激に高めてもおかしくない二人であるが、今回に限ってはさほど警戒することもなく、先へ先へと進んでいく。


「ああ。来たのですね二人とも。その様子だと、途中で合流したんですね」

「ええそうよ。それよりイグちゃん。これって」

「料理、だよな?」


 そうして進んだ先で二人が目にしたのは桃色のエプロンを来てコック帽を被り、手にはミトンを嵌めたこの世界で最も高い地位を持つ女性の姿であり、予想外の姿を目にして二人は戸惑いの声を吐き履き、驚いた表情を浮かべていた。


「…………一度くらい親子水入らずで食事をしたいと思いまして。とくればシェフを呼ぶことや出前は少々違和感があったので」

「それで自分で作ったってわけか」

「けど大丈夫。確かイグちゃんってば調理器具一つ持ってなくて、ビーカーとかフラスコを手にして料理をしてたじゃない。大さじ小さじについてだって知らなかったし」

「何百年も前の話を出されても困りますね。昔はともかく今はこのとおり」

「あら。ごめんあそばせ」


 二人の不安をよそに彼女は手慣れた手つきでフライパンを操り、焼いていたサケを真っ白で円形の皿の上に乗せ、その横に野菜以外にもハムが入ったポテトサラダとブロッコリーを置き、少し離れた位置にある普段は置いていない四人掛けのダイニングテーブルの上に置いた。


「さ。二人とも食事をしますよ。お茶碗を持ってきてください」

「一々並ぶ必要があるのかよ!」

「いいじゃないいいじゃない。こんな経験あたし初めてよ。むしろわくわくしちゃう!」


 そこに置いてあった花柄の茶碗を手にてにしながらアイビスは炊飯器の前に立つ神の座の元に駆け寄り、それを見届けるとデュークもやれやれと頭を掻きながら自分のために用意された青と白のボーダー柄の茶碗を手にして、二人の側に近寄った。


「それで。これは何の真似だ」

「なんの真似だ。とは? もしかしてご飯を盛りすぎましたか?」

「ちげぇよ。いやそれもそうだけどさ!」


 山のように盛られた白米を机に置き、アイビスと向き合うように座るデューク。

 神の座イグドラシルはそんな二人を同時に見るためにその間に当たる場所に座ると持っていた鍋を机の端に置き、それを見届けたデュークが質問を投げかけ彼女は答えた。


「これまで長いあいだ一緒に行動したけどよ、こんな風に手料理を振るまうなんて何百年ぶりだかだろ。そんな事をいきなりしでかしたら、そりゃ疑問を抱くだろ」

「そもそもイグちゃんったら、実験器具で料理を作ってるのを二人でイジって以来、拗ねて作ってくれなくなったじゃないの。それがここにきていきなりこんな事したら、そりゃ邪推の一つや二つはするでしょ」


 その返事に突っ込みを入れ、小細工なしに単刀直入に聞くデューク。

 するとアイビスも頬杖を突きながら言葉を続け、神の座は寂しげな笑みを浮かべた。


「皆が私の命を守るために全力で戦ってくれる。これは本当に嬉しい事です」

「だな」

「まさか賢教が素直に手を貸してくれるなんてね。驚きだわ」

「そうですね。ですが、それでも勝率はあまりに低い」


 すると彼女は自分が作った食事を口にするのだが、それと一緒に語りだす内容はあまりにも重くデュークは食卓の中央にあるジャガイモの山に伸ばしかけていた箸を止めた。


「どうして!?」

「ガーディア・ガルフはそれほどまで強いっていうこと?」


 ただ気を取り直したデュークは壊れないように力を調節しながらも食卓を叩きながら立ち上がり、未だ冷静さを保っていたアイビスが箸を並んでいる料理に伸ばしながら質問を投げかけ神の座は頷いた。


「加えてシュバルツ・シャークスもです。彼らをまとめて相手にする我々の勝算は一割を切っています」

「そんなもん何とかする。勝算が一割だろうがなんだろうが、俺達全員が出せるもんを全て出せば必ず!!」

「…………私が心の底から尊敬する人物が言った言葉なのですけどね。『勝負が気合いで決まる事はない』これが真実です。勝つのはいつだって、それに値する道筋を紡いだ者達です」

「弱気を吐くなよ!!」


 明日自分たちは最も大切な目の前の人を守るために命を賭ける。

 そう腹を括った状況で当の本人が弱気を吐くのは受け入れがたく、デュークの口からは嗚咽が漏れた。


「うん。このジャガイモ。中までしっかり芯が通ってるわね。数百年前は生焼けだったのに。腕を上げたのねイグちゃん」

「アイビス?」


 ただそんな二人の様子など素知らぬ様子でアイビスは食事を進め、間延びした呑気な声を聞き二人はそちらに視線を向ける。


「この味噌汁もいいわね。あの時食べた出汁の入ってない味付けの味噌汁の千倍いい」

「姉貴は一体何が言いたいんだよ!」


 そんな彼女ののほほんとした空気を纏ったまま口にする言葉を聞いていると、デュークは苛立ちを覚えてしまい抱いたその感想を口にした。


「人間千年あったら色々変わるものなんだな、なんて考えちゃってね。感慨深かったのよ」

「「…………」」

「同時に面白さもあった」

「面白さ…………」


 最初こそ感慨深い様子で口にした内容は二人の胸に柔らかく温かい感情を植え付けるのだが、後から語った厳かさを覚える言い方を前に二人は圧倒され、口から出る言葉が固くなる。


「長い、長い時を生きてきたわ。本当に色々な形でね。それで過去を振り返る度に思うんだけど、どうやら私は、知的生命体、いえ『人の変化』が好きみたいなの」

「人の変化?」


 目の前にいる神教最強の空気に場の空気が一新されるが、当の本人である彼女は食卓の真ん中付近にあるほうれん草をバターで炒めベーコンと一緒に混ぜたものを口の中に放り込み楽しそうに笑う。


「ええそうよ。その最たるものがイグちゃん、貴方が作りあげた今の世界なの。私はこれを心の底から愛していて、これからもずっと続いて欲しいと願ってる」

「…………貴方にそこまで言われのは、本当に光栄ですね」

「ありがと。だからね」


 そんな彼女の様子に神の座イグドラシル・フォーカスは恭しい言葉遣いで返事を行い、するとアイビスは纏っていた厳かで神秘的な空気を解き、いつも通りの気楽でどこか抜けている様子の彼女に戻り、


「これが最後だ、みたいな気持ちを吐かないで。食事を摂らないで。可能性があまりにも低いからって、悲観的にならないで。

 私達は明日、貴方を必ず守る。そして、またこういう風に素敵な料理を味わうの」


 強い意志を宿し、彼女が最も愛する人物をしっかりと捉えそう言いきった。


「…………そうですね。必ず」


 すると神の座イグドラシル・フォーカスはそう告げ、そのまま彼らは雑多な事を話しながら食事を終えた。




「…………もしもし。ええ。はい。大丈夫ですよ。私は元気です…………心配ありません。貴方が不安に思う事など何一つ起きていません」


 その日の深夜自身の書斎にて、神の座イグドラシルは一通の手紙を綴る。

 すると彼女の持っている端末にいつも彼女自身が口ずさんでいるメロディーが流れ、宛名を見て一瞬顔をしかめるものの、その電話に出て彼女は念押しするようにそう伝える。


 それに対し電話の向こう側の人物は渋るような様子を見せるのだが、彼女はそれを封殺し、電話を切るとため息を吐き、途中かけだった手紙を書き終える。


 それで終わりだ。


 彼女は様々な思いを抱えながらも眠りに付き、



 時は3月22日。決戦の日へと進んでいく。 



ここまでご閲覧していただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


決戦へと至る最後の一日もこれにて終了。

語りたいことはある程度は語れたのではないかと思います。


次回からは全面戦争編。再び起こる革命戦争です。

その始まり。お見逃しなく!


それではまた次回、ぜひご覧ください!


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