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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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古賀蒼野、咆哮 二頁目


「お、おぉぉぉぉ……………」

「っ!」

「おぉぉぉぉぉぉ!!」


 これまで防戦一方だった少年の変化にパペットマスターが目を見開き、怒気を孕んだ瞳でパペットマスターを見つめる蒼野。


「パペット…………マスタァァァァァァァァ!!!!」


 雄叫びをあげ、彼は走る。

 その様子を鬱陶しげな様子で見るパペットマスターだが、そのときある変化に気が付く。


 あれだけ流していた涙が止まっているのだ。


「なにぃ?」


 パペットマスターは気が付くべきであったのだ。

 目の前で剣を握る少年が見せた涙が、これまで幾度となく見てきた涙と全く別の物であったと。

 幾千の神教の信徒たちを葬ってきたパペットマスターだが、最後の瞬間に見せる涙はいつだって無様であり彼の嗜虐心を満たしていた。

 無様に震え命乞いをする姿に、神に祈りを捧げる姿。

 悔しそうに唇を噛むが、少し先に訪れる結末に恐怖を覚える様など、人それぞれであった。


 だが、目の前の少年にはそれがない。


 先程まで止まる事などないと考えていた涙は完全に止まっており、どこか寂しそうな表情を見せたかと思えば何事かを覚悟したような面構えに変化している。

 そう、今パペットマスターは蒼野が流した涙の意味を理解できないでいた。

 ゆえに驕り、最後の詰めを誤った。


「チッ!」


 しかしパペットマスターはこの程度のアクシデントで崩れるほど愚かではない。

 すぐさま糸を操り、吹き飛んでいる途中のリリの体勢をすぐに整えもう一度向かわせる。


「蒼野くぅぅぅぅぅぅん!」


 彼女の手にするナイフと蒼野の持つ剣が交差し、辺りに鈍重な音が響き、両者の持つナイフと剣が、両者の後方へと吹き飛んで行く。


「すいませんリリさん!」

「面倒DEATHねぇ!」


 パペットマスターが糸を繰りリリが予備のナイフを懐から取り出すより早く、蒼野が腰を沈めながら前に踏み出し、右手を突き出す。


「風塵・烈風掌!」


 突き出した掌が体勢を直しきれていないリリの鳩尾を捉え、周囲一帯を吹き飛ばすような風の暴力が彼女の体を吹き飛ばす。


「本当に…………すいません」


 林を突き抜ける勢いで飛んで行くリリの姿に蒼野はそう告げることしかできない。

 蒼野が謝ったのは攻撃をしたからではない。もっと別の取り返しの付かない理由からだ。


「…………」


 パペットマスターは確かに蒼野の能力の正体について掴んでいたが、それでもその全てを知ったわけではない。

 彼は生きている人間と死んでいる人間では戻せる時間が違うことを知らなかったのだ。


 先程、蒼野の時間回帰はリリに当たった。

 そこで気がついてしまったのだ。

 リリの時間が生きている人間ではありえない程戻っている。


 一分、二分、三分…………一時間、二時間……。


 そのまま五時間と少しの時間が戻り、目に見える傷が全てなくなったのを見て、蒼野は理解した。



 二人が救おうと躍起になっていた女性はもう手の届かない位置に行ってしまったのだ。



 ――――あなたが彼女を殺したのです――――


 パペットマスターが声高らかに宣言した言葉に押しつぶされそうになり涙が溢れる。

 それでも蒼野は大地を踏みしめ前へと進み続ける。

 目の前にいる存在をここで倒す、ただその一心で歯を食いしばり、拳を握る。


「オオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!」


 雄叫びをあげ走る理由は、直接手を下したパペットマスターに対する怒りに身を任せたわけでも、自分たちが死にたくないからという恐怖からでもない。

 死んだリリに対する贖罪を兼ねた命がけの行動というわけでもない。


 ここでこの男を逃がせば、もっと多くの人が死ぬ。そう感じたからだ。


 手の届く範囲の人々の命を守りたい。


 その思いを胸に秘める蒼野からすればそれは絶対に阻止しなければならない事であった。

 そうして少年は拳の届く距離にまで進み、不退転の意思で拳を突き出すが、


「コノ私ヲ……」


 その時、蒼野が突き出した右腕に、目に見えない速さの何かが通る。


「甘く見過ギDEATH!」


 ワンテンポ遅れ、拳から肩にかけまっすぐな線が通り、やがて赤い飛沫をあげながら中指から外側が明後日の方角まで吹き飛び、耳障りな音を発し地面に沈み、蒼野の足元に血だまりを形成。


「ザンネンでしたネェ!」


 大量の血を一気に失った影響で蒼野が膝から崩れ落ちる。

 それを嬉々とした視線で見降ろすパペットマスターがそう言いながら腕をあげたところで、


「せいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 全て託したとでもいうような叫びが辺りに木霊する。


「ありがとよ蒼野」

「!」


 その瞬間、真後ろから聞こえてきた声にパペットマスターが急いで振り返る。

 その目に映したのは、木の障害を黒い球体で全て呑みこみ、こちらを見据える小さな少年の姿。


「頼む……終わらせてくれ」


 その姿を目にした蒼野は荒い息を吐きながらそう答え、


「安心しろって。こいつは――――ここで俺が仕留める」


 懇願する蒼野に対し、聖野はそう言葉を返し、


銃弾スナイプ!」


 そうして少年は、真っ赤な空の下、再び必殺の名を唱えた。




「あれハ」


 虚空に浮かぶは先程同様黒い球体。違いはそれが一発ではなく、三発に分かれているということだ。


「蒼野、リリさんは」


 その事実を前にして脳内で様々な事を考えるパペットマスターを捉えながら、蒼野に事実の確認を行う聖野。

 その言葉に蒼野がかぶりを振る。


「そうか…………悔しいな」


 返事は短く、ただそれだけだ。

 しかし万感の思いを込めそう呟くと意識を切り替え、パペットマスターへと強い憎しみを宿らせた双眸を向ける。


「じゃあ、そこで見てろ蒼野。仇は俺が取ってやる」




 善と名乗る男の抗体を持っていない毒ガスの種類を見つけられたのは彼にとって本当に僥倖だった。


 ガタルガザン


 触れたものを焼いたような痛みが襲い、水膨れに似た症状を起こした後に激痛と共に皮膚がめくれ上がるという希少だが危険な花。それを使ったガスが善に効いた。


「樹龍!」

「めんどくせぇな!」


 それからしばらくの間、縦横無尽に動き回りながらもそれを軸に戦いを続けることで、優勢とまではいかずともほぼ互角の戦いを演じるパペットマスター。

 自分に向け拳を向けられた時にはそのガスを巻き引かせ、人形が破壊された際にはそのガスが出るような仕掛けもした。

 そんな対策をして実感するのは目の前の男の異様な身体能力だ。

 ガスが発生してからバックステップをするだけで百メートル近くを埋めるガスの射程圏内から逃れる反射神経。

 どのような地形においても一切姿勢を崩さず動き回るバランス感覚。

 加えてどれほどの強度を誇る人形でさえ破壊してしまうパワーを備え、迫る脅威や敵を分析し、冷静に対処する胆力や知識も備えている。


 パペットマスターが使う四体の切り札のうちの一体。

 巨大なビルに巻きつくほどの巨体に数多の毒ガスを仕込んだ龍型の人形『樹龍』でさえ、目の前の男を仕留めきることができない。


 この男は一体何者だ?


 どこかで見た事がある容姿ではあるのだが確信を得られないその正体について考察していると、目の前の脅威はあっという間に距離を詰める。

 こちらの戦術が見切られ始めたと感じたパペットマスターはこれまで同様ガスを噴射。

 距離を取るべく後退しようとしたところで、


「オラァ!」

「!?」


 善はガスの中を駆け抜け、目で捉えきれない速度で殴ってくる。


「な、ぜぇ!?」


 目視できない早さの拳が彼の顎を捉え、その体を強制的に浮かび上がらせる。ガスの中を突き進んできた善に目を向けると、あることに気が付いた。

 ガスの影響で出るはずの症状が一切出ていない。


「オラァ!!」


 僅かばかり浮いた体を、間髪入れず撃ちこまれた第二撃がはるか上空にまで吹き飛ばし天井に衝突。体勢を整える暇もなく続けざまに善の拳が全身を襲う。


「ガガガガ!」


 ガスの効果が何故出ないのかという疑問を考えるよりも早く、無数の拳が全身を撃ち抜き、背後の壁に衝撃を与える。

 重要施設であるこの工場地帯を守るドームの硬度は並大抵の物ではないのだが、そんな事情など一切関係ないという様子で放たれる拳の威力に、天井は悲鳴をあげ崩壊。

 天井の破壊は衝撃によって崩壊した箇所からじわじわと広がりを見せ、善が破壊した位置から赤く染まっていない夜空に、月の光が差し込んでくる。


「チンタラしてる暇はねぇぞクソ野郎!」


 そのまま月へと向け飛んで行くのではないのかという勢いで空を昇っていくパペットマスターが見上げた先には、彼を吹き飛ばした張本人の姿が。


「きさ!」


 その言葉を最後まで紡ぐ事などできはしない。

 一思いに振り下ろされた踵落としが、人形の腹部を捉え地上へと還していく。

 まるで砲弾の如き勢いで地上へと向け堕ちていく小さな影。それは空気を裂くような勢いで大地へと衝突すると同時に辺り一帯に地響きを引き起こし、次いで周りに砂埃を舞い上がらせる。


「毒ガスは…………なぜ効かなくなったのですか?」


 内部の仕掛けは全て使い物にならず、踵落としによる地上衝突の影響で上半身と下半身が分離した人形は、最後にその知的欲求を埋めようと尋ねる。


「ばーか、言うわけねぇだろうが」


 しかし善はその問いに答えることなく花火を咥え火をつけると、人形の頭部を踏み抜き完全に破壊。


「さて、あいつらうまくやってるかね」


 そう言って彼が見据えるのは、弟子と部下が逃げていった、門に向かう道であった。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


本日は遅くなってしまい申し訳ありません。

ラストスパートといった話が続き、ついに善さんは人形を撃破。

待て次回、でございます。


それではまた明日、お会いしましょう!

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