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革命戦争前話 古賀蒼野 尾羽優


「ん。朝か」


 携帯端末が決められた時刻であることを示すために高い音を発し、古賀蒼野は目を覚ます。

 ただ毎朝の鍛錬を決まった時間にやる事を怠らない彼は、珍しくすぐに布団から出る事はなかった。


「エアコン、まだ効ききってない。いやエルレインが寒いのかな…………」


 三月になり冬のど真ん中は過ぎたものの未だ余寒は残っており、寒いのを嫌った彼は目を開けたものの布団に包まったまま、部屋に設置してあるエアコンの温度を上げた。


「よし。出るか!」


 それから僅か一分ほどで部屋が急速に温まったのを頬で感じ取ると、分厚い布団から飛び出て身支度を整える。


「寒いと思ったら雪が積もってるのか。エルレインはこの季節でも雪が降るんだな」


 顔を洗い、寝間着から普段着に着替え、窓に掛かっていたカーテンを開き外の様子を見る。

 そうして数日ぶりに戻ってきたキャラバンの中から外を覗けば、既に止んでいたものの地面を真っ白にする程度の雪が積もっており、暖かな私室にいるにも関わらず彼は僅かに身を震わせた。


「っと。もうこんな時間か。早く行かなくちゃな」


 ただ携帯端末に映っていた時間を目にすると彼は足早に部屋を出ていき、鍛錬を行うために訓練室に移動。そこで三十分ほど体を動かした後、リビングへと移動した。


「おはよー」

「おはよー。ているのは優だけか」

「康太はアビスちゃんのところ。ゼオスは積に連れられてお出かけよ。なに。何か文句ある?」

「まさか。先輩に対し恭しく頭を下げますよ俺は」

「ふふふ。よろしい!」


 リビングでサラダにコンソメスープ。それに食パンやヨーグルトを並べ食事を摂っていたのは尾羽優で、彼女は普段ならば決してしない大げさな笑い方をすると、真正面に座る蒼野を迎え入れた。


「ねぇ蒼野。ちょっと聞きたいんだけどさ、アンタ今日の予定はもう決めたの?」

「いやまだなんも。大戦に向けて残り三日はゆっくり休んで体を整えろなんて言われてるけど、まあ特訓でもしようかなって思ってるよ」


 彼らにとって、いや誰にとっても過去最大の戦いを前に、善は子供たちに休業するように指示を出した。

 それは彼らにとって久方ぶりの三連休だったのだが、その胸中は穏やかではない。

 この休みが何を示すのかを、誰もが理解していたからだ。


「アンタらしいわね」


 ただそんな中でも蒼野は普段と同じような行動を行い、それを聞いた優は頬杖を突いたまま何とも言えない笑みを浮かべた。


「ん?」

「けどせっかくなんだし、ちょっと買い物に付き合ってくれない? 何だったらお昼くらい奢るわよ」


 それを見た蒼野が眉を吊り上げるのだが、彼が口を開くよりも早く少女は勢いよく立ち上がり、両腕を広げながらそう提案。


「荷物持ちのバイト代をくれるってことか」

「察しがいいじゃない!」

「もう慣れっこだ」


 過去に何度か行われたことのある提案を聞き蒼野が笑い、優も続いて意地の悪い笑みを浮かべた。

 それから蒼野が食事を足早に平らげると二人は転送装置を利用。


「ここは?」

「あら。忘れちゃった? 一度来た事があるはずだけど?」

「………………もしかして」

「そう。ここはムスリム。雪積もる極寒の地よ」


 そうして彼らが辿り着いたのはかつて一度だけ訪れた極寒の地。

 念から年中雪は降り、それをかき分けるように進む蒸気機関車が町中を走る都市ムスリムだ。


「さ。行きましょ。今日はここの催事場でチョコレートフェアがやっててね、世界中にあるありとあらゆる名店の味がここで全て買えるんだから、利用しない手はないわ!」

「お、おい走るなって!」


 ただこの場所にはそんな事など気にしないほど大きな意味がある。

 それを十二分に理解している蒼野はその事について尋ねようとするのだが、優は聞く耳持たぬ様子で駆け出し、蒼野も靴が埋まるほど積もった積雪の中を歩き続けた。


「おばちゃんこれ頂戴!」

「はいよお嬢ちゃん! お隣の子は彼氏かい。微笑ましいねぇ~」

「残念ながら彼は荷物も……ただのナイト様。そういう関係じゃないのよ」

「まて優。分かってたけど他人に対して堂々と荷物持ちって言うなよ」

「途中で止めたじゃない」

「そりゃそうだが!」


 そうして暖房がガンガンに聞いた細長い建物の屋内に入ると、二人は迷うことなく外の景色が飛びこむガラス張りのエレベーターに乗り込み、催事場がある10階にまで移動。

 大半が女性客で埋まっている此度の戦場にまで辿り着くと、少女を先頭にして勢いよく飛びこみ、お目当ての商品を買い始めた。


「さ、次はあっちに行くわよ!」

「いいけどさ。これ本当に凄い人だな!」

「世界中のチョコレートの名店が集まるんだからこれくらい当然当然!」


 歩くのさえ大変な人の波に飛びこんでいき、笑いながら商品に手を伸ばす優。


「あいた! 体に何か針が刺さった!」

「そういう体質の人がいるんだろ。どうする。退くか?」

「冗談でしょ。今日は欲しいの全部勝って帰るっての~~」


 老若男女どころではなく、亜人さえ混じっている中に体を埋めていく優。

 結果として彼女は手に入れたかった商品を掴む事に成功したのだが、蒼野の側に戻った彼女は体の至る所から血を出しており、蒼野がその事について早口で告げたところで自身も気がつき、水属性の粒子術で怪我を直した。


「お疲れ蒼野! 手伝ってくれてありがとね!」


 それが彼女が欲しかった最後の商品だったのだろう。

 彼女は踵を返し歩き始め、蒼野に昼食はどこがいいか質問。

 彼が分厚い玉子焼きが入ったサンドイッチを食べたいとリクエストをすると、上階にあるレストランの中にちょうどお望みの品を提供しているカフェを見つけ中に入った。 


「ん~大量大量。今日からのおやつタイムが楽しみだわ~」


 そこで一早く朝食を摂り終えた優が蒼野から手渡された紙袋の中身を確認し、自身が得た戦利品を目を輝かせながら眺める。


「しっかし凄かったな。神教やギルド。それに貴族衆の人たちがいるのは当たり前だけど、賢教の人たちも結構いたぞ」

「ま、昨日の奴が相当堪えたんでしょうね。そこに追い打ちもあったわけだし」


 そんな二人が黒を基調とした壁や天井。それに床。温かみのある木の机を挟み向かい合いながら話すのは、昨日の和睦会議の後の出来事だ。

 というのもその時点ではまだ反感を抱いていた賢教の面々は存在していたのだが、ここでゴロレム・ヒュースベルトが四大勢力の情報を流していたことを公開。

 所属している派閥こそ違うものの身内から世界中に喧嘩を売る組織の内通者が出たということでなおも反抗を示していた者達は他の派閥や残る三勢力により無理矢理黙らされ。これにより少なくとも戦争が終わるまでの数日間は完全な和平を結ぶことが可能となった。

 だから今日二人が訪れた催事場にも見覚えのあるローブに身を包んだ者達がいくらかおり、千年の時を超え、彼らは僅かな期間ではあるが共存することが可能になったと示したのだ。


「なぁ優。そろそろ行かないか?」


 そんな話をしているとサンドイッチを食べ終えコーヒーを一口飲んだ蒼野は優に対しそう告げ、


「ん~?」

「だってここに来たのってヒュンレイさんに挨拶するためだろ?」


 この場所に来た最大の目的であろう事柄について尋ねてみた。






ここまでご閲覧していただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


蒼野&優サイド

久方ぶりの日常話です。

まあシェンジェンの正体が判明した以上、ここで彼の存在を出さないわけにはいかないでしょう。

というわけでヒュンレイの墓参り編がちょっとだけ続きます。

次回は別サイドからのお話


それではまた次回、ぜひご覧ください!


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