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最大最善を求める者 二頁目


 うっすらと汚れが目に入る真っ白な壁に、簡素な蛍光灯が照らす十数人が滞在できる年季を感じさせる部屋。

 パイプ椅子や長机という基本的なものは揃っているものの、各勢力の要人が集まるにはふさわしくない様相を示したこの中に入ってきた二人の姿に、多くの者は目を疑う。


「…………」


 そんな中で戦闘だけでなく内政まで取りしきる神教参謀長ノア・ロマネは、その鋭い瞳を閉じながらここに至るまでの展開を思い返し、提示された現状と見比べる。


「…………」


 神教に所属する彼はつい先ほど、自身の目の前で戦力の要であるアイビス・フォーカスを殺されかけた。

 その下手人は日ごろから敵対している賢教において、正体不明の最強戦力とみなされていた聖騎士の座である。


「…………」


 ここまでの情報に間違いはないと言いきれる。神器を備えている自分が、この目で見たのだ。

 恐らく他の者に聞いても、同じ情報が返ってくるという確信も持てた。

 となれば今自分が見ているのは幻覚であり、瞳を閉じ深呼吸を行い、精神統一をした上でゆっくりと瞼を上げれば、きっと本来の光景が目に映る。


「さっきから言っているんだけどね、私の髪の毛を操縦桿のように扱わないでくれ。引っ張られるたびに地味に痛い!」

「えーいいじゃない。てかこうやって広げてるのって、そうやって掴むためじゃないの?」

「違う! 相手を威圧するためだ!!」

「ああ。善と同じ。てかあいつちゃんと見てるのかしら。そうじゃないと今回の」


 そう思い彼は瞳を閉じるのだが、開くまでもなくフランクかつフレンドリーな会話が彼の耳に飛び込み、


「ちょっと待て!」

「あら。どうしたのノア。目なんか閉じちゃって」

「教えてくれアイビス。私は、私は本当に目を開けていいのだろうか?」

「いや何言ってるのあんた?」


 別に戦場でもないというのに彼の口からは弱弱しく縋りつくような声が漏れ、アイビス・フォーカスは気色悪く思っている様子の声を発した。


「…………ぐぅ!?」


 それを聞けばもはや答えは得ているようなものだ。

 しかしこのまま目を瞑ったままでは何も話が進まない。

 そう思い目を開けるとそこには髪の毛を引っ張るアイビス・フォーカスとそれを嫌がるシャロウズ・フォンデュの姿があり、それを見終えたところで彼は一度だけ大きく息を吐くと胸を押さえ片膝をついた。


「ちょ、あんた大丈夫。心臓発作とか起こさないでね?」

「い、いつからだ!」

「んん?」

「いつから組んでいたんだ」

「…………最初からよ」


 その様子があまりに痛々しく、シャロウズ・フォンデュの肩に乗ったままの彼女は労わるような声色で彼に話しかけるのだが、彼が過呼吸を起こしながらも尋ねた内容を聞き、神妙な表情で真実を告げた。


「もうちょっと詳しく言うとね、実はちょっと前から彼とは親交があったの。で、今回の和睦会議を行う上で、一緒に頑張ろうっていう話をしていたの」

「一緒に頑張ろう?」


 賢教の代表と親睦があったという事実を聞き、それならば教えて欲しかったと思ってしまうノア。

 ただ彼の意識はその後に続いた言葉に向けられ、二大宗教における最強格二人が同時に頷いた。


「今回の和睦会議の目的が来たるべき大戦の準備なのは無論承知していた。しかしだね、誰もが長く続く平穏は得られないと諦めていた。それが私達二人は嫌だった」

「つまりあなた方は」

「そ。言ってしまえば事前にまとめた目的より大きな結果を手に入れたかった。だから芝居をしたの」


続いて彼らが口にした内容を聞けば、聞いていた者の大半が理解を示し、


「某達がまとめた目的?」

「ええ。私とシャロウズさんはね、せっかく和睦会議をやるならもっと大きな目標を目指そうってことで、まあ言ってしまえば長く続く平和を手に入れようと思って裏で手を組んだの」


 話の途中のこのタイミングで部屋に入ってきたブドーに対し、アイビスがかみ砕いて説明した。


「長く続く平和、か」

「そうよノア。だって貴方に限らず多くの人が、それは無理だって諦めてたでしょ?」


 するとノアがその言葉を反芻するのだが、悪戯好きの子供がするような笑顔で言いきる神教最強の彼女に対し、彼らは何も言い返せなかった。

 シロバやクロバ、エルドラや壊鬼だけでない。神の座イグドラシル・フォーカスや教皇の座アヴァ・ゴーントでさえ、此度の会合ではほんの一時的な協力関係を結ぶことしかできないだろうと諦めていたのだ。


「それで私とアイビス殿は極少数にだけやろうと思っている事を告げたのだ。流石に味方の一人もおらずにあの展開を進めるのは不安だったのでね」

「それが俺とこの場にはいないっすけど黒いフードを被ったデュークさん」

「あの場で一番威圧感とインパクトがあり、貴族衆だけでなくギルドにも顔が効くノスウェル家の大将。ヴァンさんってわけ」


 そんな中で彼らは裏で暗躍したわけだが、その人選を聞くと少々納得がいかないという様子でノアが眉をつり上げた。


「ギルドと貴族衆を兼ねた代表でヴァン殿、賢教の代表で那須殿という事はわかった。しかしそれならば神教の代表ということで私には話してくれて良かったのではないかね?」

「ああ。それについては私も彼女に聞いてみたんだけどね」

「いやいや冗談でしょ! あんたは何も知らない方がいいリアクションするって!

なんて理由でお断りしました」


 それから素直にその事について尋ねてみるとシャロウズが頭上にいるアイビスの体を揺らし、心底楽しそうな声で彼女はそうしなかった理由を告げた。

 そして至極残念な事に、その理由に反論できる者はいなかった。

 誰もがノア・ロマネという存在があの場の空気を形成するのに一役買っていたと認めていたのだ。


「質問はこれで終わりでいいかしら。じゃ、そろそろ本題に移りましょ。まだやらなくちゃならない事は山ほどあるんだから!」


 それで話は一段落したと言いきるようにアイビスは彼の肩から飛び降り、その場にいる面々全員を一瞥しながら手を叩きそう言いきる。


「アイビス」

「ん?」

「ふん!」

「痛いっ!?」


 そんな彼女の真正面に立ったノアが彼女の名を呼ぶと、彼女は無警戒にそちらに体を向けるのだが、すると気合いの籠った声を発しながら彼女の頭を平手で叩き、その感想を彼女は素直に吐いた。


「業腹だが理解はしたよ。しかし! あれは間違いなくやりすぎだ。会場全体が引いていたぞ」

「千年間いがみ合っていたあたしらが本気で歩み寄ろうってのよ。荒療治の一つや二つは必要でしょ!

 それに、これを見てるあいつにも活を入れたかったしね」

「あいつ?」

「そ、この土壇場でいきなり萎びた花みたいになっちゃったあたしの元部下。まあなんだかんだ言いながら正義の味方の気質がある奴だから、この展開を見れば復活すると思ってね」

「…………」

「今はデュークに確認作業をさせてる最中よ」


 それが誰の事を指しているのか、この場にいる全員が理解していた。


「さ、始めましょう! まずは当日の陣形。それに参加する面々についてね! 時間に猶予はないんだし、今日一日で全部決めるくらいの意気込みで行きましょ!」

「うぐっ!?」


 そう話しながらアイビスはお返しとばかりにノアの腹部を裏拳で叩き、


「ノアさん。騙していてすいませんっす」

「いやいい。目的があったことがわかればいいんだ。それよりこれは?」

「賢教でも一番人気の高級チョコレート専門店が作った板チョコだ。日ごろから苦労していると聞いているのでね、糖分接種に使ってもらえたらと思うのだが」

「心遣い感謝する!」


 お返しを終えたという様子で会議の中心に立とうと動き出すアイビスの背後で、体を小刻みに震えさせるノアに対し那須とシャロウズがそう告げながら包みを渡し、それを受け取った彼はただただ感謝の言葉を口にした。






ここまでご閲覧していただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


ネタ晴らし回その2。アイビス・フォーカスやシャロウズ・フォンデュが抱いた理想の提示。

言ってしまえば彼らは大多数の面々以上に欲張りだったわけですね。


まあただ、毎度のことながらノア殿は胃痛なわけですが。

彼はそろそろ一度は反撃して言いなーなどと思ったので叩かせました。


次回は善サイド。事前準備はそれで終了です。

それから少々日常を描き、過去最大の戦いへと移ります。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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