古賀蒼野、咆哮 一頁目
「マサに……」
黒いスーツに包まれたスリーサイズがはっきりとした豊満な体をしたその女性は、服の所々が破けており、健康的な肌からは生々しい筋繊維が露出している。
「まさニ感動のサイカイという所でショウか!」
その姿に二人が胸を締め付けられる中、声高らかに嗤うパペットマスターの声に続き彼女の頭が無理矢理上げられ、生気を失ったリリの顔が顕わになり、その表情を双眸で捉えた瞬間、二人は全く同じ苦悶の表情を浮かべた。
「っ!」
が、聖野の回復は早かった。
すぐさま黒い球体を出し、一切溜めを行っていない状態ではあるが人形とパペットマスターに狙いを定め、
「おやオヤ。彼女ヲ傷付けテいいのDEATHか?」
「あぁ?」
「彼女……マダ生きてイマスよ?」
「…………は?」
撃ちだす寸前に言われた言葉に聖野の動きが止まる。
「クカカ!」
その隙に薙ぎ払うように振られた糸が二人の肉を鋭利な刃物で傷つけたかのように斬り裂きながら吹き飛ばし、木々を貫き静止する。
「この!」
反撃に出ようと剣を握る蒼野。
が、ナイフを片手にこちらへと向け半ば投げつけられるかのような姿勢で飛んでくるリリを見て判断が鈍り、思わず剣を下げてしまったところで、
「隙ダラケ、隙だらけDEATHネェェェェェェェェ!!」
嬉々とした声をあげながら毒が付いたナイフを前に出し、遅れて立ち上がった聖野がナイフを蹴り上げ、蒼野を引っ張り距離を取る。
「落ち着け蒼野。生きててほしいって思いがあるのはわかるが落ち着け。あれは間違いなくパペットマスターの演技だ。冷静に考えてみろよ、あいつからしたら本体を生かしておく意味がねぇんだ」
そう、考えてみれば当たり前の話なのだ。
本体を残しておいてどんな意味があるというのだろうか?
逃げられた場合のリスクや脱走して逆に殺されるようなリスク。それに加えて操形針で操る場合、死体でなければうまく操れないというリスクもある。生かしておいてメリットがあるわけがないのだ。
「生かしておく理由は、ねぇんだ!」
そうだ、聖野はそこまでわかってているのだ。
にもかかわらず手出しできない。
黒い球体で反撃に出ず蒼野を抱え距離をとったのも、胸中ではパペットマスターの言う通り、まだ生きている可能性があるのではという希望的観測を抱えていたからだ。
そうして戸惑いを隠せずにいる二人に、言葉の刃は容赦なく襲い掛かる。
「ふむ。ワタシのメリットDEATHか。簡単な話DEATH」
「どういう事だ!」
もはや蒼野以上に焦りを隠せない様子で叫ぶ聖野。彼に対しパペットマスターは淡々と語る。
「キミ達は他人のフリをする際何が一番重要だと思いマスか? 私はリアリティーこそが最も重要だト思うのDEATH」
「リアリティー?」
そうしてパペットマスターが語りだした内容に二人は眉をひそめる。
「そうDEATH。その人物が普段何を行い、ある行為に対してはどう返すか。それができている事が重要なのDEATH。だから私ハ、必ズ相手を観察しマス」
操形針によって死者を使えばある程度は真似できるが、真に迫る場合、それでは事足りない。
だからこそ重要なのは対象の観察だという。
「観察?」
「えエ。相手を観察し、その過程でクセや表情をオボえそれを真似てイクのDEATHが、今回は時間が足らなかった」
だから捉えたが生きたままだと、パペットマスターは彼らに伝える。
「足りヌものを補うタメ、生かしたママ捕え、刺激ヲ与える事で足りナイものを補っていきまシタ」
続けて語る内容は怖気がはしるものであった。
拉致監禁では決して手に入れることができない喜びや楽しみの感情。
それらは捕える前に完全に真似できるようにしておき、それ以外の怒りや憎しみ、苦痛に歪む表情を得るためにどのようなことをしてきたのか。
仲間の首を見せて怒りと憎しみの表情を得た。
あらゆる責め苦を与え痛みに歪む表情を得た。
目の前で仲間を殺し、絶望の表情を得た。
そうしてあらゆる負の感情を与え壊れたものが目の前のリリだと、パペットマスターは耳障りな笑い声をあげながら語る。
「……蒼野……君?」
「オヤ?」
その時、ぐったりとした様子のリリが頭をあげ、虚ろな目が蒼野を映す。
「り、リリさ」
彼女の声を聞き、居ても立っても居られず近づこうとする蒼野。
「あなたさえいなければ……こんな目には」
「っ!」
そうして掠れた声で発せられた言葉を聞き、蒼野の心臓は貫かれ、足は地面に張りついた。
「あなたが…………あなたがあんなことを言いさえしなければ!!」
リリが血を流し続ける両足を引き吊りながら近づいてくる。
「う、うぅぅぅぅ!」
前後左右と逃げ場はどこにでもある。しかし蒼野はその場をから一切動くことができず、振り上げられたナイフを剣で弾く。
「何で! 何で! 何で何で何で何で! 何で私がこんな目に合わなきゃいけないの!?」
リリの目は先程までの虚ろな様子ではない。深い憎悪の感情を秘めた物へと変化している。
「クソっ、蒼野!」
一撃一撃の早さは先程までと比べはるかに遅い。しかし吐き続けられる無数の言葉が、刃となって蒼野の心に傷を付け、動く気力をみるみるうちに奪っていく。
「信念トハ、時に道を塞ぐ障害となる。厄介なモノDEATHネェ…………」
衝突が始まって数秒後。待ち構えていたのは一方的な展開。
それほどまでに言葉の嵐が蒼野を動揺させた。
全力を出していなかったとはいえ、何とかパペットマスターに抵抗していた蒼野が、彼女を差し向けるだけで銅像にでもなったかのように体が固まり、攻撃を受け、宙を舞い、大地に沈んでいった。
「く、そぉ」
「クカカカカ。面白イ! まったくモッテ面白い! ココまで無様であると笑エますねぇ!」
攻撃をすればパペットマスターは彼女の体を使いそれを防ぎ、当たり所が悪ければ殺してしまう。
それを蒼野はとにかく恐れ、剣を向けることさえできなかった。
「にゃ、ろう!」
聖野はと言えば蒼野程の影響は受けていなかった。
蒼野とは比べ物にならない程戦場を渡り歩き、様々な経験を積んだ聖野ならば大きなダメージはあれど動けなくなることほどではないのだ。
「あああああああああ! 痛い痛い痛い痛い!」
「っ!」
だがそんな聖野でも耳に響く彼女の絶叫を聞けば話は別だ。
パペットマスターが彼女の関節をありえない方角へと向け、体の至る所から銃身を出現させ悲鳴と共に銃弾を撃ちだすその姿を目にすれば、まだ幼い聖野に、攻撃を躊躇させるには十分であった。
結果として二人はリリを従えたパペットマスターに攻撃することができず、大地の味を口いっぱいに頬張ることになった。
「ち、くしょう!」
爪先から血を滲ませ、口から血を吐きだしながらも、蒼野が懸命に立ち上がり剣を構える。
「痛いぃぃぃぃぃぃ!」
「!」
「ここまでしておいて、私をまだ苦しめるの蒼野君!?」
しかしその構えられた剣は、彼女の声を聞き自然と下がっていった。
「ボールで遊ンデいるヨウで楽しいDEATHねぇ!」
そうして戦意を失っていく蒼野の体を、パペットマスターが地面から出した木の幹が吹き飛ばす。
「蒼野!」
「どうして! ねぇどうして!」
「っ!」
弧を描くような軌道で空を舞い、背中から大地に叩きつけられた蒼野を助けようと聖野が駆ける。
が、その道を防ぐように目から血の涙を流すリリが立ちふさがり、絶叫を耳にした聖野の足が地面の縫いつけられるかのような勢いで止まった。
「あたしは蒼野君に勧められて、ただ仲良くなろうと思って部屋に行っただけなのよ!
なのに何でこんな目にあってるの? おかしいじゃない。おかしいじゃな痛いぃぃぃぃぃぃ!!!」
背が開き、刃を携えた無数の腕が現れる。
それらの乱雑な一撃は普段の聖野ならば容易く避けられる物であるのだが、今の彼では捌ききれず、結果として大地を大量の赤で染めた。
「聖野!」
自身に対し能力を発動し、傷を治した蒼野が聖野の元に駆け寄る。
しかしその先の展開を知っているパペットマスターは二人の間に巨大な木を挟み、壁を作り分断。
加えて聖野に対し無数の木々をけしかけ、動きを制限していき、蒼野へとリリを向けた。
「まずは君カラDEATH!」
悲鳴を上げるリリを操り蒼野へと視点を変えるパペットマスター。
「逃げろ蒼野!」
リリに剣を向けることができない蒼野に勝ち目はない。
少し一緒に過ごしただけで蒼野の性格がわかった聖野が胸を痛めながら声をあげるが、同時に古賀蒼野という人間はリリを救うために決して逃げないであろう事も理解していた。
「く、うぅぅぅぅ!」
そしてそんな聖野の考えに従うように蒼野は逃げる様子を一切見せず、正面から立ち向かいながら生傷を増やしていくが、蒼野の動きは次第に変化していく。
もはや人の言葉を発さず、獣のようなうめき声を上げるリリの攻撃を確実に捉え、捌き始めている。
無論攻撃する様子は一切なく、守りの姿勢を崩す様子は全くないが、あらゆる角度からの攻撃に対しほんの数十秒で驚くほど的確に対処していく、
これならば!
そう思い不敵な笑みを浮かべる聖野をパペットマスターは苛立たし気な表情で見る。
パペットマスターの計画ではここまで長期戦になる予定ではなかった。
これを見せれば戦意喪失に追い込み、一気にカタがつくと考えていたのだ。
目論見は聖野の能力を封じ込め動きを制限した時点で半分は成功したと言えるのだが、戦意喪失すると思っていた蒼野の抵抗は予想外であった。
「仕方ガないDEATHね」
先程までと比べ余裕はできた。それというのも長く伸ばした糸の先で戦っている善に対し数百の種類の毒を調べたところで、やっと抗体を持っていないものを見つけたのだ。
それを壁を作るように使えば一時的に足止めでき、こちらに意識を集中させることもできる。
「クカカ!」
得た余裕を潤沢に使い、今までと比べはるかに巧みな動きで糸を動かし、蒼野に向け叩きつけるように動かす。
「あ、ああああぁぁぁぁぁぁ!?」
すると悲鳴と共に引きずられるリリの動きの精度が格段に上昇し、蒼野の処理能力を容易く超えていき、全身の肉を抉っていく。
「時間回帰!」
糸を剣で弾く傍らで、毒が付着したナイフが膝に刺さる。
それをすぐさま抜き自分の時間を僅かに戻すのと同時に、能力を発動しパペットマスターへと向け丸時計を飛ばす。
これまで盾のようにしか扱ってこなかった時間を戻す能力を飛ばしてきた事に戸惑うが、パペットマスターは冷静に対処。
他の人形を端末として、建物に侵入した時の記録からこの能力の正体が時間の巻き戻しであることは既に気が付いており、リリの人形を自分と丸時計の間に挟み着弾の瞬間に糸を斬れば、その被害は自分には届かない事を理解している。
実際にそれを行った結果、その思惑に間違いはなく、脅威はすぐさま消え去った。
その後彼の意識は傷を修復した蒼野へと戻り、僅かに指を動かし大地を斬り裂くほどの勢いの糸の斬撃を発射。
進む五本の糸を正面から受け止めようと身構える蒼野だが、迫る糸の勢いに押され後方へと吹き飛ぶ。
「モウ一手というとこロDEATHかね」
傷は修復できても胸に蓄積する疲労までは回復できず、肩で息をする蒼野を観察し、そう判断する。
「随分ナガい間粘りますガもう辛いデショウ。そろそろ終わらセまセンか?」
一歩一歩砕け散ったコンクリートの地面を歩き、近づきながら目の前の存在を憐れむように、労わるように、そう告げる人形師。
そう告げる彼は内心で勝利を確信しているのだが、その思惑とは外れた現象が目の前で浮かぶ。
木を背もたれにして項垂れるような姿勢で倒れている蒼野の肩が小刻みに揺れているのだ。
「フム?」
僅かに警戒した様子で、繁々と観察するパペットマスター。
ほんの一瞬彼の全身に緊張が奔るが、聞こえてきた声を聞き異変の正体を理解する。
「…………」
「うっ…………うっ……………うぅ!」
肩を不規則に揺らし嗚咽をあげる目の前の少年は……泣いているのだ。
双眼から止まる様子のない涙を流し、それを土と血でぐちゃぐちゃに汚れた両手で拭っている。その様子を見て彼はそれまで浮かべていた表情を解く。
「………………カワイそうに。私ハあなたを憐みマス。まさか、善意で行った行動ノ結果ガこのような結末を迎えるトハ…………」
目の前の少年はもはや相手ではない。
後は動きを封じていたもう一人の少年をどうにかすれば自らの勝利だ。
ほんの数秒後に訪れるであろう未来を思い描きながら糸を操る。
「あなたにわかるかしら蒼野君。目の前で仲間が殺される気持ちが。痛くて痛くて、それから逃げるために死ぬしかないのに死ねない気持ちが!」
呪詛の如き言葉を吐き続けるリリを前に出し、ナイフを持った腕を振り上げ蒼野へと向け動かす。
「すいませんリリさん。本当に……すいませんでした」
「ああああああああああああああああああああああ!!!」
白目を向き瞳からは鮮血を流し、口からとめどなく唾液を流す人の姿をした獣は、力の限りという言葉が見事に当てはまる様子で叫びナイフを突き出す。
「だから――――――――もう休んでください」
振り上げた剣でナイフを掴む右腕を叩き折る。
左腕で折れた部分を抑え叫ぶリリを見ながらも蒼野は躊躇なくリリを薙ぎ払い、数メートル離れた場所にある大木へと吹き飛ばしていき、
「ナニィ?」
その光景ではなく、少年の目を見てパペットマスターは不快そうな声を上げた。
まだ幼い子供にも関わらず、生半可ではない覚悟を決めた瞳を見せる彼は動揺した。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
さて本日は再度蒼野に襲い掛かる試練、今回の戦いにおける最後の障害との戦いです。
長かった今回の物語も恐らく残り三話ほど
彼らの出した答えや戦いの行く末を見守っていただければ幸いです。
それではまた次回
ツイッターはこちらでやっています。
https://twitter.com/urerued
作品について語ることも多々あるので、もしよければぜひ




