ロッセニム和睦会議 一頁目
「そうか。善はまだ部屋に閉じこもったままか」
『ええ。ところでクロバさん。アニキが部屋に籠ってるのはなんでなんですか?』
多くの者にとって凶報である事実から二度の夜が過ぎ三度目の朝が訪れる。
シェンジェンの正体を知った日の夜から今日まで、善は誰に会う事もなく部屋に籠り、安否を確認するためクロバとシロバが子供たちから報告を受けるという対応を取っていた。
「さてな。俺にも見当がつかん。シロバもそう言ってただろう?」
「まあそうなんですけどね。あのクソアニキがここまで凹むなんて、滅多に見れなかったもんで。子供の頃俺に運動関連で負けたとき以来ですよ」
「俺はどちらかと言えばそっちの方が気になるがな」
シロバにクロバ、それにレオンを筆頭としたあの場に居た面々は少々迷ったものの、シェンジェンの正体に関しては詳しく語らないという事で意見を一致させていた。
善にとってそちらの方が都合がいいという話ではなく、子供たちがそれを知った場合、半数以上が衝撃から来たるべき大舞台において使い物にならなくなる可能性が大きかったからだ。
「引き続き状況の確認と報告を頼む。何かあれば定時連絡意外にもしてくれて構わない。善の回復は重要事項だからな」
「決戦の日までに、ですよね」
「ああ。そちらに手を回せなくてすまないな」
積と電話をしているクロバの本音としてはその場に駆け付け心のケアに尽力したいところであったが、机に置いてある資料の内容がそれを遮る。
「なにせこちらも多い草の前に厄介な案件が迫ってるものでな」
置かれている資料の表紙にデカデカと書かれているのは『二大宗教和睦会議』という赤い文字で、クロバはその内容を再確認するためにページをめくる。
その資料にはクロバは元より、神の座や教皇の座などのこの会議における重要人物の配置や会議内で行われる内容などが事細かに書かれ、更に飛び込んでくる可能性のある両勢力の招かれていない危険人物の情報や、出席者たち一人一人の細かいプロフィールまで記されていた。
だがそれらの内容をたったの一日で熟知した彼の目がしっかりと捉えているのはそれらの内容ではない。
『月並みですけどお気を付けてください。二台宗教の主が集まる場所なんて、荒れるに決まってます』
表紙の中央下部に書いてある日程、3月18日と書かれた期日。すなわち今日を示す日にちである。
「ああ」
それから彼は電話を切り自身の居る部屋の明かりを消すと、普段通りの他者を怯えさせるメイクと格好をして部屋を出ていき、部下に見送られながら自身が治める都市から目的地まで移動を開始。
「じゃ、言ってくるよ」
「行ってらっしゃいませシロバ様ルイ様ファルツ様」
同じように多くの者達が動き出す。
あるところでは貴族衆の長達がまとまって行動を始め、
「うっし行くよ二人とも」
「ああ」
「心配だ。ああ心配だ。二大宗教の長が一堂に会し会話を行うなど、血生臭い話題の前触れでしかないだろう。今からでも予定を改め、通話越しにした方がいいのではないか?」
「グチグチ言ったって始まらないよキングスリング。ま、なるようになるさね!」
またあるところでは筆頭ギルド『麒麟』の長達が目的地へと向け同時に転送を始める。
「ゴホッゴホッ!」
「大丈夫ですか教皇様」
「ああ。大丈夫だよエインセル」
そして既に会場入りしていた此度の会議の主役の一人、教皇の座アヴァ・ゴーントは担当医であるエインセル・エリファスから咳止めの薬を貰い、神器部隊に囲まれながら待ち時間を過ごし、
「正念場ですね。善がいれば少々でもスムーズに進められたと思うのですが」
「ない物ねだりはできない、ってな」
「そうですね」
神の座イグドラシルは護衛であり壁に背を預け腕を組んでいるデューク・フォーカスの返事を聞くと、分厚い台本に視線を飛ばし再確認を行っていた。
「本当に計画通りに進めていいのだな?」
「ええ。思いっきりやっちゃって。そうでもしないと、貴方達賢教のかげき…………ごめんなさい。保守派は納得しないでしょう?」
「謝る必要はない。君の意見は最もだからな。そしてその推測も残念ではあるがおそらく正しい」
またあるところでは人目を憚るように身を隠しながら一組の男女が言葉を交え、頭上にある時計を見つめる。
「もうすぐなのね」
「ああ。もうすぐだ」
「信頼してるわ」
「任せておけ」
時刻は午前11時。和睦会議開始まで残り2時間。
唐突に送られてきた手紙により、突如三日後に決まった神教始まって以来最大の大舞台を前に行われる、大きな大きな分岐点。
「押さないで! 押さないで!」
「入場券を持っている方はこちらへ! そうでなく、しかし会場の様子を間近で観戦したいという方はこちらへ! 内部の映像を映す予定となっております!」
その結末を知るために、あらゆる勢力、あらゆる人種、あらゆる立場の人間が集い、逃した者達は様々
な手段でその結末を見届けようと意識を注ぐ。
全ては差別なく戦士が集う戦場。
力だけが支配する世界最大の闘技場『ロッセニム』にて。
「…………」
その放送は全ての情報媒体、全てのチャンネルで同時中継が行われており、ぼんやりとラジオとテレビを付けたまま動かなかくなっていた善の耳と目にもしっかりと届いていた。
ただそれは文字通り届いているだけであり、実際のところ善の脳はそれを情報とは認識せず、ただの光と音の集合体と判断。じっと部屋の隅を見て同じ言葉を呟き続けている善にはなんの意味もなかった。
「ちょ、待ってください! あまり刺激しないようにってクロバさんやシロバさんから!」
「安心しろ。俺は唯一の例外だ」
「…………通すべきだろう。恐らくそれが最善だ」
「で、でも鍵が掛かってるこの部屋ってめちゃくちゃ固いんじゃ…………」
「無用の心配だな」
ただそんな彼の耳に新鮮な刺激が聞こえる。
それに対しても彼は最低限の反応以上はなにも示さずにいたのだが、
「うお!」
「すっげぇ…………」
外界と内部を遮る扉が簡単に斬り裂かれ、真っ黒な部屋に明かりが飛びこんできたとなれば善もそちらに視線を移し、
「シロバやクロバ、それに壊鬼さんの話を聞き不安に思い来て見れば」
「…………」
「まさかここまで腑抜けているお前を見ることになるとはな。らしくないぞ善」
そこで彼は戦友にして盟友。
いやそれらの言葉だけでは言い表せない、様々な立場で対峙した男レオン・マクドウェルと顔を合わせた。
ここまでご閲覧していただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
和睦会議変開始。来たるべき大戦争前に行われる、かつてない規模の会議となります。
参加者は各勢力の代表者。
それを見守る人々。
これまでにないウルアーデ見聞録の大会議を楽しみにしていただければと思います。
なおクライシス・デルエスク失脚からこれから起こる大戦争を含めての彼らの一週間の日程なのですが、
・クライシス・デルエスク失脚
・同日に境界崩壊。シェンジェンの身元ばれ
・ゴロレム・ヒュースベルトの裏切り発覚
・決戦日の通知
・二大宗教和睦会議
・大戦争
となっているので、めちゃくちゃな密度となっております。
特に各勢力の代表の方々は分厚い計画書の内容を覚えなければならないのでなおの事大変です。
偉い人って大変ですネ!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




