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知られざる遺産 三頁目


「っ!」


 原口善の肉体が砕けていく。

 貫いた腹部を中心として広がった範囲と威力を圧縮した爆発は最高クラスの肉体すら蹂躙し、彼の者の上半身と下半身の接合をおよそ八割消失させた。


「でだ」

「?」

「なん……でだヒュンレイ。俺は。俺は!」

「すごいな。その状態でまだ生きてられるんだ」


 その状態でもなお原口善には喋るだけの余裕があり、大量の血を撒き散らしながらうわごとのように呟くその姿に、シェンジェン・ノースパスは驚きと呆れからため息混じりの声を上げ、そのまま再び粒子を練り始めた。


「やめろ!!!!」

「っ!」


 その状態のシェンジェン・ノースパスの間合いに、ギャン・ガイアという防波堤をただ一人突破したレオンが飛びこむ。

 驚いた彼は練りかけていた風の杭を彼へと打ち出すのだが、レオンはこれを容易く躱し、剣の面の部分を使ってシェンジェンに攻撃。


「ギャン・ガイアさん」

「先程の魔人状態ならいざ知らず、この状態で全員を止めるのは無理だ。一人くらい処理してくれ」

「…………まあ仕方がないか。いいよ。空中戦に持ちこめば、僕を捕える事ができるのはこの場にはいない」


 ただ善の猛攻を処理しきった彼ならば手加減された一撃程度躱すのは容易く、一瞬で空中に逃げ風圧でレオンを跳ねのけると、再び風と炎と闇属性の粒子を発し圧縮を再開。


「シェンジェン…………シェンジェン・ノースパス!」

「ん?」


 なおも善の命を摘まんとする幼子に対し、あの場に居た面々の一人としてレオンは語りかける。

 武力によって制圧するというこの場における最適解すら放り投げ轟き叫ぶ。


「その男は、原口善は、お前の父親がその命を捨ててまで守った存在だ!

 お前にとっても生きた形見同然の存在のはずだ。そんなこいつを、こいつをお前は殺すのか!?」


 思いの丈を喉から血が出るのではという勢いで彼は吐きだす。


「殺すよ。形見だとかどうとか関係ない。そもそも死んだ父さんがそんな風に考えていたのかも疑問だしね」

「ぐっ」


 それを聞いてもシェンジェンの様子は変わらず、善を見る目にも変化はない。

 そして頭上から迷いなくそう言われたレオンも、返事に詰まってしまい視線を外してしまった。


「そ、それは」


 実の息子を前にして『そんなはずはない。大切な仲間を助けられてあいつは誇らしかったはずだ』などと言えるわけがなかったのだ。


「話は終わりでいいよね。レオンさん。いやレオン・マクドウェル、貴方にも色々言いたい事はあるんだけどさ、やっぱりまずは原口善だ」

「ま、待て。待ってくれ!」


 時間が経てば経つほど、状況は悪化していく。

 それを理解しながらも多くの者はヒュンレイ・ノースパスの息子であるシェンジェンに対し手を出す事ができず、善を仕留めるだけの代物は完成する。


「――――――ギャン・ガイア。シェンジェン。撤退だ」

「何?」

「どー言う事ですかメタルメテオさん」


 その状況で待ったをかけたのは意外な事に鋼鉄で身を包んだ騎士で、味方側の二人だけではなく、シロバ達の視線までそちらに移った。


「ランムルでの戦いが終わった。我々の勝利だ」

「おお! 流石は我が主!」

「しかし思わぬ方向に状況が動いた。端的に言うとこのままここに残れば四大勢力全てが押しかける可能性がある」

「四大勢力全て?」

「君の言う通りなら、まさか邪教同士が手を組んだという事になるんだが、冗談だろう?」


 するとメタルメテオは淡々と事実を語り、その後に己が至った推測まで語っていくのだがそれに対するインディーズ・リオ現代組の面々の反応は困惑に満ちたものである。


「そうか。蒼野君たちがやったか!」

「なに?」

「いやね実は今回の作戦、本当に重要だったのはランムルの戦いでも僕たちの戦いでもなくってね。神教と賢教が手を組む、これが重要だったんだ」


 その状況で誰よりも早く口を開いたのはシロバである。

 彼はクロバやレオンが善の側に向かっていくのを尻目に口を開き、メタルメテオに注がれていたインディーズ・リオの視線を自分一人に集中させた。


「へぇぁ? どういう事だファイザバードの当主さん?」

「そのままの意味さ。まあぶっちゃけ説明する義理はないんだけど、これだけは教えておこう。二大宗教が手を組んだって言う事は、これまで動けなかった勢力も動けるようになったって言う事だ。このまま君達が残ったとしたら、君達を殲滅させるのはそんな奴らだ」

「?」


 片目を閉じ優雅で余裕を感じさせる声色でそう言いきるシロバに対し、事態を完璧には認識するに至っていない様子を示すシェンジェン。


「雷鳴?」


 そんな彼らの耳に届いたのは雨雲が一切見られない空にはふさわしくない雷が轟く音であり、


「やべぇ。アホみたいな奴が来る!?」

「なに?」

「どういう事ですかヘルスさん?」


 その直後、迫る危機の種類を一早く気づいたヘルスが声をあげ、ギャン・ガイアとシェンジェンが反応。


「呵々雷霆」


 その答えを彼が告げるよりも速く、どこからともなく声が聞こえたかと思えば隙間もない程の密度の雷で空が埋めつくられ、その光景に虚を突かれた者達の躰へと、柱の形となって落ちていく。


「攻撃に含まれる粒子、威力、そして過去のデータを確認。攻撃の主はヴァン・B・ノスウェルと識別」

「ノスウェル家の当主。と言う事は」

「竜人族の大黒柱。千年前の生き残りか!」


 それらの軌道をヘルス・アラモードが逸らす最中にメタルメテオは自身が至った答えを告げ、それを前にして彼らは事実と最悪の未来を理解する。


 第一に自分たちに今こうして攻撃を仕掛けているのは、滅多に起きることなく、戦闘などここ数百年ほとんど行ってこなかった古豪であるということ。

 そして第二に、二大宗教が手を組んだことで、彼が所属している竜人族が動き回れるだけの可能性を得たという未来だ。


「退くことを推奨する」

「だ、だな。竜人族の王と同格かそれ以上の化け物となんて戦ってられるかってんだ。てか最悪ここに竜人族の群れが攻めて来る可能性だってあるんだろ。んなもん相手してられねぇって!!」

「むぅ」


 その可能性を考えれば彼らとて足を止める。

 そもそもの話として彼らの今回の目的は生存であり、ここで無理をする理由は一切ないのだ。


「…………撤退しようか」

「おう。ここで俺らが無理したって意味ねぇって!」


 とくればその選択は当たり前のものであり、渋々そう告げるギャン・ガイアにヘルス・アラモードやメタルメテオも従っていく。


「シェンジェン」


 ただシェンジェンだけは違うとこの場に居た誰もが感じていた。

 なぜならこの状況は彼にとってかつてない程の好機であり、それこそこの場に一人で残ってでも善の命を狙うといってもおかしくはない。


「うん。行こうか」


 しかし大半のそんな予想に反し空に浮かんでいた少年の反応はドライであり、ヘルス・アラモードやメタルメテオは元より、ギャン・ガイアでさえ目を丸くした。


「いいのかい?」


 そう語りながらもこの状況は逃すわけにはいかないと黒い孔を展開するギャン・ガイア。


「うん。あの無様な姿を見てたら、なんか今回はいいかなって思っちゃって。あんな腑抜けなら今度の戦いでもすぐに殺せるでしょ。だからいいよ今回は。無理してまで狙わない」


 そんな彼に対し語るシェンジェンの声には普段の熱量はなく、狂信者は眉を潜める。

 とはいえそれ以上この場で追及する事はなく、彼らは黒い孔の中に消えていき、


「本当に竜人族の大群が来るのか?」

「いや来るわけないだろ。てかぶっちゃけ僕も驚いた側の立場なんだよ。だって二大宗教の和平が締結した話と一緒に、ヴァンさんが『肩慣らしが必要だから攻撃を仕掛ける』なんていきなり言いだしてさ。ま、この場はその状況うまく利用させてもらったってわけ」

「こいつめ」


 その場から危機が去ったのを確認しレオンの問いに対しシロバが答え、それを聞いたクロバが吐きだすような勢いで口を開いたのだが、それ以上の文句は口にしなかった。

 シロバのその場しのぎの言葉に救われた自覚があったからだ。


「さて、こうなったら問題はあと一つだね」

「そうだな」


 こうして残っていた最後の戦線も終わりを告げた。

 後に残ったのはシェンジェンという少年の全く予想していなかった出自による衝撃。


「…………なんでだ。なんで…………こうなっちまった」


 そしてその影響でこれまで一度も見せた事のない醜態を晒す原口善であった。





ここまでご閲覧していただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


これにてランムルやエルレインと同タイミングに行われた第三の戦線も終了。

ある意味であの日の大騒動が本当の意味で終わりを迎えた事になります。


さて今回の話の見どころは恐らく過去かつてないヘタレな善さん

過去一、というより先を見通してもここまで弱ってる善さんはここだけな気がします。

そんな彼を抱えて話は先へ。


次は語った通り賢教と神教による会合でございます。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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