ゴロレム・ヒュースベルトの告白
恐らくガーディア・ガルフは現実改変を行うことができる能力を持っている。それは蒼野達の喜びようを見ればすぐにわかる。
で、幸運な事にオレはちょうどその時に神器を得れたからその影響を受けなかったんだが、そのせいで本来なら上書きされるはずの真実を見てしまった。
それが意識はあれど動けなくなるほどの傷を負ったゴロレムさんに見知った様子で話しかけるガーディア・ガルフの姿だ。
そこには敵意や殺意の類は一切なく、二人が裏で手を組んでいることの決定的な証明だった。
「ゴロレムさん言ってくれ」
ただオレはそこまで明確な事実を目にしてなお、それが本当のことだと信じたくない気持ちがあった。
ガーディア・ガルフが脅してる、引くに引けない事情があった、もしくはただの偶然
「オレの見間違いだって言ってくれ!」
そんな理由を求めていて、だからオレは縋るような、訴えかけるような思いでそう尋ね、
「…………そうか。うん。誰かに伝えるつもりではあったんだが、まさか康太君からそんな風に聞いてくるとはね。正直驚いた」
「!」
「君が何を期待したかまでは私にはわからない。けれども確かな事実だけは伝えられる。君の言う通りだ。私が裏で彼らに情報を流していた。
霧に囲まれたエルレインの正確な場所。彼らが境界維持装置を襲撃する際に配置される人員。それにこちらの内情。それらを知ってる限り話した」
「っ」
それに対しゴロレムさんはあっさりと、いつもと同じ穏やかな声と優しげな笑みを浮かべそう告げた。
「ばれたのはどこでかな?」
「…………神の座イグドラシルは前回の襲撃の際、各勢力の代表に僅かに違う情報を渡した。参加する人員の配置状況。隠した境界維持装置の場所、そういう情報の中に差別点を作ったんッス」
「それに対するこちら側の反応から内通者を炙りだしたのか。その点に関しては私もエヴァ殿に指摘されていたよ。
なるほどミレニアムの一件から、彼女も色々な対策を考えていたというわけか」
『神器の取得に関しては隠しておいた方がいい』ということをオレは前もって神の座から言われており、だから彼女から伝えられた判別方法に関してだけを伝えておく。
すると彼は納得した様子で顎に手を置き頷くんだが、オレの中に巣喰った荒い気持ちは収まらない。
「オレは」
「ん?」
「オレはアンタを信頼してた。いや尊敬してたと言ってもいい」
なんせオレはこの人を本当にいい人だと思ってたからだ。
「アンタに会うまでオレは、賢教の奴らはどいつもこいつも自分勝手な野郎ばかりと思ってたんだ。けどアンタがギルドにやってきて…………アビスちゃんを連れてやってきて、賢教の奴らも悪い奴ばかりじゃないと思えたんだ。なのになんで、なんでそんなアンタが賢教を裏切るような真似をしたんだ!!」
「…………」
「答えてくれよ。なぁ!!!」
言葉を紡ぐ速度が、感情の高揚と比例するように勢いを増していく。
申し訳ないと思いつつも最後の最後には吐きだすような勢いで声を上げてしまい、周囲にいた雪空の下を歩く人たちの視線がオレとゴロレムさんに注がれる。
「…………康太君はこの世界の現状を、いや昨日までの世界をどう思う」
「え?」
そんな一般の人たちに対しゴロレムさんは僅かにだが腕を掲げる。
するとその意味を察したのか彼らはそれまでと同じように歩き始め、誰もいなくなったその場でゴロレムさんはオレにそう問うた。
「私はね、正直よくないと思っていた。宗派の違いこそあれ、対立を続け争っている二大宗教はどうにかしなくちゃいけないと常々思ってたんだ」
「だからガーディア・ガルフの側についたと?」
ただオレがすぐに返事をせずに黙っていると彼は空を見上げ後ろで両手を組みながら喋り始め、その言い分にオレは目を細め、
「めちゃくちゃだ。ガーディア・ガルフが、貴方の思い通りの世界を生み出すとは限らなかったはずだ」
「いや彼は私の要望に沿ってくれるさ。なにせ協力者になる代わりにこちらの希望に答える。それがガーディア・ガルフが他の者に対して与えている報酬だからね」
「…………馬鹿げた話ッス。そんな約束守るという明確な証拠がねぇ」
あんまりにも胡散臭い話を前にして、オレは失笑を浮かべながら吐き捨てるように言いきってしまう。
「けど、二大宗教が手を結ぶという、過去千年間決して実現しなかった結果には至っただろう?」
「っ」
ただ事実を言われてしまえばオレもそれ以上の反論はできず、僅かに俯き舌打ちをしたあと、気を取り直してゴロレムさんを凝視した。
「まぁとりあえずは君と神の座の健闘を称えるよ。ただちょっと遅かったとは言っておく。私の裏切りについて今更分かったとこで趨勢に与える影響は皆無だ」
「ま、待て!」
ゴロレムさんが少々名残惜しむ様にオレに対しそう告げ、手にしている神器の本に力を込める。
それを見たオレは引き留めるために手を伸ばすんだが、彼の身を包むように空を舞う雪が渦巻き、伸ばしたオレの腕は容易く弾かれる。
と同時に伸ばした腕が凍った痛みからオレは顔を歪めるんだが、一歩下がったオレの見ている前で、中心部にいるゴロレムさんの姿は徐々に薄れていき、真っ白な竜巻が消え去る時には、その痕跡一つ残さず消えていた。
『だが康太君がなおも私を許せないというのなら』
「!」
ただどうやら姿形こそ見えなくなったものの、ゴロレムさんはまだ近くにはいるらしい。
聞き覚えのある穏やかで優しい声が周囲に反響し、オレはその痕跡を掴むために首を左右に振るが、
『来たるべき大戦で私を止めるといい。それが君のためでもあり、勝利のための必須条件でもある』
「!」
彼のそんな囁きを耳にすると動きを止め腹を括った。
オレがやらなくちゃいけない事を胸に刻んだ。
「別れは済んだのかね?」
「ああ」
――その日からこれから訪れる大戦の日まで、ゴロレム・ヒュースベルトの足取りを知る者はいない。
これから行われる大戦は、多くの人々の運命を進めるものとなる。
古賀康太とゴロレム・ヒュースベルト。そしてアビス・フォンデュ。
「ええ。その予定で行くわ。心配しなくても大丈夫よ。しっかりやるわ」
『…………すまないな』
「もう、やめてよ。やる前から謝罪なんて。とりあえずは明後日の顔合わせね」
アイビス・フォーカスと電話越しの人物。いや神教と賢教。
「我が主よ。我が信仰をその眼で! 必ずご覧ください!!」
歪んだ狂信者。
そして
「善さんは?」
「まだ部屋の中よ。どうしちゃったのかしら?」
「わからない。でも善さんに限って言えば、いつだって俺達を引っ張ってくれたんだ。今回だってまた立ち上がって最前線に立ってくれるさ」
ゴロレムの自宅からギルド『ウォーグレン』のキャラバンの中に戻り、机を挟み食事をしながら会話をする蒼野と優。
その話題は珍しく部屋の中に閉じこもってしまった彼らの大将原口善の事であるのだが、それに対する彼らの気持ちは軽い。
「ま、そうよね。アタシ達なんかが心配するのは失礼ってもんよね!」
「だと思う。俺の心配するくらいなら、自分の心配しろって言われちまうさ!」
なぜなら原口善という存在は少年少女にとってこれ以上ないくらい強力な支えであり、彼ならばどのような危機に直面しても、真正面から挑みにかかり、勝利をもぎ取ると思っていたからだ。
「…………」
だがしかし、当の本人はそんな彼らの期待を裏切る勢いで意気消沈し頭を抱えていた。
その理由を語るために、時は先日の戦いの終わりごろまで遡る。
ここまでご閲覧していただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
二章に続き出てきた裏切者、内通者枠。
彼の目的に関する説明とこれから数話に関するうっすらとした情報開示です。
ゴロレムさんに関する話についてはまだあるのですが、詳しい事はまた大戦の際に語るとしましょう。
次回は善さんサイドの話。
そしてそこでは驚くべき事実が発覚します
それではまた次回、ぜひご覧ください!




