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賢教の夜明け 三頁目


「なんだと?」


 最後の仕返しとばかりに語られた言葉を『果て越え』ガーディア・ガルフは無視することができなかった。

 それを口にしたのが他の誰かであれば無視もできたのだが、相手はよりにもよって枢機卿クライシス・デルエスクなのだ。


「聞こえなかったかな。お前とあいつ……神の座イグドラシルは共倒れすると言っているんだ」


 この世で最も優れた処理能力を備えた頭脳を与える異能『全能』。

 これに関して彼は事前に情報を持っていたためその性能を熟知しており、そんな存在が自身の計画を見抜き失敗すると言いきった。しかも自身でさえ計りかねている神の座の計画まで理解し、破たんすると断言した上でだ。


「それは一体どうっ!?」


 見過ごすことのできない情報を前に単刀直入に理由を聞こうとするガーディア・ガルフだが、一歩前に出たかと思えば歩みを止め、病人が行うような咳を二度三度と繰り返した。


「長期戦を挑んだ方がよかったかな?」

「…………どのような戦いを挑まれたとしても、勝つのは私だ」


 壁に背を預けたまま片目を閉じ、挑発するかのような物言いをするクライシス・デルエスクに、何の疑いもなくそう断言するガーディア・ガルフ。

 見下す側と見下ろす側になった両者は一瞬ではあるが戦闘時同様に視線をぶつけ、


「…………既に三分が経過したか。これ以上席を外すのは予定外だ。帰還する」


 そんな『果て越え』の台詞により、此度の戦いは終わりを迎え、かの者はその場から姿を消した。


「たったの三分、か。ふん。これほど長く感じた三分は初めてだな」


 目にした者全員がおそらく生涯忘れられない記憶として刻み込む事となる三分間。

 それが終わりを告げ、当事者であるクライシス・デルエスクは息を吐く。

 そのまま彼は意識を手放そうと瞼を閉じかけるのだが、


「いたぞこっちだ!」

「いいか油断するなよお前ら。あの人実はめちゃくちゃ強いからな。気を抜いたら首が飛ぶと思え」

「「はっ!!」」


 彼の安眠を蹴破る声が灯台の最下層から響き、それを耳にした彼は鼻で笑いながら待ち構え、


「それにしてもこの灯台はなんなんっすかね。見覚え在りますゴロレムさん」

「いやないな。罠の可能性も考え周囲に気を配れよ那須」


 聞き覚えのある名前を聞いたかと思えば、声の主である二人は数人の部下を引き連れ彼の元にまで辿り着いた。


「やあ。遅かったじゃないか」

「で、デルエスク卿!?」

「その傷は!?」


 そこで待ち構えていた弱弱しい息を吐く男の姿を前に二人の部下は慌てた声をあげながら近づいて行くのだが、前に出ていた那須がその行く手を阻むように腕を伸ばすと、更に前にいるゴロレムが彼へと向け一歩前へ進み、


「デルエスク卿。いや枢機卿クライシス・デルエスク。貴方を反逆罪および殺人罪。他いくつかの罪状により逮捕します。同意してくださりますね?」


 そのまま彼を完全に見下すような位置にまで移動すると、淡々と、それこそ感情を読み取らせないよう細心の注意を払った声でそう断言。


「あぁ問題ない。それと神教との件だがね、私も賛成に一票入れよう。それで君達の目論見は達成できるはずだ」


 死にかけながらも未だ余裕は十分にあるとでも言いたげな様子で返事をすると、そのまま彼らが予想だにしていなかった言葉も付け足した。


「よろしいのですか?」

「数時間後には退位する身だ。もはやこの件についてこだわる気はない。お前達の好きなようにして、オレの予想を超えた結末を描いて見せろ」

「…………かしこまりました」


 そんな枢機卿の物言いに引っかかりを覚えるものの、望んでいた結末であることには変わりはない。

 ゆえにゴロレム・ヒュースベルトは恭しく一礼すると急いでアビス・フォンデュへと連絡を入れ、辿り着いた結果を簡潔に説明。


 それから数秒後


「じゃ、鳴らすぞアビスちゃん」

「はい。世界中に聞こえるよう、思いっきり鳴らしましょう!」

「ああ。それで今回の任務は完遂だ!」


 一人の少年と一人の少女の手によってエルレインの数少ない観光名所である大鐘楼が鳴らされ、美しい音色が賢教全土、いや世界全体に響きわたった。


「姉貴!」

「ええ。あの子達やるじゃない!!」


 それは事情を知らぬ者からすればただの美しい『音』でしかないのだろう。

 しかしこの鐘の逸話や裏の事情を知る者からすれば、この鐘の音にはそれ以上の価値がある。


「馬鹿な。この音は。この音はぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「知ってるのかいギャン・ガイア?」

「それより俺を助けて。ヘルプ! なんかめっちゃ強面の奴にずっと追われ続けてるんだけど!?」

「賢者の歌声、大鐘楼『レウ・グランテ』の音色。…………新時代の到来を告げる鐘がなぜこのタイミングで…………まさか我が主の身に何かが!?」

「おっと、動くなデカブツ。お前の相手は僕らのはずだが?」

 三百年前、アヴァ・ゴーントの誕生の際に鳴り響き、以降は一切鳴らず、鳴らされもしなかった世界一の大鐘楼。

 時代の節目節目にのみその音を発すると言われ、鳴る度に新時代の到来が約束されていると噂される逸品。

 それがガーディア・ガルフによる革命の終焉を待たずして鳴り響いている。


 その意味を察して強烈な不快感を覚える者がいた。

 逆に近い未来に希望を繋げた事に喜ぶ者がいた。


「エルレインを陥落させた。いえ枢機卿を下した…………言葉にすれば単純ですが、本当に成し遂げたとは」

「意外かね?」

「…………戻られたのですね」

 

 腹の内を知られぬように必死に隠す者もいた。

 他にも様々な思惑が巡っており、その様子はまさに千差万別だ。


 しかし一つだけ確実に言えることがある。


「おいおいおいおい! これは一体どー言う事だ!」

「まさか賢教と神教が…………」


 この日この瞬間、世界は間違いなく変わったのだ。

 二大宗教を分かつ境界を形成する最後の大型境界維持装置が破壊され、アイビス・フォーカスに掛かる負荷が最大となる。

 しかし彼女はそれを受け止めるような事はせずむしろ維持を放棄。

 二大宗教を分かつ壁が消滅し、その奥の光景が決戦の舞台に居たアイリーン・プリンセスとエヴァ・フォーネスの目に飛び込むのだが、そこにあった景色を前に息を呑む。


 彼らの視線の先、世界中の様々な場所を移している映像に、境界が消失した後の景色が映し出される。

 するとそこには見覚えのあるカソックを着こんだ者達が全く違う服装の者達と手を繋いでいる光景が映し出されており、それが二大宗教が手を結んだという事の暗示であると彼女らは察し、


「これでようやく私とお前の願いが果たされる下地ができたわけだ。いやはや待ちわびたぞ」


 『果て越え』の友、『皇帝の懐刀』という異名を備えるシュバルツ・シャークスも同様の結論に達し、しかし待ちわびた瞬間が訪れるのを前に獰猛な獣を思わせる笑みを浮かべていた。


「最小の被害による勝利を目指していたのだがね。こうなってしまえば仕方がないな」

「!」


 そしてそんな彼の友である男ガーディア・ガルフも、真実を語る事なくこの世界を統治する神の座の元に舞い戻り、何食わぬ顔で彼女の真正面に座ったまま口にするのだ。


「戦争だ。我々インディーズ・リオは現在世界を統治している全戦力に対し宣戦布告を行う。

 全てはこの世界をより良い未来に導くために」


 これから起こるかつてない規模の戦争。

 その開幕を。


ここまでご閲覧していただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


長く続いた賢教襲撃編はエピローグも含めついに完結!

長編の中の話の一つとしては過去最長だったと思いますが満足していただいたのなら幸いです。

そして次は熾烈な争いと様々な因縁が収束する決戦編!

次回からはそこに至るまでの舞台づくりをして行く事になります。

戦闘とは少し離れた位置で行われる確認の活躍を見ていただければと思います。


まずは康太視点のこの大事件の一日後の風景を。

明後日の投稿は仕事の影響で22時の予約投稿。なおかつ少々短めのものになるかと思うのですが、濃密な内容でお送りしていきたいと思います。


感想・評価、ブクマ登録などをしてくださると明日以降の糧になるので、もしよければよろしくお願いします!


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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