賢教の夜明け 一頁目
「っ!」
己が身に襲い掛からんとする白い炎と斬撃の複合奥義。
神業、魔技、絶技
そう呼ばれるあらゆる技を超えているであろうその一撃を彼は美しいと感じる。
がしかしその心に宿るのはそんな思いを吹き飛ばす強烈な憎悪であった。
(クソ)
あと一歩、あと一歩だったのだ。
もし今ここでガーディア・ガルフが現れなければ、彼はここ数年願い続けた目的を成就することができたのだ。
(クソ…………)
それが今、目の前に迫った咢により散ってしまう。
その事実が憤怒の念を持って彼の全身を駆け巡り、あらゆる思考を押しのけ彼の全身を満たしていく。
(クソォォォォォォォォォ!!!!!!)
先へ
先へと進みたい
そんな思いから彼は無意識に手を伸ばすのだが、迫る一撃は彼の腕を、全身を、空間を、あらゆるものを喰い破り――――
夢も未来も、いやこれまで彼が築き上げた全てを彼方へと追いやっていった。
それがオレの僅かに残った意識とうすぼんやりとしていた視界が見届けた事の顛末だ。
圧倒的な力でオレ達を蹂躙したクライシス・デルエスクはそれ以上に圧倒的な存在を前にして敗北し、ピクリとも動かなくなった。
で、それをやった下手人は誰かと言われれば、驚いた事に別の場所にいるはずのガーディア・ガルフときた。
正直オレは正気を疑ったよ。
ただまあ目にしている以上は真実だと信じるしかねぇわけで、意識があると気づかれないよう息を殺してこの後の展開を見届ける事にした。
「こっぴどくやられたようだな」
「――――――――」
「は?」
そうしているとだ、オレは思いもよらない光景を見る事になった。
そのせいで黙っていることさえ忘れて声を出してしまうわけだが、幸運にもおぼつかない足取りで歩いている世界最強はオレに気づかず、そいつといくらか会話を行い、
「彼を下した瞬間、少々時空が揺れてね。確認したところ建造物が出現したようだ。恐らくあれは」
これからどうするかと問われたところでガーディア・ガルフは延々と語りだし、全て言い終えるとクライシス・デルエスクの身柄を背負った上で何らかの能力を使い、その場から姿を消した。
「一体…………どう言う事だ?」
この場から脅威が消えたという安堵するべき出来事。
仲間達の様子からしてオレだけはしっかりと真実を覚えられていて報告できるという事実はこの上なく幸運な展開なのだろうが、目にしたものが衝撃過ぎて到底そんな気分にはなれなかった。
「康太さん?」
「あ、ああ。悪いなアビスちゃん。オレ達は」
「ええ。他の事はみなさんに任せていきましょう!」
ただオレの心が整理されるのを時間というものは待ってくれるわけがなく、俺は愛しい彼女に促されるままに差し出された手を握り返し、重い体を持ちあげると一緒に駆け出した。
「というわけで神教だけでなく我々貴族衆とギルドも、賢教と手を結びたいのです」
「そのような事情があったのか…………私としては了承したいところだが、今実際に政の大半を行っているのはデルエスク卿だ。彼に許可を取っておきたい」
「心中お察しします。しかしこの件はあと数分のあいだで決めなければならない事態なのです。教皇様、ご英断を」
一方その頃、神教側で行われている戦いを観戦していた貴族衆の跡継ぎ三人は、迫るタイムリミットを前に共に観戦していた教皇アヴァ・ゴーントに対し直接交渉を開始。
代表としてシリウス・B・ノスウェルが他二人を後ろに控えさせ説明を行っていた。
「む、むぅ」
それに対する教皇の座の反応は芳しくない。
無論突然の申し出を一言で切り捨てるよりは遥かにマシな対応であり、それどころかこうやって検討する意志を示すだけでも充分な反応なのだが、何せ彼らには時間がない。
「恐れながら申しあげます。
『果て越え』ガーディア・ガルフは今でこそ神教を狙っていますが、彼の目的は未だに不鮮明なところがあります。神教を下した後に、彼の者の手がこちらに向く可能性は十分にあるのです。そうなれば賢教や残された勢力では太刀打ちできません。
その状況に陥る前の一手として! ぜひ! 我々の提案を受けていただきたい!」
ゆえに片膝を地面に付け頭を下げたゲイルはここは絶対に押すべきだと感じ進言。
それを前にした温和な老人は驚いた様子を示すと目を丸くし、熟考の様子を示す。
「いや私は賢教を狙うような事はしない。用があるのは神教ではなくイグドラシルなのでね」
「え?」
とそこで彼らは聞き覚えのある声を耳にし、声のした方角に体を向ける。
しかしそちらを向いたところで人の影はなく、その事実に彼らは強烈な違和感を覚えるのだが、次の瞬間には三人の子供たちは脳裏に奔った衝撃から意識を手放し、
「初めまして教皇アヴァ・ゴーント殿。あまり時間がないのでね。唐突で悪いが何も言わずについて来てもらおう」
「え?」
残ったアヴァ・ゴーントの前にクライシス・デルエスクを背負ったガーディア・ガルフは現れ、
「お、おぉ!?」
老人が返事を返すのを待つこともなく彼の体を掴むと、彼はあらゆる警報や防御システムを最初から存在しなかったかのように容易くくぐり抜けその場から消え去り、
「今更だが突然の非礼を詫びよう。が、どうしても君には彼と一緒にここに来てほしかった」
「う、むん?」
強烈な風圧に一瞬で変わる景色に意識を奪われかけたアヴァ・ゴーントが次に見たのは、古ぼけた灯台の上からの景色であり、
「お、おぉ。ここは。こ、ここは!!」
自分の居る場所がどこであるかを理解したところで彼は声を震わせた。
「予定の時間が迫ってるが何とか間に合うか?」
「大丈夫です。あまりいい手段でないという事は分かっていますが、私が聖騎士の座の娘であると知らせれば面倒な手続きなく中に通してくださるはずです!」
「なるほど。そいつはいい!」
一方その頃、先程までクライシス・デルエスクと死闘を繰り広げていた子供たちも慌ただしく動いていた。
そんな中で教皇アヴァ・ゴーントに話を通す役割の者や負傷者の回復を行う役割の者を置いて動いていたのは、すぐに意識を取り戻したアビス・フォンデュと事の真相を見届けた古賀康太である。
「すいません。時間がないのでこちらで!」
「せ、聖騎士殿のご令嬢でしたか! どうぞ中へお入りください!」
「うっす。助かります!」
「あ、ちょっと、君は許可してないぞ!」
「許してください。私のナイト様なんです!」
「…………ナイト様か。いい響きだな」
康太がアビスの物言いに心を弾ませながら先へと進み、彼らは目的地へと向け駆けていく。
一直線に、迷うことなく駆けていく。
「すいませんどいてください!」
「ちょちょちょっと、君達!」
「急ぎの用事なんッス!」
すると彼らは並み居る観光客を払いのけながら目的の前に立ち、邪魔するように動く者達は康太が新たに発現した神器で足止めし、
「あとは」
「はい。吉報が届くのを待つだけですね」
「そうだな」
多くの人々を跳ねのけながらその瞬間を待ち続けることにした。
ここまでご閲覧していただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
長かった賢教編もついにエピローグへと突入。
彼らが挑んだ過去最大のミッションが終わりを迎えます。
その結末とそれにより変化する世界の情勢
ここまで読んでくださった皆様にはぜひ見届けていただければと思います。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




