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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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暴君宣言 二頁目


 意気軒昂という言葉がまさにピッタリな様子で自分を睨む二人の姿にパペットマスターが内心で舌打ちする。

 追い詰められているとまではいかない状況ながら守勢に回り攻撃を凌ぐことに神経を集中しているこの状況は、彼にとってもあまり都合がよくない状況だ。


「…………」


 どれだけ二人の実力を大きく見積もっても、万全の状態ならば負ける要素は一切ないといっていいだろう。

 が、今現在の状況で言うのならば万全とは程遠く、むしろこの二人を相手にする以前から窮地に立たされている状態に近いのだ。


「さすガに、アレの足止めは中々辛いDEATHネ」


 理由は簡単だ。

 片手に意識を集中させ糸を伸ばしている先で対峙している存在、それが彼の足枷となってしまっている。

 ここから数キロ離れた市街地ではこちらとは真逆の力関係、すなわちパペットマスターが完全に蹂躙される形で戦いが進んでいる。


 糸が、武器が、ガスや毒が一切効かない超人。


 切り札として出した『樹龍』以外は、どれだけ出そうと瞬く間に破壊されていく。


 圧倒的な身体能力と戦闘経験に裏付けされた相手との戦いは、先程同様強者による弱者の蹂躙という表現がしっくりくる状況だ。


「パペットマスター!」

「邪魔DEATHよ。子供タチ!」


 数百メートルの距離を瞬きを終えるよりも早く詰め、あらゆる武器や毒を無効化する強度と耐性を持った体と一撃で全てを粉砕する拳。

 人間の限界を超えた、まさに超人という言葉がピッタリな怪物が相手だ。


 もしもあちらで行われている戦いが終わりこちらに来た場合どうなるのか、それを思えば一進一退の攻防に意識のほとんどをつぎ込むのは仕方がない事だ。

 それゆえこちらに向ける意識は視線が映す光景に対し反射的に動ける程度、搾りかす程度の物でしかないのだが、そんな状態でも、今パペットマスターは胸に抱いた違和感の正体に、思考の大半を傾けた。


「もう一回行くぞ蒼野!」

「ああ!」


 彼が抱いた違和感…………より鮮明に口にするのならば疑問。


それは『なぜ古賀蒼野は先程隠密戦闘に徹していたか』だ。


「暴君宣言!」


 パペットマスターは今日ここに来た全員の行動を監視していた。

 それは操っていた人達の目だけではなく、様々な動物や昆虫の人形を利用してだ。

 犬や猫はもちろんの事、ハエなどの小さな物体すら彼は人形として作りだし、この場所の監視を行っていた。


 だからこそ彼は、対峙する少年の一人が驚異的な時間逆向能力を手にしている事を知っている。

 それの強力さもしっかり理解しており、ゆえに今自分が終われていた際にそれを使わなかった事実に妙な引っかかりを覚えるのだ。


「………………」


 再び形成された黒い球体は強靭な糸を容易く飲みこみ、パペットマスターへと迫ってくる。

 が、隣に立っていた蒼野はこれに追撃を加えることなく、パペットマスターを囲うように動き回るだけか、属性や能力を使わず剣で叩いてくるのみである。


攻撃を加えてこない理由がある?


 糸による反撃を止め、格下相手に無様な逃走を見せるが、その瞬間、違和感などではないとある確信を得た。


「ナルホドなるほど」


 目の前の物体が自分へと向かってこない。

 その場で佇んだまま機能を停止した。


「風刃・一閃!」


 それを目にした蒼野がすぐにパペットマスターの背後に周り、風の刃で襲い掛かる。

 まっすぐに伸びてくる風の刃は視線をそちらに向ければ、『十怪』の一員である彼ならばさして意識せずとも避けれるレベルであるが、彼はあえてそちらに視線を向けず、自身の背後で静止する黒い球体に視線を集中。


「クク」


 そしてそこで、


「クカカ」


 彼は自身の想像通りの現象を目にした。


「クカカカカ!」


 静止していた黒い球体が、再びパペットマスターへと向けて動きだしている。

 その速度は素早く、人形師がもし風の刃に意思を向けていたとしたら、間に合わずに飲みこまれていた程のものであった。


「やハり!」


 が、結果として黒い球体に意識を向けていた彼はそれを躱し、その先で目にした光景を目にして彼は叫んだ。


「その球体は粒子ニ反応シテ動いてイルのDEATHね!」


 黒い球体が風の刃を呑みこみ、その場で再び静止する。

 それを見た蒼野は歯噛みし、パペットマスターは頬が割けるほどに口を開きながら地面に木属性粒子を流し、自分から離れた位置…………蒼野と聖野の背後に巨大な木を生成。

 それを理解した聖野と蒼野が顔を青くし、すぐに黒い球体と木の間に広がる直線から身を引いた。


「恐らくある程度ノ粒子ヲ含ンダ物体を喰い尽クスようにプログラムされているノでしょう。だから古賀蒼野ハ能力ヲ使えナカッタ。使ったトコロで能力ガ呑みこまれますカラネ!」


 プログラム、そうプログラムだ。


 思えば先程自分の前で黒い球体を別の形に変えたのもそうだ。

 黒い球体のままでは自身を呑みこめないため仕留めるプログラムに変え、先程の枝を撃ちだす形にしたのだ。

 そしてそれがわかれば対処のしようも見えてくる。

 一定以上の粒子の塊に迫るというのならばその性質を利用すれば容易く躱すことができる。いやそもそも黒い球体が見えた瞬間、粒子を纏わない近接戦闘に移行すればそれで事足りる。

 得意分野ではないが、目の前の子供たちに負けるほど自身の能力は劣っていないという自負がパペットマスターにはあった。


「来い!」

「まあ、そうシますよネェ」


 が、相手も馬鹿ではない。

 種がわかれば取る手段を変えてくるのは自明の理だ。

 黒い球体を手元に戻し、その形を変えてくる。


「来るがイイ。それを外セバ…………次はありまセンよ」


 次弾を溜めさせるつもりはない。その意志を込めた彼の言葉に、しかし聖野は臆することなく、真っ黒な球体はその形を変貌させていく。


「あれは?」

銃弾スナイプ


 主と同じ大きさであった黒い球体が、主の小さな手に収まるほどの小さな球体に縮小する。

 聖野はそれを矢のように細長く伸ばすと、その照準を人形師へと定めようと腕を動かす。


「…………」


 あれはやばい。

 それが人形師が瞬時に覚えた直感であった。


「まあ、そこまデ難しい話デモありませんガネ」


 だがだとしても、何を恐れる必要があるというのだろうか。

 彼はあまねく犯罪者の頂点に立つ『十怪』の一員パペットマスター。

 縦横無尽に動き回り子供から照準を合わされないように立ち回る等、赤子の手を捻るよりも簡単な事だ。


「さア……狙えるものナラ狙ってみなサイ」


 木を生やしてみたがもはや黒い球体が反応し飲みこまれることはない。

 ならば木々の間に身を隠せばそれで十分だ。

 そして万物を呑みこむ能力を発揮しないというのならば、このまま木の隙間から糸を伸ばせばなんとでもなる。

 そう思い笑みを浮かべるパペットマスターであったが、彼は勝利を確信するあまり初歩的な見落としをしていた。

 自分が粒子を使えるという事はつまり、小さな少年と共に行動していた少年もまた動けるようになっているのだと。


「風刃・斬天!」


 持っている剣を回し、丸のこのような風の刃を作りだす。

 それを蒼野は手に取り投擲すると、刃は現れた木の群れを斬り裂き、その奥にいる人形師の姿を顕わにした。


「チィ!」

「逃がさねぇよ!」


 すぐに動きだそうとするパペットマスターだが、その程度の事は蒼野もまた想定していた。


「コレハ!」


 パペットマスターの周辺が、風の壁で囲まれている。

 それはパペットマスターの動きを僅かではあるがしかし確実に阻害し、彼を数秒とはいえその場に留まらせることができた。


「そこだ」


 その一瞬を、小麦色の肌をした少年は逃さなかった。


 蒼野がよく聞く、康太が敵へ向けて鉛玉を撃ちだす時と同じ感情の籠っていない声が聖野の口から発せられる。

 放たれた漆黒の弾丸は主の示した敵を貫くため、一直線に進んでいくのだが、その速度は――――光さえ超えていく。


「ぬぅ!」


 その瞬間にパペットマスターが感じたのは、一言で言うのならば『嫌な予感』だった。

 足元に落とし穴を仕掛けられたのを直感でわかった時や、天気予報が外れ傘が必要な大雨が降りだす瞬間に感じる感覚。


「シャア!」


 だが侮るなかれ。目の前の存在は類まれなる強者。

 光を超える速度さえ一直線ならばその瞳で捉え、進むその道筋に無数の糸を置き、漆黒の弾丸を弾くことを画策。


「悪いけど…………そりゃ意味ないぞ」


 その思惑を、光を通さぬ漆黒の弾丸は踏み潰す。


「ナニ!?」


 黒い弾丸が糸に触れた瞬間、極小の真っ黒な弾丸がそれまで通り糸を呑みこむ。

 それにより漆黒の弾丸は勢いが衰える事などなく、いやむしろ速度を更に上昇させ、人形師へと向かって行き、


「ッ!?」


その体を――――貫いた。


「ぬ、ぐぅ!?」


 一つ想定が外れたとすれば、それは当たった場所だろう。

 雑念なく心臓へと向け撃ちだされた文字通り必殺の一撃は、僅かに動ける範囲の中でパペットマスターが体を捻った結果、心臓部分から大きく外れ右肩を抉り、片腕を奪うという結果に終わった。


「なんなんDEATHか。君たちハ一体ナンなんDEATHか!」


 『十怪』の一員である自身にこれほどの一撃を与える幼い二人に嘘偽りのない感想を述べるパペットマスター。

 彼はポケットから収まりきらないサイズの腕を出したかと思えば自分の腕に無理矢理装着させ、接合部に木属性粒子を流し込み、失った腕を再生させた。


「なんだ。腕を再生させたぞ。あんな簡単にやってるってことは、あいつも人形か?」

「人形なら粒子を流す必要がないから、たぶん本体だ。仕組み自体は詳しくわからないが、恐らく木属性の成長促進系の効果だな。それでたぶん人形の腕に神経を通したりしてるんだと思う」

「……人間と人形の境界線があいまいだぞ。それ」


 そうやって他愛もない会話を行う二人であったが、内心ではかなり焦っている。

 なにせパペットマスターは聖野の能力の仕組みを理解した様子で、なおかつさっきまであったように感じた油断や慢心の類が消えている。

 有り体に言うのならば、勝ちの目が一気に遠のいた。


「さて……正念場だ。ちょっとばかしきついけど、頼むぞ蒼野」

「任せろ」


 けれども二人の顔に不安はなく、この窮地を脱するための覚悟だけはしっかりとできていた。

 駆ける蒼野に、背後で黒い球体をいつでも出せるよう準備を行う聖野。

 二人の瞳に迷いはなく、まっすぐに、自身の役割を遂行しようと決意を固めている。


「あァ! これは失念していまシタ!」


 が、パペットマスターもただ座して待つわけではない。

 あからさまな動作で両手を合わせ子気味のいい音を発すると同時に、地面から木の棺が現れた。


「蒼野!」

「ああ!」


 それが人形を取りだすために使う物であるというのは一目瞭然であり、人形師が武器を持てばどれだけ面倒なことになるかも十分に理解している。

 なので聖野は焦ったように声をあげ、蒼野がその期待に応えるように速度を増し、刃に風を纏い撃ちだしていく。


「無駄DEATH」


 とはいえ、相手は遥か格上の存在『十怪』である。

 蒼野程度の抵抗は地面から生えた木々によって容易く防がれ、現れた木の棺が白い煙を上げながら開いていった。


「私トした事が…………この登場人物を壇上に上ゲ忘レルとは。これは本当に……失念シていましタ」

「っ!」


 それからしばらくして煙が晴れ、蒼野と聖野の視界にそれが映る。


「あ、ア…………」

 

 全身の様々な部分を弄られ、最悪の存在の人形と化したリリの姿が目に映る。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


聖夜の能力説明にパペットマスターの切り札投入。

戦いも終わりの時が近づいてきました。

これから少しの間蒼野がまた苦しみ、その上で決着をつけると思うので、皆さまぜひ最後までご覧ください。


なお、聖野の能力には元ネタがあるのですが、知ってる人はどのくらいいるのでしょうか?

知ってる人がいれば感想などで教えていただければ幸いです。


それではまた次回





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