賢教の防人 一頁目
(必要なのは時間だ)
自身が追い詰められているという事は十分に承知している。
だが彼は勝ちの目が一切ないかと問われれば否であると断言できた。
「銀河の杖」
機動力と火力、この二点においてガーディア・ガルフは比肩する存在がいない正真正銘の傑物である。
がしかし耐久力に関して言えば古賀蒼野と原口積程度が傷つける事ができる程度のものしかなく、とすれば彼は他の者が決して持っていない、唯一無二にして最大火力を誇る武器を取り出し掴む。
「使うのは久しぶりだな」
己が真の神器に親愛の念を込めて囁くそれは、柄と杖先こそ一般的な様相をした銀色の杖だったのだが、持ち手の部分には無数の銀河の輝きを内に収めた球体が付いており、普段は無反応を貫いているガーディア・ガルフも、その美しさに一瞬ではあるが目を奪われた。
「素敵な挑戦状をありがとうクライシス・デルエスク。では」
その杖が秘めている正体の分からない強さは対峙している彼とて理解していたのだが、『果て越え』であるガーディア・ガルフがそれを恐れるわけもなく、先程同様の構えを行うと一度だけ深呼吸を行い胸を上下させ、
「参る」
進行の邪魔をするように展開された無数の神器を蹴散らし、三度目の正面突破を敢行。
目に見えない空気の壁も接触した瞬間に体を翻すことで一切のダメージなく躱し、そのまま速度を保ったまま腕を振り抜き、
「むん!」
「ほう。ではこれはどうかな」
「はぁ!」
その一撃をクライシス・デルエスクは杖から発せられた超高密度のエネルギーで作った刃で完全に防ぎきり、続く五千を超える斬撃も皮膚や着ているカソックを斬られる程度で阻止。さらにそのまま反撃を行うことまでして見せた。
「当たらないかっ!」
「並の強者ならば今ので倒せるのだがね。反撃までされたのは久方ぶりだ」
その姿に関心と賞賛を送るガーディア・ガルフの姿は、クライシス・デルエスクが声のした方角に視線を向けた時には既に霞となって消えており、更なる連撃を開始。
しかしそれを前にしてもクライシス・デルエスクは一歩も引かず、一万を超える攻撃の応酬に体の節々を切り刻まれるものの、なおもその強さを示す様に立っていた。
「なるほど。異能を封じたか。凄まじい胆力が必要な決断を即断即決で行った事は素晴らしい」
本当にごく一部の物しか成しえない偉業を前にしてガーディア・ガルフは足を止め、常人からすれば本当に僅かな、しかし彼からすれば十分な時間を用いその偉業を成し得た理由に辿り着いた。
「『全能』では思考速度が追い付かないのでな」
既に伝えた通り如何に強い異能であれど限界というものは存在し、あらゆる所作から答えを導く異能『全能』は言い変えれば脳の酷使である。
なので康太の神器の正体のような『大量の情報が一気に入った』場合、本体であるクライシス・デルエスクがその負荷に耐えきれない可能性があるのだ。
無論万全の思考を発揮できる今ならば康太程度なら話は違ってくるのだが、ガーディア・ガルフはまさに天敵と言える類の存在で、様々な攻撃に対応するために見続け全機能を発揮し続ける事を想定した場合、彼の脳が処理しきれない程の情報が吐きだされると判断したため封印したのだ。
「なろほど。思い切りがいい」
「…………」
「だがそれは浅はかな判断と言わざる得ない。デルエスク卿、君はその異能無しでどれだけ私と戦える」
その判断に対し持論を送り、同時にまたも腰を落とすガーディア・ガルフ。
それを前にしたクライシス・デルエスクは刃を形作る杖を構え、
「っ!」
その瞬間には既にガーディア・ガルフの姿はなく、音や光を完全に置いていく勢いで行われた万を超える斬撃を、クライシス・デルエスクは致命傷となるものだけは確実に防ぎ、
「肉体強化と反射神経強化を司る神器を使っているのだろうが、それでも異常な身体能力だ。同じ人間とは思えないな」
「どの口がそれを言う!」
それを見てそのような発言をするガーディア・ガルフ。
それを前にして思わず口を尖らせるクライシス・デルエスクは、同時に杖から発するエネルギーの量を勢いよく増幅。
「ここに生じろ。銀河群!」
その状態でガーディア・ガルフへと向け持ち手を向けると、彼の周りの空間が粒子の密集により歪む。
「全方位から襲い掛かる即死クラスの斬撃の嵐か。実に単純だが、恐ろしい威力だな」
それから一歩遅れて展開されたのは、自身を中心として現れた銀河の形をした万を超える刃で、ガーディア・ガルフはこれら全てを見事に躱し、無感情な声でそう断言。
「当然だな。我が神器『銀河の杖』は数多くの疑似銀河を内包し、それをエネルギーとして使える最高火力の神器。単純な威力勝負ならば、貴方の炎さえ上回れる自信がある」
「ほう。それは恐ろしいな」
するとクライシス・デルエスクは自身の神器が秘めている力を説明し、それを誇示するように再び銀河の形を模した斬撃を展開。
「ならば使えないようにしておかなくちゃいけないね」
ガーディア・ガルフはそれらを見事に躱し尽くすと、瞬く間に接近し近接戦を仕掛け始めた。
「早いっっっっ!」
「秒間2万発程度の斬撃で限界か。これ以上を求めるのは酷ではあるが、少々残念な気持ちはあるな」
さらに勢いを増した攻撃の勢いに耐えきれず、彼は腹部を深々と斬り裂かれ、口から血を吐いた。
「時間がないのでね。このまま勝たせてもらう」
その様子を目にしてもガーディア・ガルフは眉一つ動かすことなく攻撃を続けるのだが、それを受けてクライシス・デルエスクは内心でほくそ笑んだ。
こうして攻撃に意識を傾かせることこそ、彼が望んだ展開だったからだ。
(あとは時間を生みだすだけか)
この戦いにおいて最も厄介な事態は、ガーディア・ガルフに回避に徹した動きを含まれることであった。
なぜならその状態のガーディア・ガルフに傷を付けた記録はどこにも残されておらず、とすれば彼がいかに超高火力の神器を手にしようとも無用の長物と化す可能性があったのだ。
「粘るじゃあないか」
「っ!」
それを避けられレバ後は攻撃を当てるだけで、それだけの隙を作るための動きをすればよく、そのために相手の動きに対応するという他の者にはできない下地を彼は十分にできている。
にもかかわらず、その一手が果てしなく遠い。
「剣術を競うか。我が友ほどではないが、相手になるよ」
「ぐっ!?」
そう言って彼が作りだした炎の剣と彼が持つ銀河の剣が衝突を繰り返し、しかし相手には傷一つ付いておらず自分だけが追い詰められている。
「ふっ――――」
「っっっっ!」
いくつもの銀河のエネルギーを束ねた刃は、あらゆる障害を切り刻み、敵対者の胸に深々と突き刺さるだけのスペックを備えているはずなのだ。
だというのに自分は押し負け、敗北の二文字が近づき続けている。
「雲景!」
「なに?」
それが実感できるからこそ、彼は躊躇することなく隠し持っていた切り札の存在を口にする。
すると背後で眠っていたはずの雲景が自身の神器を手に『果て越え』へと迫っており、その姿を認識し、無数の蹴りが老兵の体を貫いた。
「ぬ、ぬぅぅぅぅ!!」
「!」
「千年前。そう千年前! ワシはお主の強さに憧れた。しかし諦めてしまった。どれだけ努力し、どれだけ足掻こうが、お主にはなれぬと早々に諦めてしまった。がしかし、しかしだ!」
「雲景。君は」
「今のワシには成すべき命令がある。千年を生きた意地がある。ゆえにここで、お主を超え――――」
だがどれだけの攻撃を受けようと雲景は一歩も引かぬという意志と気合い、それに意地を支えにその場にとどまり、己が心臓に宿る炎を吐きだし、
「申し訳ないが君の意地に付き合う理由はない」
それを最後まで聞いている暇はないと攻撃は繰り返され、
「一秒、だ」
その終わりを告げるように体を痙攣させる中で老兵はそう呟き、
「なに?」
「あとは頼みます。デルエスク殿!!」
その発言を聞き珍しく慌てて首を捻るガーディア・ガルフ。
「よくやった雲景!」
その視線の先には、彼を出し抜くことに成功したクライシス・デルエスクの姿があった。
ここまでご閲覧していただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
つい先日まで倒すべき壁が挑戦者になっているという不思議回。
まあ相手が相手なので仕方がないですね
恐らく次回で長かった戦いも終了。
その終わりがどのような物になるか、見届けていただきたいと思います。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




