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瞳の奥に映る真相


「な、なんで」

「ん?」

「なんでそんなひどい事を!?」


 自身を見下ろすクライシスを前にして積は声を震わせる。

 その姿は弱弱しい生まれたばかりの動物のようなもので、見る者の憐れみを誘うほどだ。


「無駄な抵抗はやめろ」

「あぐっ」

「この土壇場で逃げるために動こうとするとは。胆力がある。なおかつ弱者の擬態も中々だ」


 ただ枢機卿はその裏に潜んだ彼の策。

 地面についている掌から流れる粒子の流れを逃さず読み取り、掌を勢いよく踏みつけ骨を粉々に砕くと、粒子の流れを止めながら彼を賞賛した。


「まあそれはそうと抱いている疑問は本心なのも一目でわかる。だから答えよう。原口積、君は敵を倒す際に最も重要な事が何かわかるかな?」

「?」

「簡単だ。二度とそのような事が起こらないよう、徹底的に相手を叩きつぶすんだ」

「そのために、俺の目の前で仲間を殺すのか?」

「あぁそうだ。君が心に深い傷を負うのは申し訳ないと思うが、これも君達が招いた結末の思い諦めてくれ」

「俺達の招いた、結末っ!?」


 抵抗心を奪うように踏まれる掌が彼の脳に強烈な痛みを訴えかけ、積の顔に脂汗が滲み浮かぶ。


「そうだ。君達が選択を間違えた結果。それが今回の結末だ。君達は最低限の結果を得て、さらにこの世界の真実を知った時点で帰還するべきだった」


 そうして積の抵抗心が薄れていくのを感じると蒼野を脇に抱えた雲景を呼びよせ監視を任せ、彼は落ち着いた足取りで最初の標的であるゼオスの側にまで近づいて行く。


「理想を描くのはいい。明日への活力になる。

 夢を語る仲間がいるのはいい。強固たる意志になる。

 しかしだ、それだけではいけない。君達は現実を捉え、その上で撤退を選ぶべきだったんだ。そうすれば、最低限の結果に想定外の情報を得る事までできた」


 クライシス・デルエスクが口にする内容は的を得ており、積は内心で同意する。

 熱に浮かされ誤った選択をしたと自身だけでなく仲間達に毒づく。


「認めるよ。あんたの言う通りだ。けどだからこそ聞きたい!」

「?」

「俺はあんたの戦いぶりを見れなかったけどさ、周りに浮かんでるのは全て神器だ。てことはそれだけの神器を使いこなす力を備えているってことだ。そんなあんたは何でこの世界を平定しない。あんたならより良い世界が作れるんじゃないか?」


 ただだからといってそこで思考を放棄するわけにはいかないと積は理解している。

 そんな事をすれば仲間達は命を失うとわかっており、だからこそ残り少ない手札でできる限りの抵抗を試みる。


「答えてくれデルエスク卿」


 それが質問を行う事だった。

 時間を稼げば仲間達が起きあがるかもしれない。

 自身が最も頼りにしている兄が飛び出てくるかもしれない。


 などという淡い希望を成就させるための手段であった。


「あんたは、なぜ、そうしない?」


 痛みと疲労で頭が正常に働かず、けれども僅かでも時間を稼がなければと考えた彼は、そんな拙い質問を繰り返し、ゼオスへと手を伸ばす枢機卿の意識と視線を自身に向けた。


「愚かな。貴様程度のような矮小な存在に、このお方が付き合うわけが…………」

「簡単な事だ。私がそれを理想としていない。求めていないからだ」

「で、デルエスク卿!?」


 その姿を滑稽であると嘲笑う雲景であるが、枢機卿はそんな彼を片手で静止すると積でさえ少々意外なことにはっきりとした返事を行い、それを前にして二人は目を丸くした。


「私はね今の賢教が好きなんだ。大きすぎず小さすぎず。統治できている」


 ただそのように今の世界を慈しむように語りながらも彼は止まる事なく自らの腕をうつぶせで倒れたまま動かないゼオスへと伸ばし、その頭部をしっかりと掴む。


「やっ」


 これから彼が何をするかなど、積にはわからない。

 しかし確実な死が迫っていることだけは分かる。


 だから彼は声をあげ静止をするが、ゼオスの頭部を掴んだ腕は上へと伸ばされ、すると彼の千切れかけた上半身と下半身が徐々にではあるが更に離れていき、意識のないゼオスの口から苦悶の声が漏れる。


「やめろーー!!」


 迫る死の瞬間を前に、決してしたくはなかった選択肢を取り右腕全体に力を意識を集中させる積。

 しかし初めてやろうとしている作業が間に合うはずもなく、ゼオスの頭部を守る頭蓋骨がミシミシと音を響かせ




「ぐぉ!?」

「「!」」


 そこで二人は、老獪な男が発した苦悶の声を聞き反射的にそちらを振り向く。


「はぁ! はぁ! はぁぁぁぁぁぁ!」

「貴様は」

「蒼野!」


 そこで目にしたのは雲景の体を風の刃で突き破り、荒い息を立てながら立ち上がる蒼野の姿。

 血気迫る表情を浮かべているその姿には普段の穏やかさや平和を語る様子はなく、強い憎悪と敵対心が身を形成しているかのようであった。


「これ、は!?」


 奇跡としか言えない急展開はそんな蒼野の動きを契機に雪崩の如き勢いで生じ始める。


 少しでも動けば千切れてしまうのではないかという様子のゼオスは頭部を掴まれた状態から目を覚まし、自身を掴んでいる枢機卿の腕を斬り落とそうと剣を振る。

 無論通常ならばそんなものはあっさりと撃退できる枢機卿だが、腹心である雲景の思わぬ脱落に心乱れた瞬間に沿うようなドンピシャの一撃は見事その役割を果たし、彼の片腕を吹き飛ばした。


「クライシス」

「デルエスク!」


 それを知ってか知らずか先程までピクリとも動かなかった優や聖野もいつの間にか立ち上がっており、今こそが最大の好機と気合いを入れるように声をあげると勢いよく駆け出していた。


「これは一体……いやそうか。顔を隠したあの男か!」


 所持していない力の様々な形での発現。

 それを前にして枢機卿は困惑の色を浮かべるが、彼の目は子供たちの体に刺さっている注射を見て、即座に正答に辿り着いた。


「しまっ!?」


 しかしそちらに意識を割いたほんの一瞬、見ている積からすれば隙とも思わぬ本当に刹那の一瞬に透明化していた蒼野と康太の兄貴分である男は枢機卿の残っていた片腕を吹き飛ばし、


「これで!」

「しまいだ!」


 肉体の再生を許さぬという意志を込めた拳の嵐が、優と聖野から繰り出され彼の余裕を奪っていった。


「俺達を殺すだって?」

「悪いけどアンタの思い通りになんてさせないわ!」


 己が意思を声に出し、数秒という短くも永遠に感じる時間を過ごす二人の幼い戦士。

 しかし彼らがどれだけ拳を打ちこもうと決定打にはならず、


「っっ!」


 それが分かっているからこそ原口積という存在は動き出す。

 死なないために、ここで命を賭けると不退転の覚悟を決め、右腕で行っていた錬成の極致を継続する。


「と、どけ」

「これは!?」


 他の者と比べれば自分が最も傷が浅いのは十分に理解できる。

 だから彼は勢いよく立ち上がるとまとまらない思考をただ一つの事に注ぎ、


「理想れんせっ!」 


 輝く腕を前に枢機卿が絶句しながらも答えを口にする瞬間、彼の腹部を深々と刺し貫いた。

 その結果


「――――――」


 信じられない結末を迎えたとでもいうように枢機卿が目を見開き、悲鳴の一つもあげることなく地面に沈んでいく。

 と同時に宙を覆っていた結界、そこら中に散乱していた無数の神器が夢の終わりを告げるように掻き消え、


「お」

「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「勝ったぞぉぉぉぉぉぉ!!」


 たった一瞬の勝機を見事に掴んだ少年少女は、戻ってきた元の部屋で、人のものとは思えぬほどの絶叫と歓喜の声を発した。


「あ、そうだ。康太は?」

「あそこだあそこ。くそうあの野郎。この大一番で働かねぇとは、神器使いの風上にも置けねぇぞ!」

「……アビス・フォンデュはあそこで気絶してるな。俺が回収しよう」

「アタシは那須さんの回復ね。あれ生きてるのかしら?」


 ただ彼らは足を止めない。

 なにせこれからやらなければならない事は山積みで、それを実現するためには倒れている仲間達の協力が必要なのだ。

 なので慌ただしく動き始める。


「…………」

「おーい。康太! みたかおい俺達の逆転劇! 凄かっただろなぁ!!」

「逆転劇?」


 そんな中で少し離れた位置で意識こそあったものの動けず横たわっていた康太を迎えに来た積は心底嬉しそうにそう声をあげるのだが、それに対する康太の様子はおかしい。


「どした? なにかおかしなことでもあったか?」


 なのでさして疑問を抱いた様子もなく積はそう尋ね、


「お前たちには…………今のがそう見えたのか?」

「え?」


 わけのわからない答えに戸惑いの声をあげる。


「いやいい。なんでもない。なんでもないんだ」


 それを前にして康太はこれ以上子の事に関して、今は深入りはしない方がいいと考え話を中断。

 消えたクライシス・デルエスクの姿を認識しながら、しなければならないことに意識を向け、


「ああくそっ。わけがわかんねぇ!」

「お、おい康太!?」


 しかし今しがた目にしたありえない光景がその思考を遮り、乱暴に地面を叩いた。

























 そして物語は神器を手に入れたゆえに真相を目にした古賀康太の視線に映る





 声をあげ、仲間の死を止めるよう訴えかける原口積。

 そこには悲しみや怒りもあったが、もっと強く、縋るような願いがあった。


 それはこの状況を覆すヒーローの登場だ。


 だから彼は彼方にいる兄に、神教最強格である兄弟に、竜人族の長に、ありとあらゆる強者に届けと願いながら声を張り上げ


「あぁ?」


 そこで突如糸が切れたかのように意識を奪われ、その事態に枢機卿は訝しげな声を発する。

 そして


「すまないが」


 ヒーローは登場する。


「彼らを殺させるわけにはいかない」


 彼は瞬く間にアビスの意識も奪い、誰も神器使いがいなくなった事を確認。


「馬鹿な…………」


 するとその姿を顕わにするのだが、その姿に枢機卿は息を呑む。


 その姿は原口善ではない。

 アイビス・フォーカスでもなければデューク・フォーカスでもない。いや彼らは別の戦場で戦っているためここに現れるわけがない。


「き、きさ」

「ああ。久しぶりだね雲景」


 見知った顔を見たという様子で言葉を遮り雲景と語りはするが、その姿は同じ時代を生きた竜人族の長でもなく、


「すまないが彼らを離してくれ」


 そして彼は自身が嘘偽りの類でもないと証明するように自身を見て動揺を示す老体をたったの一撃で下す。


「初めまして枢機卿クライシス・デルエスク殿。私は」


 するといつもと変わらぬ無機質な声で初めて会う枢機卿に自己紹介を行い、


「ガーディア・ガルフ!!!」


 最後まで口にするよりも早く、その名をクライシス・デルエスクは口にした。














ここまでご閲覧していただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


クライシス・デルエスク戦はこれにて終了。

次回からはそこにいたる追想録…………なのですが、

まあ実質的な賢教編クライマックスバトルですね。



長かった賢教編の最後を飾るのは

クライシス・デルエスクVSガーディア・ガルフ


今お出しできる最大最高のカードです。

この戦いがどのようななものであったか、楽しみにしていただければと思います


それではまた次回、ぜひご覧ください!



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