枢機卿と神器『栄華極めし信仰』 三頁目
「水+氷+木!」
「こ、康太!?」
「…………貴様」
「水結放射!」
自分たちを蹂躙せんと迫る神器の雨を前に康太が轟き叫ぶ。
そのまま口にした通りの色の箱を混ぜた事によって作られた箱から現れたのは、黄緑色の半透明の地面に根を張ったいくつもの木の砲台で、それらがカタカタ音を立てながら砲身を回し始めた。
「行け!」
その様子を見るまでもなく康太が叫ぶと、担い手の指示に従い砲身からは大量の水しぶきと強烈な冷気が放出され、撃ちだされた水しぶき全てが冷気により固まり、極小の弾丸となり迫る針の雨と相殺し始めた。
「攻守だけでなく搦め手や肉体強化さえたった一つで成しえる神器。それは本当に素晴らしい」
「ぐぅっ」
「だが聡明な君なら既に理解しているいるはずだ。多彩で様々な形を取れるそれは、しかし出力に関して言えば他の偏った強化を行う神器には劣るとな」
しかし枢機卿の言う通り康太がどれだけの粒子を注ぎ勢いを増しても迫る脅威全てを撃ち落とすという結果には至れず、様々な毒が含まれた針が子供たちに迫る。
「判断が早い。いや早すぎるな。どうやら君は信用されていなかったようだぞ古賀康太」
「うるせぇよ!」
が先程まで居たはずの場所に子供たちの姿はなく、ほんの一呼吸のうちにゼオスと聖野、それに優が不退転の決意を込めた戦意を滾らせ、枢機卿を囲うように動いていた。
「阿僧祇楼壁」
「「!」」
「忘れたのかね。私が君達の戦略に付き合う義理は一切ないんだよ」
ただ同時に攻撃を始めるはずであった三人は瞬く間に分断され、合流を望む彼らに対し、様々な神器による攻撃が行われ始めた。
「アビスちゃんはここに」
「こ、康太く――――!」
「大丈夫だ。大丈夫」
その様子を康太の背中に守られながらも眺めてしまい震えるアビスを前に康太は振り返り、が身の胸に優しく押し付けそう言い聞かせる。
震える自身の体を立ち直らせるための行為と言葉であることを薄々自覚しながら、何度も何度も、悪夢を振り解くように同じ言葉を口にし続ける。
「行くぞ」
ほんの数秒。されど永遠にも感じられるほど長く、康太は愛しくて仕方がない彼女にそれを続け、それで覚悟を決めた。
「超越化!」
五つの箱を一つにまとめ、備えている手札の中で最大の肉体強化を己が肉体に施し死地へと飛びこむ。
「くそったれがっ」
いくつかの壁を通り抜け、戦場の中心に馳せ参じた康太だが、そこで目にした光景にはそのような感想しか出てこなかった。
自分が神器による肉体強化を施していないとすれば、間違いなく近接戦最強であるゼオスと、回復系の粒子術によりゾンビのように何度でも立ち上がれる優は、圧倒的な力を備えている枢機卿を相手にしてもなんとかまだ戦っていた。
「聖野!」
しかし真骨頂である能力『暴君宣言』が封じられ、さらに戦闘方法からして自身の肉体の接触が必須である聖野は既に崩れ落ちており、右手右足を阿僧祇楼壁に押しつぶされ、体の至る所が食い破られたような跡を付けていた。
「おらぁ!」
「来たか古賀康太」
「…………ちっ」
が戦線に参加してすぐに、康太は枢機卿がこれまでわざと二人を仕留めなかった事に気づかされた。
というのも康太が殴りかかろうと声を上げた瞬間に枢機卿は二人の間にゼオスを挟めるような場所に移動し、康太が同士討ちを避けるために拳を止めると、ゼオスの腹部を取りだした剣で刺し、さらに一瞬だが硬直した康太を透明な腕で真横に吹き飛ばした。
「くそっ!」
地面に何度か衝突しながらも体勢を立て直し、枢機卿に視線を戻す康太。
そんな彼の目に映ったのは、ゼオスに突き刺さった剣を起点に腹部を破裂でもさせるような勢いでいたる方向に飛び出た無数の赤黒い棘で、ゼオスは上半身と下半身の半分以上離れさせながら地面に沈み血の池を作りながら痙攣を繰り返した。
「くそぉ!」
その光景を目にして、彼の慟哭は勢いを増す。
「くそぉぉぉぉぉぉ!!」
残っている優が枢機卿が撃ちだした様々な粒子術に押し負け足を止め、最後に撃ちだされた水晶体に下半身を奪われ気を失ったところで、康太は目の前の凄惨な結末を認められないと叫び、かつてない程の怒気を纏いながら駆け出した。
「クライシス!」
「反逆者は君で最後だ。さあ」
「デルエスクゥゥゥゥ!!!」
「命を賭けろ。その果てに未来を掴んでみるといい」
その姿を前にしても枢機卿の様子は微塵も変わらない。
黒い柄に銀の刃を装着した剣を三本四本と打ち出し、それを難なく躱してくる康太の視界を奪うように阿僧祇楼壁を展開。
「畜生!」
一枚二枚、三枚四枚と、康太はその壁を足を止めることなく躱し続けた。
ただそれが永久に続くという事はもちろんなく、巨大でどこまでも続くように伸びている壁が現れれば、如何に神器で強化した体を持つ彼とて、足を止めないわけにはいかなかった。
「足を止めちゃいけないよ古賀康太」
そして一瞬足を止めれば、殺したくて仕方がない怨敵が自分の目の前に立っていた。
「は、はやっ!?」
「神器『天馬嵐脚』。空を、大地を、自由に駆けまわれるようになる機動力重視の神器だ」
「ぶはっ!?」
「加えて蹴りの威力も凄まじい」
その姿に動揺を覚えるていると、枢機卿は自身が使う神器の力を説明し、壁を突き破るような乱暴な蹴りを実行。
それは康太の体に勢いよく衝突するのだが、体に迸る痛みは先程まで枢機卿が使っていた二本の剣の比ではない。
たった経った一撃で五体がバラバラになるような感覚が康太を襲い、意識が遠のきかけた。
「けどよぉ!」
「む」
「燃えろ!」
だが古賀康太という男は自身がするべきことを決して忘れはしない。
今の一瞬のうちに頭上へと上げておいた箱を開くように命令し、残っていた炎属性粒子の大半を費やした炎を枢機卿へと打ち出す。しかし
「一度に開示できる箱は一種類だけかと思ったが違ったか。しかし無駄だ」
「嘘だろ…………」
その炎も同じ炎の、それも炎属性が苦手なはずの守りの型である盾により防がれてしまう。
「少々意外だが理解していないようだな。私と君では立っているステージが違う。同じことをしたところで、決して私には勝てない」
同じように地面に設置していた雷の放射も同質の攻撃で防がれてしまい、康太は勢いよく後退。
「仲間を見捨てて逃げに徹するのか? 薄情だな」
その姿を見て枢機卿は嘲笑を浮かべるが、今の康太に返事をする暇などない。
顔のあらゆる場所に汗を滲ませ、この状況を打開する事が可能な何らかの策を思い浮かべることに必死なのだ。
「来たるべき戦いに備えての準備運動も十分にできた。そろそろ終いにしようか
だがこの男が康太が庫田を出す事を悠長に待つ道理はない。
無慈悲な宣告と共に数多の壁が展開され、康太の進むべき道を阻み続ける。
「そこだぁ!」
ただここまで何度も同じ光景を見てくれば康太とて後の展開は予想できる。
ゆえに自身の直感に全神経を集中させ、漂って来る死の香りがどの方角から襲ってくるのかを正確に見極め、そこに全身全霊の拳を打ちこむ。
「いい一撃だ。完全に私の動きを読みきったか」
しかしそれさえも枢機卿は防ぎきり、
「まだだ!」
「これは!!」
その未来を予測しきっていた康太は、開いていた手に持っていた銃の銃口を彼へと向け、自身にかけていた肉体強化の力を解除。
掴まれていた腕を決して逃がさないという念を込めながら逆に掴み、十属性全てを合わせた箱から銃弾を出し、空中に浮かんでいるそれをシリンダーへと導く。
「舞え――――!」
そのまま一発逆転の可能性を掛けて解号を口ずさみ、
「呑み込め『不死の白大蛇』」
「!?」
そのまま打ち出す直前、壁の陰から自身の体を一呑みにできるほど大口を開いた大蛇が現れ、
「生き物の神器!?」
そんな言葉を残したところで康太の意識は途切れた。
「あ、あれ。俺はどうなったんだっけ?」
地面が揺れた感覚を覚え、原口積が目を覚ます。
その体は凄まじい倦怠感に襲われており、なぜこのような事になったのかを思い返そうとしたのだが、頭がうまく働かず答えは出ない。
「気がついたか」
「!」
そんな彼の意識を完全に覚醒させる声が耳に届く。
ゆえに現状を知るために彼は顔をそちらに向け、
「ではこの戦いを今度こそ終わらせよう」
そこで目にしたのは極限の絶望。
体の至る所を失い、しかしなおも無理矢理生かされ続けていると一目でわかる仲間達の姿である。
「原口積」
「ひ、ひっ!?」
そんな凄惨な光景を前にして、名前を呼ばれたものの吐き気と恐怖から上ずった声をあげる積。
「君にはこれから彼らの死にざまを一つずつ見てもらう。そしてそれを神の座やその仲間達に伝え、理解してもらうんだ。決して賢教と全面戦争をしてはいけないとね」
彼に対し子供たちを生かしておいた理由を枢機卿は語った。
ここまでご閲覧していただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
遅くなってしまい申し訳ありません。本日分を更新です。
圧倒的な力を見せつける枢機卿と彼らの戦いは本当のクライマックスへ。
その果てに待つものは、という事で次回へ続きます。
恐らく子供たちと枢機卿の戦いは次回で終了。
エピローグに続く形だと思います。
大変な話となってしまいましたが、最後の最後まで驚きの展開盛りだくさんな話の予定ですので、見守っていただければ幸いです。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




