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枢機卿と神器『栄華極めし信仰』 二頁目


「隙だらけだ」


 賢教最強の男が力なく項垂れているという光景を現実と理解できず唖然としている者達。

 彼はその状況を見逃すような高潔な戦士ではなく、また攻撃を躊躇する程優しい性格ではなかった。


「「蒼野!」」


 ゆえに彼は新たに手にした神器を勢いよく振り回し、その動きを前に康太が叫び、素顔を隠した恭介がゲイルも所持している鞭のロストテクノロジー『ウルバミ』を駆使し、蒼野を守るように彼を囲った。


「実のところね、少々気になってはいたんだ」

「本当に何でも持っているんだな貴方は!」

「ああ。だから試してみようと思うんだ。神器とロストテクノロジー、果たして勝つのはどちらかを」


 すると恭介は他の者よりも早く、迫る攻撃の正体が自身が振り回しているものと同じく鞭の類であることに気がつき、苦い表情を浮かべた。


「やはり優れた文明も神器には敵わないのか」


 その表情はこれから起きる事象の結果を察するが如きもので、彼の視線の先で銀を基調とした美しい見た目の鞭と毒々しい紫色の光を纏った古ぼけた茶色の鞭が、光に迫る速さで衝突。

 最初こそ互角の戦いを見せるのだが、衝突する度に銀の鞭は傷つき、その度に修復するもののその速度が追い付かず、百を超える衝突を刹那の瞬間にし終えたところで、細切れになり消え去った。


「むん!」


 衝突を繰り返していた神器の鞭はなおも健在であり、変わらぬ様子で毒々しい光を発しながら再度蒼野の体に向かっていき、


「そこだ」

「!?!?」


 寸でのところで躱したと思った蒼野の腹部がやすりで延々と削られたかのような傷跡を残し消失し、背骨が露出した状態にまで一瞬で削られた痛みに蒼野は声にならない悲鳴をあげ、意識を失った。


「担い手の意思に沿って動くオート機能とは別の能力!?」

「二つの神器を組み合わせたのか!」

「いや鞭を動かしたのは私自身の技術だ。能力じゃないよ」

「ば、化け物がっ!」


 さも当然という様子で語る枢機卿を前に聖野が怒声をあげるのだが、そんな中でも枢機卿の能力の正体を探るために頭を使っていたゼオスと優は、彼がこれまでに口にした言葉からその正体を掴んだ。


「ねぇ、アタシ達が教皇様を助けた事がキーってことはさ」

「…………奇遇だな尾羽優。恐らく同じ答えに辿り着いている」

「あ? なんだ?」

「なにか気がついたんですか?」


 これ以上の犠牲は避けなければならない。

 そう考えた那須が周囲一帯を囲うように再度煙を撒き、枢機卿がそれを吹き飛ばすよりも先に意識を失った蒼野を拾い優とゼオスに合流。

 彼らの言葉を聞き康太とアビスが後をせがんだ。


「あいつが口にした神器の名。それにアタシ達が教皇様を助けたっていう事実。で、それらの情報に加えて那須さんに聞きたいんですけど、枢機卿が持ってる神器ってもしかしてどれも賢教由来の物じゃないですか?」

「…………そうっすね。その判断は間違ってないっす」

「…………決まりだな」


 すると優は前提となる話をした上で情報を提示するのを渋る那須から答えを聞き出し、それを聞いたゼオスが真っ黒な煙に包まれる中で確信を抱いた。


「枢機卿の持つ神器の能力は恐らく賢教にいる人の持っている神器を自分が使える能力」

「…………賢教最強の戦士が無残な姿を晒しているのは、恐らく自身の神器を奪われたからだ。でなければ貴様の父はここまでの醜態は晒すまい」

「そ、そうですね。父はその位の事がないと負ける事はないと思います!」

「で、他人の神器を使える条件は名前からして恐らく!」


 固まった彼らは優とゼオスから彼の神器が持つ能力の説明を受け、


「お察しの通りだ。対象から信仰を得ること。平たく言えばある一定ライン以上の敬意や尊敬を得る事が他者の神器を使えるようになる条件だ」


 その最後の最重要部分を、枢機卿は隠すことなく説明。

 最初と同様に余裕を感じさせる歩みで近づいて来る彼に対し、固まっていた全員が慌てて視線を向けた。


「他の点についても完全に合ってるよ。君達の言う通り、神器を奪わずにあの馬鹿に無傷で勝ち越すのは流石に私でも不可能だ。欠点があるとすれば、一度使った場合、また信仰を集める必要があることだね。だからたぶん、彼から神器を奪う事は二度とできまい」

「自分の持つ神器の能力の要点を語るとは、枢機卿様はずいぶんと親切なんッスね」


 周囲に漂わせている自身の神器に粒子を注ぎながら、いついかなるタイミングで攻撃が来てもいいように身構える康太。


「生かして返す予定の二人はもう眠らせたからね」

「生かして返す?」

「ああ。私とて鬼じゃない。神の座が目指している『果て越え打倒』。その核となる二人くらいは生かして返すさ」


 彼の語る内容は全員をここで殺すと思っていた彼らにとってはかなり意外なもので、康太に続き全員が身構えつつも少々の驚きを覚えるのだが、


「まあ逆に言えば」

「「!!」」

「残りはみな死んでもらう」


 殺意を孕んだ言葉を前に身構えていると枢機卿は僅かに体を屈め、


「まずは君だ戦士長。得難い人材を失うのは心底残念だが、この能力を知った以上残しておくわけにはいかない」

「これは!」

「目には見えないけど……巨大な手!?」


 すると那須を残した面々は目視できない巨大な腕に掴まれ明後日の方角へと吹き飛び、


「おいおいマジっすか」


 その様子を見届け、もはや不安要素はないと確信を抱き突撃してくる彼の一撃を受けきると、那須は枢機卿が手にしている武器を見て顔をしかめた。


「我々賢教の者の場合、同じ神器がないとは限らない。それだけの話だが?」

「つっても同じ神器の使い手と戦う事になるのはホントに稀でしょう!」


 なぜなら枢機卿がいま手にしているのは彼が取得している神器と完全に同じものであり、長年担い手として使ってきた彼に負けない勢いで使いこなしていたのだ。


「ギアを一つ上げよう」

「く、そぉっ!」


 その状況で枢機卿は指に嵌めている指輪をいくつも輝かせ己が身を強化。

 それによりさらに勢いを増した攻撃のは一秒前などとは比べ物にないもので、那須は急速に追い詰められていく。


「終わりだな」


 その末に限界を超え、体を守るように動かしていた腕の動きが僅かに硬直。

 枢機卿がそう言葉を発すると同時に撃ちだした蹴りが神器を持つ那須の手の甲に直撃し、無防備な胴体が彼の前に広がる。


「はぁっ――――!」


 その状態で飛びこんできた神器の一撃を彼は耐えきる事ができず、深々とめり込んだ影響で彼の内臓は潰れ、大量の血が口から吐きだされ自身の神器と黄緑色の半透明の床を濡らした。


「と、たぁっ!」

「む」


 だがその結果は押し負け始めた時点で覚悟を決めていた彼の想定の範疇だった。

 ゆえに腹が抉れ大量の血を吐いても彼は手にしていたパイプ煙草型の神器だけは手放さず、超至近距離に迫ったこの瞬間に全てを賭け、神器を握る掌に万力の如き力を宿し、全身全霊という言葉がふさわしい様子で振り下ろした。


「残念だが」

「あ」

「私は君からも十分な信仰を得ている」


 けれどもそれは彼の頭部に届くよりも先に掌から消えており、彼の見ている前で枢機卿は同様の神器をもう一本装備。

 至る結末を前に覚悟を決めてしまい足を止めた那須の頭部に、先程まで自身が手にしていた跡で後である血痕が残った神器が降り下ろされ、床を濡らす血の華が咲きほこった。


「那須さ――――」


 自分たちを守るために現れた強力な援軍が崩れ落ちる姿に、誰もが絶句し声を吐きだす。


「君もここまでだ」


 その一瞬の間にこれまでにない奇妙な感覚が康太を除いた面々の身を襲い、気がついた時には枢機卿の姿は顔を隠した少年二人の兄貴分の側にあり、


「臨獄の印鑑」


 静かに、しかしはっきりとした物言いをしたかと思えば手にしていた印鑑が何度か彼の膝に押され


「!?!?!?!?」


 その瞬間、彼は額を銃弾で撃ち抜かれ大地に落下し、それから両手と両足が千切られたところで意識を失った。


「なにをしたぁ!」

「近づいた事についてかな。それとも彼に使った神器の能力かな。前者ならまあ神器を持ってる君なら分かるだろうが、時間を止める能力を備えた神器を使った。後者に関してはこの『臨獄の印鑑』の能力だ」


 ただそのような悲惨な体験をしたはずの彼の体には一切の損傷が見当たらず、突如膝から崩れ落ちたようにしか見えなかった姿に康太は声を荒げ、そんな彼に対しクライシス・デルエスクは懇切丁寧に説明を行った。


「元々は敵から情報を吐かせることが役目だった百年ほど前まで生きていた拷問官が持っていたものでね。この印鑑に打たれた人物は、様々な死の瞬間を体験させられる」

「死の瞬間?」

「ああ。彼の場合だと『銃殺』と『八つ裂き』だね。彼はそれを行われた際に得る死の瞬間の痛みや喪失感を味わって意識を失った。戦闘職の人間ではないようだからね。これで十分だと思ったんだよ」


 淡々と語られる神器の内容は彼らの背筋を凍らせるに十分なものであったのだが、ゼオスだけはその奥に潜んでいた真の恐怖を理解した。


「…………待てクライシス・デルエスク」

「どうしたのかなゼオス・ハザード?」

「貴様は今、その神器の担い手は『百年ほど前まで生きていた拷問官』と言ったな」

「「あ!」」

「…………まさか貴様の能力は」


 信じられない事実を確認するように尋ねるゼオスに、彼に続いて意味を理解する子供達。


「そうだ。私の神器が使える神器は生き残っている者だけではない。たとえ対象が死者であっても、私への信仰があれば使う事ができるんだ。こんな風にね」


 するとその言葉の意味を思い知らせるように枢機卿は前西本部長ゼル・ラディオスの持っていた神器『賢者の魔針』を虚空に展開。


 ゼオスに康太。優にアビス。そして聖野。

 そんなまだ幼さを残した戦士達を相手に、絶望の雨を注ぎ始めた。




 

ここまでご閲覧していただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


デルエスク卿無双その2。

書いてて思いますけどすがすがしいまでに彼は強いです。


彼の持つ神器の能力は他者の神器を自分が担い手として使えるというものですが、

本編で語った条件や制限を箇条書きでまとめると


・対象からの信仰(尊敬や敬意)を一定以上得る

・使える神器は賢教由来の物のみ

・使える回数は溜まった信仰を使いきる事で一度のみ

・信仰さえ得ていれば死者からも使える


という感じです。

彼が最大派閥である過激派をまとめているのはこの条件に関してでもありますね。


それではまた次回、ぜひご覧ください!




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