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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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暴君宣言 一頁目


 蛇に睨まれた蛙の気持ちを表すとするならば今の自分のような心境なのだろう。

 目の前の存在と目が合った瞬間に蒼野が抱いたのは、自らの矮小さを思い知らされるような気持ちだ。

 金縛りで動けなくなった体に、隣にいる聖野にまで聞こえてしまうほど大きな心臓の鼓動。視界はやけに鮮明なのに、物事を考えるという事がうまくできない。

 それでも前を向くことだけはけっしてやめない蒼野と聖野の姿を見て、門の前で待ち構える男は嬉々とした声を漏らす。


「クカカ! コンばんワよりモ……先ニハジめましてと挨拶するベキでしたかね?」


 抑えきれない笑みはすぐに爆笑へと変わり、対峙する蒼野と聖野の健気にも自身に向ける敵意を前に笑みを深める。


「マア、そんなやさしくスル筋合いはナイのDEATHがネ」


 耳障りの悪い声でしゃべり続けるパペットマスターを前にして、現状の確認を行う二人。

 前方にはこれまでとは違う姿をしたパペットマスターらしき人物が立ち、そこから少し離れた位置に出口が見える。

 つまりちょうど出口と自分たちの間にパペットマスターが居座っている状況。

 逃げたいという思いから足は後ろに下がりかけるが、蒼野はそれを必死に耐え、思考に集中。


 初めて賢教に訪れ出会ったあの仮面を被った狂戦士と比べた時、目の前の男はどのように映るか?


 自身に対し自問自答を行うこと僅か一秒。

 足から全身にかけて広がっていた震えは未だ残っていたが、逃げたいという誘惑には打ち勝つことができた。


「逃げるつもりはないってか?」


 その様子を横目で確認し普段と比べ鋭い声を飛ばす聖野。


「ああ。めちゃくちゃ怖いけど、少なくとも今すぐに逃げる必要はないと思った」


 そう言ってパペットマスターを睨む蒼野を確認し、彼が蒼野の背中を叩いた。


「いてぇ!」

「正直、こっから逃げようとするそぶりを見せたら善さんの真似して叩いてやろうかと思ったからよかったよ」

「叩いてるじゃん……」


 豪快に笑う聖野を前に、釈然としないという気持ちを精いっぱい込めた言葉を吐く蒼野。


「さて、向こうもご丁寧に待ってくれてるみたいだし、こっちもやる気を出してくれたみたいだし、気合い入れて倒していきましょうかね!」

「相手は『十怪』遥か高みの格上だ。手段はあるのか?」


 蒼野の問いに対し、目を光らせる聖野。


「侵入の前に話した例の奴を使う。だからお前は、サポートに徹してくれ」


 そこまで聖野が話した所でパペットマスターが薙ぎ払うように左手を動かす。

 横一文字に振り回された糸が二人が目で追えるギリギリの速度で迫ると、蒼野が前に出て剣で防ぐ。


「クッソ! これが糸の重さかよ。両腕が痺れるくらい重ぇ!」


 細く儚い姿に似合わぬ重さに歯を食いしばり耐えきる蒼野。それを見たパペットマスターが楽しげに笑う。


「第二撃来るぞ!」

「マジか!」


 飛びあがり振り下ろされる第二撃に対し、両手で剣の柄をしっかり握り必死の思いで防ぎきるが、糸の威力に押され、コンクリートで舗装された地面ごと体が沈んだ。


「クカカカカ!! いつマでやセ我慢ガ続キますカネェ!」


 迫る糸の一撃を前にして防戦一方の二人であり、それを見たパペットマスターが荒ぶり攻撃を続ける中、二人が徐々に下がっていく。


「さっさト大地とキスをしてくだサイ。私ニはまだ仕事が残っているノDEATH!」

「やっぱお前の目的は…………」

「優が連れている人達か!」


 当たり前の事を確認する二人に対しパペットマスターは何も答えない。

 ただ目に見えぬほどの速さで両腕を動かし、二人を責め立て、徐々にだが追いつめていく。


「聖野。俺の時間回帰とあいつは相性が悪いんだ。あいつに届く前に、恐らく何か別の物体に当てられて防がれる。だから!」

「わかってるって! ここは任せろ!」


 蒼野の叫びに対し聖野が応じ、


暴君宣言タイラントスペル!」


 その手に真っ黒な球体を形成した。




「ところで、俺は聖野についてよく知らないんだけど、教えてくれないか?」

「んー?」


 時はホテルでの会話にまで遡る。

 ヒュンレイが聖野に蒼野の能力について確認し、蒼野が備え付けのベットの上で胡坐を掻きながら優と工場内の地図を見ている最中の事だ。

 蒼野がふと気になったというような様子でそう口にした。


「わからないっていうのは、俺の過去か? あんま語りたい内容じゃないんだけどな」

「悪い。誤解させる言い方だったな。俺が知りたいのは、蒼野の戦闘方法についてだ。でも、過去については語りたくないのか。なら聞かないように気を付けるよ」

 聖野の答えを聞き返事をする蒼野だが、それに対して腕を組み聖野は渋い顔をした。


「正直教えたくないなぁ」

「えぇ」


 聖野の断固拒否するという言葉を聞き、蒼野の口から脱力しきった声が漏れ肩を落とす。

 すると優が聖野の方に顔を向け面倒な事を言うなという様子で聖野をじっと見つめ、そのまま口を閉じているのが辛くなったのか嫌々といった様子で口を開けた。


「…………ヒュンレイさん」


 断固拒否するといった様子で助けを求める視線をヒュンレイに飛ばす蒼野。

 それを受けたヒュンレイもまたため息を吐き、困った様子で口を開いた。


「蒼野君。別に聖野は意地悪で隠しているわけじゃないんですよ。情報というのは、戦いを行う上で最も重要な要素たりえるものです。必要がないのなら、話したくないという気持ちは十分理解できます」


 戦いにおいて情報は何物にも代えがたいものだ。

 初見同士で戦えば負ける戦いも、相手の情報を前もって知っていたため勝利することができたという事は多々ある。

 そのため強い戦士の情報はそれを得るために命の奪い合いや金銭での取引をされることも普通にある。

 聖野が怯えているのはその点だ。


「だからまぁ、君のその気持ちはよく分かりますよ聖野」


 ヒュンレイもその事については十分理解しているため、彼のその行為に対して同意の意を示す。


「ただ…………今回は教えておくべきですよ聖野」

「え?」

「君は、自身の能力についてしっかり話をするべきだ」


 が、全面的には同意せず、彼の考えを汲んだうえで、蒼野の言葉に賛成した。


「今回は必要ないんじゃないですか? 潜入任務ですよ」


 不服とばかりに息を吐き、ヒュンレイに食ってかかる聖野。それに対しヒュンレイは首を左右に振る。


「それでも今回は教えておくべきです」

「…………蒼野と一緒に戦う事になる可能性がある、からですか?」


 言外にそんな事はただの視察ではありえないという気持ちを込め言いきる聖野。


「もし万が一の時があった時、君はその情報を出し渋ったゆえに死ぬつもりですか?」

「………………」


 そんな様子の彼に対し、そんな無様な死はないだろうとヒュンレイは言いきった。


「絶対にないと思うんだけどなぁ。それを避けるための『アトラー』との協力任務何だけどなぁ」


 それはありえないと思いながらも、ヒュンレイの言葉には賛同し手を合わせ黒い球体を出現させる聖野。


「一応言っとくけど、絶対に秘密にしてくれよ。んで見せるのも一度だけだ。こいつを無理矢理消すのは結構疲れるんだ」


 渋々、絶対に教えたくなかったという様子で一つずつ説明を行う聖野。

 そんな数時間前の自分自身をしこたま殴って更生させたいと、パペットマスターと対峙し能力を発動した聖野は考えていた。




「あれは?」

 その球体は二人を追いつめるパペットマスターの目にもはっきりと映り、警戒心から手を止めた。

 小さな小麦色の肌をした少年が虚空に作りだしたのは、光を一切通さないと言わんばかりの漆黒の球体。

 それは徐々に膨らんできたかと思うと使い手である聖野と同じ程の大きさにまで巨大化し、主の真横に並び立つ。


「……フム」


 パペットマスターの今の目的は、この工場地帯にいる住人の皆殺しだ。それを考えればここで足止めをされるのは心底不服な事だ。


「クカカ!」


 ここで無駄に時間を使うつもりはない。

 その確固たる意思と共に嘲笑を顔に張りつけ、これまで同様腕を奮うパペットマスター。


「喰え」


 活発な少年の口から発せられたとは思えぬ、低く唸る声。

 まるで獣が発するそれに呼応するように黒い球体はゆらりと動き、


「ナッ!?」


 一瞬の事であった。

 目に捉えるのがやっとというほど機敏な速度で巨大な球体は動き出し、二人に向かって伸びていく数多の糸を瞬時に飲みこんだ。


「!」


 人形師にとっての脅威はそこでは終わらない。

 黒い球体は動きを止める事なく尋常ならざる速度で動き回り、上下左右に移動しながらパペットマスターの元へと向け進んでいった。


「むゥ!」


 パペットマスターが踏んだ地面から木の幹が現れ、瞬く間に成長し盾として立ちふさがる。

 が、それは盾としての機能を発揮することなくパペットマスターが利用する強靭な糸同様に飲みこまれていく。


「…………」


 その様子をしっかり双眸で捉える聖野。


「裁き(エグザ)!」


 彼はパペットマスターと黒い球体の距離がおよそ五メートル程になった瞬間声をあげ、その声に反応し黒い球体は静止。


 が、人形師は警戒を解かない。

 黒い球体はただ動きを止めたわけではなく、彼の目の前で真っ黒なひし形に形を変えたからだ。


「セット!」


 人差し指と中指を合わせ、それをパペットマスターへと向ける聖野。


 それが始まりであった。


 光を一切通さない黒いひし形はその表面から無数の枝を生じさせ周囲に展開されていき、その全てがあらゆる方角からパペットマスターへと向け飛来した。


「…………コレは曲者DEATHね」


 聖野を中心に回り込むような動きをして無数の枝による同士討ちを狙うが枝同士はぶつかったかと思えば反発し合い、明後日の方角へと向いたかと思えばパペットマスターへと切っ先を向け襲い掛かる。

 視界全てを押しつぶすように広がるそれは、物量による圧倒的な蹂躙劇である。


「なラば全て破壊すればイイだけDEATH」


 が、パペットマスターは気圧されない。

 形態が変われば先程までの吸収効果はなくなった可能性がある。


 そう考えたパペットマスターが糸を伸ばし迫りくる無数の枝へと伸ばしていくと、彼の予想通り糸はこれまでのように飲みこまれることはなかった。


「ちィ! 固いじゃないDEATHかッ!」


 が、その固さは想定を上回るものであった。

 粒子を圧縮したコンクリートや鋼鉄を容易く斬り裂く糸が切り刻むことができず、僅かに押し負けている。


「逃がすか!」


 そうこうしている内にも黒い木の枝は絶えることなく伸び続け、大地を削りながらもパペットマスターがどのような方向に向かおうと追尾を続ける。


埒が明かない


 糸による破壊ができないと考えたパペットマスターが枝の破壊を諦め、代わりに自身へと伸びてくるいくつかの枝を糸で掴む。


「クカカ!」


 そのまま掴んだ糸を、渾身の勢いで持ちあげる。

 すると糸は真上を通る無数の糸に衝突し明後日の方角へと移動させ、同じように真下へ移動させると今度は下にある糸を地面に沈めた。


「っ」

「まっタク……私の糸で切れナい物体など久方ぶりにみましタよ」


 およそ一分間続いていた追いかけっこが終わり、無傷のパペットマスターが息一つ乱すことなく聖野を眺める。


「…………そこカらDEATHか」


 そうして睨み合いを続ける中、『十怪』の一角がそう呟き右腕を振る。


「う、ぐ!」


 何もない虚空へと振り下ろされた奇妙な手の動き。

 その意味を証明するように空間が揺らいだかと思えば風の衣が掻き消え、縦一直線の切り傷を体に刻んだ蒼野の姿が顕わになった。


「……………………フム」


 その姿を目にして、パペットマスターはすぐに疑問を覚えた。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


さて本日は聖野のターン。

これまで戦闘シーンがなかった彼の力の一端が見れる話です。

今回の話では出てきませんでしたが、聖野はこれに加えて善から教わった格闘術を利用し戦います。


あ、それと近々第一話を大幅改定し、あらすじも変更すると思うのでよろしくお願いします。

そちらについてもいい意見があれば、感想で教えてくだされば幸いです。


ではまた明日

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