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『未知』を駆使する者


 突如現れた人物を前に彼らは一瞬ではあるがここが戦場であることさえ忘れ意識を注ぐ。

 それほどまで彼は怪しい人物だった。


「ゼオス、お前あの味方ヅラ知ってるか?」

「…………知らん」


 ゼオスと聖野は屋内全体に響いた溌剌とした声を聞き疑問を抱き警戒心を引き上げ、


「っ!」


 康太はそれに加え忌まわしい孤島での記憶を思い返し、苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。


「!」


 それらと比べれば那須の顔にはある程度の余裕が浮かんでいたのだが、自身が対峙する男の顔を見て彼は驚愕で表情を染めた。


「貴様は…………何者だ?」


 これまでこの戦いの趨勢を完全に支配していた枢機卿が、驚きと不快感の混じった感情で顔を染めている。それがあまりに意外だったのだ。

 しかしそれも当然だ。

 此度の件において彼は様々なアクシデントに見舞われた。しかしそのどれもが彼の想定を超える事はなかったのだ。


 が今現れた謎の人物だけは違う。

 決して看過することのできないアクシデント、いやイレギュラーだったのだ。

 なぜなら、


「ほう。ずいぶんと警戒してくるじゃないか。私の登場はそれほどまで不都合なのかな枢機卿?」

「…………一つ尋ねる。お前は本当にこの星の、いやそもそも俺達と同じ人間なのか?」


 彼の瞳を通して情報を得た脳は、目の前の存在を人外の類であると判断したのだから。


「おいおい、突然失礼な事を言うじゃないか」

「…………」

「おっと危ない!」


 しかし敵意だけでなく殺意さえ乗せた彼の声を聞いても現れた謎の存在は自身のペースを崩さず、斜め下から襲ってきた細長い壁を空を歩くような跳躍で躱すと、そのまま古賀康太の前に移動。


「おれ…………いや私が味方である証拠がなく疑っているというところかな古賀康太」

「…………わかってんじゃねぇか」

「それは困るとても困る。今後の展開に支障をきたす」

「あ?」

「だから今ここで、君達の手助けを分かりやすい形でしよう」


 その様子を前にクライシス・デルエスクと同等かそれ以上に警戒心を感じさせる声を発する康太であるが、正体不明の男はそんな彼の前で真っ白な服にあったポケットの中を弄ると、彼が見た事も聞いた事もない、拳程度の大きさの球体型の銀色の機械を取り出し虚空に浮かべる。


『対象を確認』

「「!」」


 するとその機械は球体の一部をせり上げ真っ赤なレンズを除かせると人が喋っていると聞き間違うほど流暢な言葉を綴り、レンズ部分を真っ赤に点滅。


「対象の所有する異能をデータバンクから識別。視界に収めたあらゆる事柄の仕組みや動きを、自身が所有している記録や記憶を元に理解する特殊な脳の異能『全能』を保持。この予想の的中率は95%。繰り返しますデータバンクから――――――」

「これって!」

「…………奴の備える異能の正体か」


 誰もが見た事もない機械の動向を見守る中で球体はそのような判断を下し、その瞬間、機械が口にした内容が正しいものであると示す様に、謎の男と球体を圧殺するための壁が上下から現れた。


「…………ロストテクノロジーか。見た事もないゆえに判断が遅れたぞ」


 それを躱した男を前に苛立ちを募らせた声を発する枢機卿。


「現在伝わっているものは大半が武器だが、ロストテクノロジーの用途は戦闘だけに限られた話ではない。日常生活をより便利に行うための物だって存在する」


 彼は現れた正体不明の存在の命を奪うため、純粋な殺意に彩られた壁の神器による圧殺を繰り返し、それを躱しながら謎の存在は気軽な返事をした。


「ああそうだ。これも渡しておこう」

「こいつは?」

「君達が探したものの見つけられなかったクライシス・デルエスクの悪事の証拠。平たく言えば他者を殺害した際の記録だ」

「!?」


 その最中に彼は康太の側に己が身を置き、そう口にしながら小型のカメラを彼らに託す。

 それを聞き康太は酷く動揺するがそれ以上に何かを口にするより早く、男は再び無数の壁を躱す作業に戻っていた。


「隙だらけっすよ!」

「邪魔を!」


 そのようにして現れた謎の存在に対し攻撃を続ける枢機卿だが、それだけ意識を注いでいれば他方に向ける警戒心は散漫になるもので、那須の攻撃を躱した彼はしかし、その間を縫うようぬ撃ちこまれた聖野の打撃とゼオスの斬撃をその身で受けた。


「…………固い」

「いや直接殴った感じだと厚いって感じだ。たぶんカソックに何らかの仕掛けがある」


 がしかし撃ちこまれた打撃と斬撃は二人の言う通り彼の着ているカソックに呑み込まれ、結果として彼は傷一つ負うことなく三人から距離を取り、


「燃えろ」


 たったそれだけの短い言葉と共に指先で虚空に円を描くと、凄まじい密度と量の炎を勢いよく吐きだした。


「おっとこれは辛い」


 するとこれまで回避に徹していた謎の存在は懐から何かを取り出し、


「と、トランプか?」

「見た目だけは、な!」


 それを見た康太が近くに居た彼に聞こえる声で目にした見覚えのある箱の名称を口にすると、彼は少々強張った声で返事を行い、


「だが出来る事はお遊びだけじゃない」


 中身を勢いよく投擲。

 中に入っていた計54枚のトランプは青白い光を放ち、その内の約半分が目にも止まらぬ速さで動いたかと思えば使用者の身を守るバリアを展開していた。


「雷よ――――迸れ!」

「おぉう!?」


 残る約半数が音を置き去りにする速度で飛来し、ゼオスと聖野、それに那須の攻撃の間を縫うように枢機卿の体に向かうのだが、クライシス・デルエスクは様々な形に変化できる泥の塊を駆使しそれらを防御。

 そのまま一瞬で雷を全身に纏い近接戦を行う三人を置き去りにする速度で動くと、手にした雷の槍の投擲でトランプの形をしたロストテクノロジーの守りを容易く破った。


「マジかよあの野郎。聖野やゼオスまで加えた猛攻を捌きながらあそこまで出来るか普通!?」

「驚くことはない。『全能』は様々な異能の中でも間違いなく最強の一角だ。私が見せる初見の攻撃や防御だって、ある程度の動作からどのようなものか奴は想定し対処することができる!」


 もう一人戦力がいればこの男に勝てるという見積もりは甘かった


 いつの間にか警戒心を抱かなくなっていた存在の確信を抱いた言い方を前に康太は顔を歪めそのような感想を抱き、


「いや君の予想は正しいぞ古賀康太!」

「なに?」


 しかし彼の側にまで近寄った彼は片方の肩を抉られながらも、絶対の自信を持ち少年の考えを見通しそう言いきった。


「彼は強い。そりゃもう疑いようがない事実だ。しかしそんな彼にあと一歩で勝てると認識したお前の予想もまた間違っていない」

「ど、どういう事だよ」


 ここが息もつかせぬ戦場であるからなのか、それとも別の理由からかは今の康太にはわからない。

 しかし彼にしてはとても珍しく、正体不明のその存在の言葉に対し悪態一つことなく素直な疑問を口に出し、それを聞いた彼は懐にあったスイッチを押す。


「ちっ。便利な物を持ってるな」


 すると二人の姿は消えるのだがそれを見てクライシス・デルエスクは舌打ちする。

 なぜなら彼が己が異能を発揮できる条件は相手を視認することが必要であったからだ。


「が、無駄だ」


 しかしそんな最も原始的な対応策に動じるほど彼はやわではない。

 このような場合のためにと用意しておいた策のうち一つを発動させると、残る面々の制圧に意識を傾け対処を始め、


「!」

「なっ!?」

「あれは」


 その十数秒後、誰の目に見ても明らかな光の柱が天を貫き、


「行くぞ」


 絶対の自信を抱き、たった十数秒の沈黙を打ち破り、古賀康太は新しくなった自身の姿を現した。

ここまでご閲覧していただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


突如現れた謎の人物、それに対するクライシス、デルエスクの反応と彼の力の一端。そして康太に起きた変化。

短いながらかなりの要素を詰め込みました。

康太の変化に関しては次回。この戦いの折り返し地点となる話になります。


謎の人物が使った様々な機器やら武器は全てロストテクノロジーのカテゴリーです。ゲイルや雲景が使ったものも含め、今回の話はロストテクノロジーのバーゲンセールですね。


あとクライシス・デルエスクの持つ異能『全能』に関して捕捉しますと、彼の能力は見た者全ての効果なりを無条件で知る事ができる能力ではありません。

基盤となる知識や経験があった上で、考える手間を省いて最適な解を導くという異能です。無条件で答えがわかる類の『能力』カテゴリーと比べれば前提条件が結構面倒なんですが、脳機能の異常発達という『異能』のため、神器によって無効化されないという特大のメリットもあります。

彼はこの異能を活かすため、相当量の知識を身に付けています。



それではまた次回、ぜひご覧ください!


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