阿僧祇楼壁 二頁目
「俺と」
「…………俺を殺すか。誰かを殺さなければならないとなるのなら、妥当な選択だな」
「だろう」
賢教最大勢力を率いる男の死刑宣告に等しい発言。
もしそれを受けたのが蒼野や積ならば話は違ったのだが、常在戦場の心構えを幾分か行っている両者はさして表情を変化させることもなく気を引き締める。
「テメェ!」
「とっ。危ないな古賀康太」
そんな二人と比べ強烈な敵意の情をむき出しにしているのは康太であり、怒声と共に撃ちだされた一発の銃弾をクライシス・デルエスクは首を傾けるだけで躱し、気軽な声で言葉を返した。
「蒼野をどうした!」
そんな彼の声に答える気がないという様子の怒声を耳にし、表情を消すクライシス・デルエスク。
「あの場所に閉じ込めた。当然の対応、いやかなりやさしい対応であると自覚しているよ」
その状況から口にした言葉を聞き康太は苛立った様子で舌打ちするが、その裏ではその場にいる多くの戦士達が蒼野を閉じ込めた木の箱に関する考察を繰り広げていた。
『木の箱ってことは神器で閉じ込めた感じか?』
『アタシは直接見たわけじゃないから断定はできない。けど多分そう。あの中からそこまで傷を負った様子のない蒼野の反応があるわ。結構暴れてるようだけど、神器が相手じゃ分が悪いかも』
『那須さんと同じく私もあの神器については知っているんですが、枢機卿は今、出した壁を土台に新しい壁を出したのでしょうか?』
『たぶんそうです』
なおも怒りを晒す康太の様子が考察のための時間稼ぎであると正確に認識しながら数十秒かけて彼らは正しい答えに辿り着く。
『…………どのような形でああなったかがわからないのが痛いな』
『つっても神器『阿僧祇楼壁』の能力は間違いなくさっき語った通りです。となれば伸ばした壁の先端から更に伸ばす、なんて動作で行ったとみていいんじゃないっすか』
『素早い構築が行われるにしてもワンテンポは必要ってことか』
そのまま彼らはその対応策まで話し終え、
「康太!」
「あぁ!」
最前線で時間を稼ぎ続ける仲間へと呼びかけるとそれに応じるように煙幕弾を発射。
それが地面に衝突し、内部に溜めていた黒煙を周囲に散らせ彼らは一気に四方に飛び散る。
「悪いが」
「「!」」
「君達の好きなように動かせるつもりはない」
その未来を彼らが対峙している男はあっさりとひっくり返す。
「今のが」
「蒼野を閉じ込めた方法か!」
彼らが目にしたのは銃弾が地面に接触するよりも早くそれを囲うように地面から生えてきた四枚の小さな壁。
それは一瞬で銃弾よりも高い位置にまで伸びたかと思えばその内の一つが蓋をするように新たな壁を発生させ、煙幕が生じるよりも早く完全に包み込んだ。
「さて次は尾羽優か原口積辺りを狙うとしよう。厄介な回復を行える尾羽優の方が先か?」
そのまま優雅な足取りで正方体の小さな壁に近づいた彼はそれを明後日の方角に蹴り飛ばし、複数の敵対者を前にして呑気にそんな事を口にした。
戦いにおける勝利の鉄則はなんだ
なーんて事を聞かれた場合、色んな人が色んな答えを返してくれると思ってる。ちなみに俺の場合は戦わない事。戦わず負けなければそれは『勝ち』なんて方法だ。前に兄貴に行ったら軽くだけど叩かれた。
とまあそんなちょっと昔の話は置いとくとして、この話を真面目に突き詰めていくと結局は二つの回答に絞られると俺は思う。
「どうした諸君。俺を倒して、新しい未来を手に入れるんじゃなかったのか?」
「クソッ!」
「…………思うように動けんっ」
それは至って単純。
自分にとって最高のコンディションを発揮できる環境を作る事。
そして相手が嫌がる事を延々と続けることだ。
「待ってろ優。援護を」
「それを許さない事くらいもう十分にわかってるだろう?」
で、俺達の前に立ち塞がる枢機卿の場合は徹底的に後者を行うタイプだ。
狙った相手に対し直線的な斬撃と変則的かつ拘束可能な泥による搦め手を混ぜ、他の者は壁の神器で徹底的に動きを封じる。
前へ進もうとすれば道を阻み、左右の動きでそれを躱そうとすればそれもさせないと大小様々な壁を出す。
そうやって戦いを続けていると、接近戦は無理だと理解し遠距離戦に切り替えるわけだけど、そうやって放った攻撃も全て床や横の壁、果ては出した神器から更に生えてきた神器で阻み尽くす。
「そこだ」
「うぉあぶねぇ!」
もしかしたらじっくりと考える時間さえあればうまい攻略法も思い浮かぶのかもしれない。
けどちょっとでも足を止めると枢機卿はそいつを捕縛するために蒼野相手にやったみたいな籠を展開するため、その選択肢もすぐに奪われた。
結果俺達は数分のあいだ、奴の掌の上で完全に翻弄され続けることになった。
「このっ!」
「躱した動きにさえついて来る拳か。流石は原口善の一番弟子。いい腕だ」
これに対する最も簡単な対処法はたぶん俺だけじゃなくみんながわかってる。
一対一を行う奴が枢機卿をしばき倒す事だ。
そうなりゃあいつは周囲に向けるだけの意識を減らし、そっから一気に瓦解していくはずなんだ。
けど枢機卿はその面に関しても完璧に近い回答をくれやがった。
というのもこいつは接近戦に関して言えばゼオスと並ぶかそれ以上に強い優を相手にして終始優勢な立ち回りを行い、それこそさっきなんかは捨て身で攻めてきた聖野とゼオスを三人を相手にしても問題なく対処しやがった。
残るは三人より強いであろう戦士長の那須さんだが、あの人はアビスちゃんに対する攻撃の対処で足止めされ、結果最前線で戦うのは中々難しい状況になっていた。
「こんの!」
戦っていくうちにわかってきたことだが枢機卿が扱える属性は今のところ三つ。
身体能力の向上を主体とした地属性。斬撃に付与する形で使う炎属性と、同じような使い方に加え反射神経の向上のためにも使っている雷属性だ。
「魔眼の類、いや違うか。とにかくなんか『異能』を備えてるな」
で、これ以外にも何らかの魔眼ないしそれに近しい『異能』を備えているっていうのが俺の判断だ。
だからその正体を突き止めることこそが勝利の鍵なんだろうけど、二分三分と戦い続けてて、俺は嫌な胸騒ぎを覚えていた。
「そろそろ仕舞いにしよう。私も君達と同じく二時には日常業務に戻りたいんでね」
「っ!」
隙の少ない攻撃は手首を動かすだけの簡単な動作で流し、大ぶりな攻撃が来ればそれに合わす動きで迎撃し、真正面から打ち砕く。
言いたかないが、ものすげぇ理に沿った綺麗な動きだ。
そしてそんな動きを軽々と行うこいつを見てると、考えたくもないが最悪の類の答えに辿り着いちまう。
「悪いがこの神器は防御型だ。以前報告に上がっていた相手や自分を滑らす君の能力は使えない」
コイツは恐らく、俺達とは別の次元にいる存在だ。
ミレニアムの部下はもちろんのこと、ギャン・ガイアやシェンジェンみたいな『十怪』クラス。アニキやレオン・マクドウェルみたいなそれさえも一方的に潰せるであろう人ら。
そいつらよりも更に先にいる。
それこそフォーカス兄弟やシュバルツ・シャークス、果てはガーディア・ガルフの座す、至高の領域に近い位置に、
「!?」
「あとがつっかえてるんでね。尾羽優。君は原口積と一緒に退場しろ」
そんな嫌な予感に襲われていると俺の体が浮遊感に襲われており、その原因が何かと周囲を探ってみれば、さっきまで俺がいた場所から小さな壁が飛びだしている事がわかり、
「ちょ、積!!」
「うわっ!?」
そんな事を考えている間に俺の体は優の体に衝突し、目の前の男に意識を注いでいた優は受け身一つ取れずに前もって用意されてた神器の壁にぶつかり、
「これでやっと尾羽優」
「っ」
「それに原口積を捕獲か。全く、たまには体を動かさなければな。鉛のように重い自身の身が恨めしい。運動する週間でも作るべきか?」
優は立ち上がろうとするものの間に合わず四方八方を囲まれ神器の箱に閉じ込められ、俺も自分を踏みつける足の信じられねぇ膂力に対し、なに一つ抵抗することができずに打ちのめされ、体を泥で固められたあと、蒼野や優と同じ結末を辿った。
で、その時に悟っちまった。理解したと言ってもいい。
俺達はこいつに勝てない。
少なくとも現状の戦力ではただいたずらに時間を消費するだけだ、と。
ここまでご閲覧していただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
分かりやすいデルエスク無双の積視点。
一つの物語、しかも賢教の首都エルレインを舞台にした戦いです。
まあ出て来るラスボスはそれ相応に強いです。
で、積の予想についてですがこれは残念ながら大当たり。このまま行けば彼らは負けます。
と言う事で次回からは逆転回。この状況を打破する一手が打たれます。
その正体とは
それではまた次回、ぜひご覧ください!




