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阿僧祇楼壁 一頁目


「!」

「お出ましですかい!」


 戦いの始まりを告げる攻撃が防がれた。しかしその事実を前にしても彼らは誰一人驚かず、油断なく部屋全体に意識を向ける。


「……古賀蒼野」

「ああ。以前見た壁の神器だな」


 そのような反応ができたのは彼らが以前アビスの正体でこの訪問に訪問した際にその神器を一度見たからであり、多少の余裕を持った彼らは周囲の光景が大きく変化している事に気がついた。


「ここは」

「空間転移の類か?」

「いや違う。もっと単純だ。部屋自体が非常時の際に使用される戦場形態に変化したのだ。先程までのままで戦えば、あいつの部屋が粉々になるからな」


 彼らのいる部屋はいつの間にか先程康太達が閉じ込められた部屋よりもさらに広い状態に変化しており、上下左右がレンガで形成されたとなった、窓一つなく少々鬱蒼とした光だけが灯りとなっている薄暗い部屋に変化していた。


「俺も今の地位に就いて初めて使うのだが、設計事態は知っていたがこれはよくないな。薄暗く閉鎖的な空間というのはそれだけで気持ちが滅入る。この戦いが終わった後にすぐに改造するとしよう」


 周りに戦いに利用できるものはさして存在せず、となれば地力が重要な戦いになる。


「ちと聞いてくださいみなさん」

「ん?」

「那須さん?」


 そう考えている彼らの前でクライシス・デルエスクは呑気にそのような事を呟くのだが、その時彼らの耳にはっきりとした声が聞こえてきた。


「あの神器の名前は阿僧祇楼壁。超高速で壁を展開するという能力です。まあ正直なところ外れ枠ですね」「え?」


 その声は後退し彼らを守るように立ちふさがっていた那須童子から発せられたものであったのだが、彼が口にした内容を聞き彼らは目を丸くした。


「し、知ってるんですか?」


 というのも彼らはこの戦いにおいて最も重要なのは敵対するクライシス・デルエスクが所持しているであろう神器の能力を知る事だと思っていたのだが、それが味方になった神器使いから軽々と知らされるとは夢にも思っていなかったのだ。

 なので聖野が動揺した声を挙げ、彼はそれに対し頷いた。


「うす。まあさっきも言った通り俺達の大半は神器を手に入れる経緯ってのがちと特殊なんですけど、手に入る神器ってのはオンリーワンのもんじゃないんっすよ。デルエスク卿が使う『阿僧祇楼壁』に関してもそうっす。まあ防御力の高さこそ評価しますが、この人数で十分に対応できるはずです」


 それから語り続ける彼の言葉は心強いもので、蒼野達はこの大勝負を前にしても勝機は十分にある事を悟り、気負うことなく全力を出せるだけのコンディションをすぐさま整える。


「少々残念だよ戦士長」

「はい?」


 がしかし、そんな彼の判断に対して枢機卿の口からは明らかな落胆の声が発せられ、那須の口からは疑問の声が漏れた。


「神器部隊を率いる者がこの素晴らしい神器を前にしてその程度の判断しかできないとは。ゼルの後継としての活躍を期待していたのだが、君では少々荷が重かったかな?」


 自身と彼らを阻んでいた木の壁を地の底に眠らせ、一方に拳の倍程度の大きさの土色の球体を、一方に銀の剣を構えた彼はため息を吐き、正面に立つ戦士長いろもなお気だるげな表情を浮かべ、子供たちを含めた全員を視界に収めた。


「壁とは」

「「!」」

「最も原始的な『あらゆるものを阻む障害の名』だ。物理的に、という範疇だけでなく、抽象的な表現でも扱われる『立ち塞がるものの代名詞』だ」

『片方は恐らく能力『泥の沼』。大量の泥を操る能力で軟度を自在に操ったりできて、しかも考えられない量の泥を操れる。もう片方は見たところただの剣ね』

『まあ何らかの驚きスペックはあるだろうけどな。単純に凄腕だとか、属性を付与するとかそういうの』


 そのまま語る彼を前に優と積が敵側の戦力を分析し念話で周囲に伝播。それを受け取った事を示す様に彼らは頷き、


「それを弱い能力と断定するとは。いや節穴だったのは君を選んだ私の目だったか」

「今だ!」

  

 やれやれといった様子で首を振りため息を吐いた彼を前に、優が大津波を起こし視界を奪い、それに合わせる形でアビスや聖野を含めた全員が四方に展開。

 真正面に立つゼオス以外の全員が彼の視線から外れるように動き出し、四方から彼らを囲むと何の合図も必要とせず息の合ったタイミングで突撃を開始し、


「知るといい」

「!」

「数多の壁を自由自在に展開できる。その意味を」


 その大半、蒼野を除いた面々の前に、瞬きすら許さぬほどの速度でレンガの足場から勢いよく古ぼけた木の板が幾重にも重なる事で形づくられた壁が展開され、


「ああそれと」

「なっ!?」

「一つ重要な事を伝えておこう」


 動揺し、一瞬だが意識が他方に向いた蒼野の目と鼻の先に彼は一瞬で移動。


「ちっ……って、え!?」


 距離を取りつつ攻撃をしなければと思った蒼野の音を置き去りにした切り上げを手にしていた剣の切っ先で容易く弾き、同時に彼の退路を奪うように壁を展開。

 背中をぶつけ顔を歪める蒼野に対し土色の球体を向けると球体は沸騰したかのように泡立ち、蒼野の体に巻きつき光速。そのまま動けなくなった状態から逃げ出そうとした蒼野を踵落としでレンガの地面に叩きつけると、彼の四方八方から分厚い壁を展開し、さらにその壁を支点として頭上を塞ぐように壁を展開。

 ほんの一度の接触。時間にして一秒程度の時間で蒼野を無力化した。


「そ、蒼野!」


 すると壁を抜けた康太の口から彼のみを案じるように名が発せられ、


「安心しろ。閉じ込めただけだ。が、全員が全員このような結末を迎えるというわけではない」

「え?」


 そんな康太を安心させる言葉と共に彼は自身のこれからの行いを宣告するために口を開き、


「俺は賢教を経営させなければならぬ立場で、諸君はそれを阻む敵だ。であれば相応の対価を支払ってもらう」

「た、対価?」

「ああ。古賀蒼野と原口積の二人は奴らとの戦いにおける誘蛾灯のようなものだろう。ならば除外だ。古賀康太と尾羽優、それにアビス・フォンデュも罪の有無から除外だ。戦士長も失うには惜しいので除外だ」

「…………」


 語られる内容を前にゼオスは嫌な感覚に苛まれ、


「しかし犯罪者という立場のゼオス・ハザードと神教に所属している聖野という少年は別だ。神の座に此度の行為の愚かさを知らしめる意味も込め、その首を送りつける」

「なっ!」


 その感覚を的中させるかのように堂々とそう宣言。

 困惑する聖野とゼオスを前に剣に炎を纏い、泥の球体を再び泡立たせ始めた。



 







ここまでご閲覧していただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


ついに始まりましたクライシス・デルエスク戦。先手を取ったのはデルエスク卿ですが、蒼野がやられたのは油断半分実力差半分といったところですね。

あそこで驚かずに済んでればもう少し粘れたかも、というところです。


なおデルエスク卿が使ってる神器の読みは「あそうぎろうへき」

あそうぎは単位でして、今回の場合は数限りない高い壁、などという意味で使ってます。


始まったばかりの今回の戦ですが、最初からデルエスク卿のターンをある程度描写できたのでちょっと満足です。


それではまた次回、ぜひご覧ください!


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