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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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狂気の檻の最後の障害


 現れた男の声を聞き、睨みあっていた二人の視線がそちらに振り向く。


「善……」

「おはやい到着で」


 その声を耳にして、ヒュンレイが少々驚いた声をあげ、イスラが苦々しい様子で言葉を吐く。

 そんな両者の視線が突き刺さる中、殺伐とした場の空気など構わないといった様子で善がヒュンレイへと接近。


「久々に派手にやったな。だがもういい、俺が変わる」


 短く、有無を言わさぬ口調でそうヒュンレイの前に立ち、ヒュンレイは膝をつく。


「無駄に寿命を削ってしまいました。もう少し早く来てほしいものですね」

「聖野と蒼野の方に言ってたんだ。無茶いうな」

「ああ。それは仕方がない」


 口から一際白い、もはや吹雪をそのまま吐きだしているかのような息を吐き、ヒュンレイ・ノースパスは崩れ落ちる。

 それを抱えた善は無言で付近の建物にもたれかからせ、再びイスラと名乗った人形の方へと向き直った。


「よう、また会ったな」

「できれば二度と会いたくなかったのですが、ね!?」


 善の気軽な言葉と裏腹に周囲の空気が重くなる。

 蒼野や一般人にも影響が出る可能性があるため抑え込んでいた敵意がプレッシャーとなって、イスラの体を蝕んでいるのだ。


「まああいつらの方も気になるしな。さっさとここも終わらせて、あっちに向かわせてもらう」


 イスラの様子など気にしない様子で好き勝手に語り、拳を鳴らす善。


「君は…………」

「あん?」


 重圧に体を蝕まれながらも人形ある彼に大きな変化はなく、善に対し彼は語りかける。


「自分が思ったように何事も上手くいくと思っているのですか? しょせん一個人である君がこの場に現れた程度で、私の魔の手から全てを救えると」


 真っ赤になった空と月を背に、パペットマスターが語りかける。

 善がかけるプレッシャーものともしないという様子で言いきるその言葉は、お前の考えは見え透いているぞと言っているようであった。


「思わねぇよ。世の中は…………うまくいかない事だらけだ」


 それに応える善の声は蒼野や聖野に見せてきたような力強さが籠っていない。聞く人によっては弱弱しいと感じてもおかしくない声であり、その答えを聞きイスラは目を細める。


「ただ……」

「ただ?」


 しかし彼がそのような発言と空気を醸しだしたのはその一瞬だけだ。

 次の瞬間彼は地面を強く踏み、目に見える範囲の大地に亀裂を入れ、彼らの周囲の大地においては粉々に砕け散った。


「だからこそ足掻くんだよ。いつか全ての願いを叶えるため……足掻くんだよ!」


 言いきり、人知を超えた速度で接近する善。

 そんな彼との間に、イスラはこれまで見せたことのない、巨大な竜の形をした人形を置く。


「そうか。では死ね!」


 そうして、両者の二度目の戦いの火蓋は再び切って落とされた。




「それで、善さんと聖野が気が付いたって言う判別方法ってのはどんな奴なんだ」


 優が先導し残る二人が最後尾で見張りをしながら出口へと向かって行く中、蒼野が気になり続けていた事を小麦色の肌をした少年に尋ねる。


「簡単に言うと、これから遭遇する人たちに対して、逐次お前の能力を使っていく事だ。大人数なら全員を囲んで一気にだ」

「それで本当に判別がつくのか?」

「いや何で能力の持ち主がそんな不安になるんだよ。できるって」


 聖野の答えに蒼野は疑問の視線を向け、それを受けた聖野がため息を吐きながら蒼野を見た。

 が、蒼野からすればその疑問も仕方がない事なのだ。なにせこれまでこの能力の使い方といえばものの修復や怪我の治療が大半で、ここに来てから行った監視の目を掻い潜る方法など考えたこともなかったのだ。


「噛み砕いて言うとだな、お前の能力って生物とそれ以外で戻せる時間が違うんだろ?」

「ああ、生物は五分間だけに対して、それ以外なら五日前まで戻せるぞ」

「じゃあ能力で生物とそれ以外を一気に囲んだとして、五分を超える時間を戻そうとしたらどうなると思う」


 指を立て説明を行う聖野。

 彼のその問いかけを聞き、蒼野は目を丸くした。


「あ!」

「たぶんだけど混ざってる人形たちだけ五分以上戻るんじゃねぇかな。どれだけ精巧な人形でも、生物にはカウントされないだろうし」

「な、なるほど」


 そうやって話を聞くと、蒼野は改めて自分の視野の狭さを自覚させられる。

 蒼野は考えたことがなかったのだ、自分の能力を使い、何かを判別する方法など。


「とにかく急ぐぞ。善さんとヒュンレイさんが引きつけてる間に、俺達は安全な場所にまではなれるんだ」

「あ、見ろ聖野。あそこに生存者がいる!」


 それからしばらくの間、三人だけで走ればすぐに入口まで到達できる距離を彼らは延々と走り続ける。

 怪我が治りきっていない者も含め大所帯で動いており、なおかつ聖野や優の予想より多くの人々が彼らの元に集まってきて、その度に蒼野が能力を使っていたからであった。


「よし、この辺りにもう人はいないぞ!」


 何度目かもわからぬ能力を発動させ、生きている人間を確認して加え、さらに前に進む。

 移動中は蒼野が風の属性粒子を撒き周りの様子を探り、少し離れた人がいたとしても少々の遠回りは覚悟の上で人助けをして行った。


「だけど俺達自身が命の危機を背負ってる中でここまでやる必要があるのねぇ?」

「嫌なら先に行ってもいいぞ。これから先聖野の出番があるとしたら護衛くらいだから、今いる人たちさえ連れて行ってくれればお役目ごめんだ」


 その言い方にわずかに憤りを感じる聖野が、その時蒼野が突然足を止め、それに合わせようと急ブレーキをかけた聖野が躓きかける。


「とと! いきなりどうしたんだよ!」


 そこまで言いかけて気が付いた。蒼野の額や頬から異様な量の汗が出ている。

 その思いもよらない状況に内心で動揺する聖野だが、そうなった理由についてはすぐに辿り着くことができた。


「この先に……なにかいるのね?」

「ああ…………」

「それってもしかして……」

「多分、優の思った通りの相手だ。他に考えられない」


 先頭を走る優に探知の結果を伝え、大所帯が動きを止め、続けて投げかけられる質問に胸を抑えながら蒼野は答える。


「優、俺と蒼野で引きつけとく。お前は生存者を安全な場所まで移動させて、すぐに戻って来い」

「……生存の望みはあるの? 死ぬとわかってる戦いに向かわせる程、アタシは馬鹿じゃないわよ?」


 そうして三人が集まり深刻な顔を合わせると、代表するように聖野が案を出すのだが、優の顔は優れない。


「安心しろって。何せ俺には、アレがある」

「そうね……ええそうね」

「工場内全域の確認が終わったが、待ち伏せしてるらしいのは目の前の相手だけだ。そこさえ避ければ、安全に町を抜けられるはずだ」

「わかった」


 そうして聖野が手から出した黒い塊を見て蒼野の言葉を聞き、優が腕を組んだまま息を吐き、人々を引き連れ迂回を始める。

 それらを見送ったところで、彼らは前へと進み入口へと辿り着く。


「キマしたカ」


 待ち構えていたのは目を閉じた一人の男だ。

 少年から青年へと変化したてとでも言うべき若い風貌に、それに反して色素の抜けきった真っ白な髪をうなじの辺りまで伸ばした姿。

 服装は先程まで戦っていたものと同じスーツの色違いである群青色の物に身を包んでいる。

 そして何より特徴的なのは右手五本の指から垂れている緑色に発光している糸と、その先に繋がっている小さなピラミッド状の物体。

 その男は、彼らが辿り着いた瞬間目を開き口を動かし、


「コンばんワ」


 対峙する若き少年二人に対しそう告げた。




ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


という事で少々長かった物語も終盤へ突入。

推定本体様のご登場です。

もうちょっとだけ続いて、もう一回蒼野のストレスがたまるので、ぜひお付き合いください。


それではまた次回


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