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彼彼女らの大きな失態 三頁目


 賢教の首都エルレイン


 人避けの結界である濃霧で包まれたこの場所に昼過ぎの暖かな日差しは届かない。

 無論太陽の光が届かないままでは都市全体が暗いため代わりとなる灯りは無数に用意されているのだが、どこまで行っても人工物の光では太陽が注ぐ自然の恵みには敵わず、降り注ぐ光はどこか味気ない。


「…………私だ。そうか。君達の仕事ぶりに感謝する。日時を開けておくので我らが主の予定も合わせてくれ」


 そんな場所を統治する枢機卿の顔には表情というものが浮かんでおらず、賢教専用の粒子術を用いた連絡を行う仏頂面のその様子は、彼の立場もあり廊下を横切るを竦ませてしまうものに違いない。


「…………良い成果だな」


 がしかしそんな表情とは裏腹に彼の心は晴れやかだ。それこそ彼が今の立場に収まってから最高の気分と言っても過言ではなかった。

 というのも今の彼はここ数年にわたり行っていた一つの事業が無事終わりを迎え、そんな祝福すべき日に前々から頭を悩ませていた科学サイドとの関係にも大きな進展があったのだ。


「これは意外だな。君にしては珍しく機嫌がいい。先程の会議の内容からしてもっと機嫌を悪くしていると思ったぞ」

「いやあの結末は妥当なものだ。それよりも重要なのは科学サイドとの関係さ」


 そんな彼は友のいる私室へと足を運び、数度のノックを行った後に聞こえてきた返事を耳にして中に入る。

 すると多くの者が不機嫌を確信する表情を前にして、旧知の仲であり理解者である幼馴染の老人はその本音を部屋に入ってきただけで捉え、それを聞いた彼は向かい合うように置かれた椅子の上に座り、真正面に座る教皇アヴァ・ゴーントをまっすぐに見ながらそう告げた。


「ほう。それは喜ばしい。どのような収穫が?」

「驚いた事に今日になり突然三賢人が揃ってやってきてね。様々な機器の流通と技術の伝搬を約束してくれた。中でも携帯機器に関する事が大きい。これで我々はこれまで以上の情報網を気軽に敷ける」


 実際にはこの他にも銃を筆頭とした様々な武器に関する取引も行ったのだが、彼は自身の理解者であり友である目の前の幼馴染がそれを嫌う事は分かっていたので口にせず、用意された紅茶とお手製のクッキーを口にした。


「…………うまいな」

「ははは。これだけはお前に負けるつもりは死ぬまでない。言うなれば私の数少ない自慢だ。といっても、少々女々しい趣味かもしれんがね」

「そんな事はないさ」


 謙遜する友に対し頬を緩め、残っていたお菓子と紅茶も瞬く間に平らげ息を吐く。


「流石の君もお疲れかな?」

「ん? ああ。まあそうだな」


 その様子を見た教皇の座がそう尋ねると、彼は他の者が相手ならば決して口にしない本音を零した。

 

「神教との関係に三賢人の対応。この二つがいきなり立ち塞がれば私といえど息くらい吐く」


 正確に言えばこれに加え雲景に対応させている侵入者に関するあれこれ。数年間様々な隠ぺいを行ったうえでの作業。他にも幾つかの案件を抱えていたのだが、それは口には出さずに胸にしまう。


「時間は……12時45分か。そろそろだな」

「おや。まだ何かあるのかい?」


 今日予定していた業務の大半は終わり、残るは13時から予定していたゲイルやシリウスとのランムルで行われている一戦の視聴のみとなった。

 その事について説明すると彼の親友は珍しげな声をあげ、


「なんだと?」


 その後彼が口にした言葉を聞き彼は声色を変えた。




「このタイミングで聖野か!」

「なぁ康太。これは」

「ああ。ベストタイミングだ!」


 紫色の空間を砕くように人間大の光の塊が彼らの前に撃ちこまれ、しっかりとした輪郭が浮き出ると積と康太が希望に満ちた声を発する。

 なぜそのような声を上げたかは単純だ。

 聖野という人間はこのような類の相手と戦う場合、揃えられる戦力の中で最も適任であるからだ。


「気持ち悪い体色の巨人!?」

「聖野!」

「そいつ敵! 俺達の命を狙う悪い敵!」

「うおぉ!」


 康太と積の言葉を聞くと、聖野は撃ちだされた拳と蹴りの嵐を手慣れた動きで躱し、


「暴君宣言!」


 彼を彼たらしめる、万物を呑み込み光さえ通さぬ黒い球体を発現。

 更にそれを縮小化して拳に纏うと自身を圧殺する勢いの拳を紙一重で躱した後に手刀を振り下ろし、何らかの抵抗をさせることなく、自身へと伸びてきていた分厚い幹のような腕を斬り裂いた。


「――――――――――!!?」

「なぁ聞きたいんだけどさ」

「なんだ?」

「こいつホントに人間? すっげぇ気持ち悪いんだけど!」


 天を衝く咆哮をあげる正体不明の敵。

 彼の腕は聖野の一撃により斬り裂かれていたのだが、斬り口から蠢き始めたかと思うと徐々にだが腕の形を取り戻していき、それと同時に彼の全身にも大きな変化が起こる。


 全身の至る所が隆起しだしたかと思えば人間の顔面のような痣が体の至る所に現れ、普通の人間ならば決して発しないような勢いの蒸気を穴という穴から漏らす。

 その結果毒々しい紫色の体色は赤みを帯び、口から涎を垂らし始めたかと思えば地面に落ちた側から嫌な音を立てながら蒸発した。


「っ」

「早ぇ!」


 その変化がもたらしたのはそれまで以上の速度だ。

 50メートルという竜人族に並ぶ巨体ながら子供たち全員の背後を取るような高速移動を行い、これまで以上の速度で拳を振り上げ振り下ろす。


「大丈夫だ。相手が神器使いじゃないってなら、俺の暴君宣言タイラントスペルは大半の奴にとって天敵だ」


 しかしこの場所に突如現れた希望はそのような変化にも完全に対応する。


「相手の回復力がどれだけのものかはわからないけどよ、大半の場合限界がある。姉さんみたいな無制限なのは稀だ。ならさ」


 康太と同等かそれ以上の動体視力を備える彼は攻撃発射の瞬間を確実に捉え、振り下ろされる拳を暴食の球体で呑み込み、


「回復が追い付かないレベルでぶちのめしてやる!」


 そう言いきったと同時に球体の形をひし形の物体へと変化。


「裁き(エグザ)!」


 その形を起動させる呪文を口ずさむと、漆黒のひし形の至る所から枝葉が生まれ、足掻く巨体の全身に突き刺さった。


「ま、こんなもんだな!」

「す、すげぇ」

「――――――――」


 その結果を前にゲイルの口からため息が漏れる。

 康太の銃弾すら完璧に弾いた肉体には鋭利な刃物と化した枝葉が深々と、幾重にも、その動きを完全に静止させるように突き刺さり、巨躯の怪物はうめき声を上げながら傷を修復するが、突き刺さった枝葉を抜くことが不可能だと察すると、延々と上げていた咆哮を止め動きを止めた。


「さぁて、なら俺達をいきなり襲ってきた賢教の馬鹿野郎のご尊顔を拝ませてもらおうじゃねぇか!」

「任せろ積。貴族衆の当主に襲い掛かったクソ野郎として、世界中にわかるようにつるし上げてやるよぉ」

「二人ともノリノリだな。やったの俺なんだけど。まあいいけど」


 その様子を見て積とゲイルの二人が大げさな下衆笑いを行い聖野がやれやれといった様子でそれを見届けるのだが、


(本当に賢教からの刺客か?)


 少し離れた位置で追撃を恐れ警戒をしていた康太が先程と同じ疑問を思い浮かべた。


「ん?」

「世界に罅が!?」


 そしてそのような反応を示していると彼らを包み込む空間全てに輝かしい光を帯びた亀裂が迸り、


「っ!」


 次の瞬間彼らは全員は視界を奪う強烈な光に襲われ、


「こ、ここは?」


 目を開ければ先程まで居た場所に戻ってきていた。


「…………さっきまでいた廊下だな。やっぱあの場所を起点にしてなにかされてたらしい」

「それはいいんだけどさ、現状の説明をしてくれ。遅れちまったけど俺も着いていくぞ」

「そりゃ後でだな。まずは蒼野達と合流だ。ここに居ないってことはゴロレムさんの部屋に辿り着いてるはずだ」


 その後彼らは自分たちが抱いている感想を好きなように喋り、当初の目的地であるゴロレムの部屋へと移動。


「おのれおのれおのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!

 あのクソチビがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 この騒動を起こした黒幕は呪詛のような勢いで唾を吐きだしながらそう呟き、


「やめろ――――――。それ以上はまずい」

「!」


 そんな彼を落ち着かせるような声が背後から掛けられた。






ここまでご閲覧していただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


聖野合流。終盤前の一幕です。

さて次回で康太達は蒼野と合流。そして別方面にいる優たちも動き出します。


賢教を舞台にした寄り道というにはあまりにも大きな冒険。

彼らが迎える一つの結末を最後まで見ていただければ幸いです。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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