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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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超人の域に座する者


 迫りくる人形に視線を向け左足を前に出し右腕を引き、拳を胸の辺りに持っていく。

 無手による拳の撃ちこみだと一目でわかる姿。


「来いや」


 そう呟く善の誘いを聞いてかどうかはわからないが、先頭に立つ人形が一直線に彼へと近づいていく。


 10メートル、8メートル、5メートル、3メートル――――


 そうして両者の距離が残り1メートルという至近距離に到達した時点で善はさらに右腕を引く。

 

 打ち出すか!


 誰が見てもそうわかる善の動作に一歩遅れて、先頭を走る人形が腹を突き出し針山が現れる。


「善さんあぶねぇ!」


 それだけではない、針の山からはおびただしい量の緑色の液体が滴り落ちており、触れれば無事に済まないであろう。

 待ち受ける結末を前に蒼野は思わず叫び声をあげてしまう。


「大丈夫だ蒼野。善さんはそれくらいじゃ止まらない!」


 その返事とばかりに隣で言いきる聖野の声に合わせて、音が響く。

 その音は金属同士が強烈な力で衝突するような甲高いものでなければ、肉を抉るような不気味な音でもなく、かといって拳を発した善の悲痛な叫びでもない。


 重くて鈍い、何かが折れ曲がり変形する、重厚かつ奇妙な音


 それが彼らの耳にした音の正体だ。


「!」


 拳が放たれる瞬間を背後にいる蒼野では見る事ができない。

 しかし確かに聞こえてきた音に続き、弾かれるように先頭に立っていた人形が吹き飛んで行く。


「え? え?」


 勢いよく吹き飛ぶ人形はパペットマスターの脇を抜けさらに吹き飛び、木々といくつかの家屋や宿舎を貫きそれでもなお吹き飛び、この都市を覆うドームにぶつかり四散する。


「え?」


 なんて事のない構えから撃ちだされた一撃の威力が、想像の範疇を容易に越したためか言葉が出ない蒼野。


「っ!」


 対峙するパペットマスターはといえば予想外の事態に呆気にとられたとはいえ、すぐさま善を葬らんと残りの人形を動かす。


「邪魔だ」


 そうして迫ってくる二、三体目を同じように無造作に殴り飛ばし、四、五体目は手刀で両断。

 六、七体目は対応できないほどの速度の動きで地面に叩きつけ、三方向から同時に襲い掛かってきた残りの三体はその内一体の体を掴み、それを振り回し残りの二体共々破壊する。


「こ、こんな事が!」


 パペットマスターが善に放った十体は相手の力量を図るために用意した十体だった。

 秘蔵の作品ということもなければ最強クラスの人形というわけでもないのだから敗北すること事態さして驚くことではない。

 が、その全てが何の武器も使わず、加えて相手の力量も計れず、ほぼ一撃で仕留められたとなれば話は別だ。

 一体一体が並の兵士ならば束になっても敵わないそれらが、型や構えなどもないただの拳によって粉々に砕かれている。


「ぐ……くぅ!?」


 戦いにさえなっていない。一方的な蹂躙。

 ほんの数十秒前まで圧倒的な力で暴虐の限りを尽くしていたパペットマスターが、真逆の追いつめられる立場となり息を呑む。


「さぁて、これでそっちのターンは終わりらしいな」


 掴んでいた最後の一体の体をへし折り、再びパペットマスターへと意識を向ける善。


「こっからは、俺のターンだ」


 男の放つ闘気に僅かに気後れし、一歩後退した瞬間、そう口にした男は目前に迫っていた。


「っ!」


 それから先のパペットマスターの動きは、これまで蒼野達に見せて来た比ではない。

 蒼野達では追いきれない速度で腕を繰り、数えるのも億劫な数の糸を善へと伸ばす。

 しかしそれらが、目標に到達することはない。

 僅かに善が動きだした瞬間、打撃音が響き、背面から飛びだしていた糸を装着している無数の手が一つ残らず破壊される。


「こんなもんか」

「まだですよ!」


 二本の腕の掌から銃口を取り出し、銃弾を乱れうつ。


 がしかし、善は止まらない。


 銃弾の雨を前にしても善は怯むことなく前に前へと進み続け、最初の一発だけを掴み取り自身の体を傷つけるに値しないと理解すると、強靭な肉体で銃弾の雨を受けきり、傷一つない様子でさらに前へ出た。


「っ!」


 それを見て銃弾では埒が明かないと考えたイスラが銃口を放り捨て、両手の指先からこれまで以上の強度と切れ味の糸を生み、鉄の壁さえ容易に斬り裂くそれで再び畳みかけるように攻撃する。

 が、それでも目立った損傷は与えられない。


「化け物め!」


 奥の手とばかりに腹部から巨大な筒状のビーム砲を出すと、木の属性粒子が瞬時に溜まり、緑色の破壊光線を発射。

 直撃させるがそれでもなお原口善という人間は傷が付かない。


「どうやったら止まるというのですか!」


 半ばやけになり勢いよく後方へと下がるが、たった一歩でそれ以上の距離を詰めてくる。


「おらぁ!」

「!」


 そうして打てる手が完全になくなったタイミングで撃ちこまれる一撃は、蒼野達やアトラーのメンバーをさんざん手こずらせた相手とは到底思えぬほどあっけなく、狂気を纏った人形を破壊した。




「終わっ、た?」

「おう、お疲れさん」


 まるで白昼夢を見ているかのような光景だった。

 十数秒の間に繰り広げられた一方的な戦いを終え、原口善はさして苦労した様子もなく戻ってくる。


「善さん!」

「すげぇ!」


 その姿を前にして、周りから歓声が聞こえてくる。

 そうして近づいてくる人々に対し手を振る善だが、その表情が突如強張る。


「くそ、マジかよ!」


 俯きながら掻き毟るその姿は、この場で起きた勝利を喜ぶ様子はなく、むしろ悔恨の念に苛まれているような姿である。


「え、えっと……善さん?」

「悪いな蒼野。もうちっと待ってくれや」


 そう言いながら近づいてくる内の一人の肩を掴み……殴る。


「え?」

「全員動くな!」


 唖然とした様子で声をあげる蒼野を尻目に善は叫び声をあげ、その場に集まった人々の動きを止めた後、続けざまに数人を殴り飛ばしていく。


「善さん、一体何を!?」

「驚かせちまって悪かったな。死体を操形針で操られてる奴らがいたもんでな。そいつらを処理してきた」

「え?」


 声をあげる蒼野を尻目に人々を吹き飛ばした善は、最後にそう言い蒼野達の元に戻ってくるのだが、善の言葉を聞き、蒼野の背筋が凍る。

 その後、善が固めた拳を広げると、そこには長さ5センチほどの木でできた極細の針がいくつも存在していた。


「確か操形針で操られてる奴らは見つけにくいって聖野が…………」

「康太の直感同様、俺にも特殊な『異能』があってな。俺は相手を見るだけでそいつが体から発している粒子を見る事ができるんだよ。

 んで、生きてる人間ならこれが絶えず循環してるからどれだけ微量でも必ず見えるんだが、この針で操って違和感のない動きをできる奴らは大体死人だからな。いくらうまいこと化けても俺には判別できる」

「な、なるほど」

「それよりもだ、確かお前は周りを調べられるよな。あれ使って周りの様子を調べてくれねぇか」

「え? 良いですけどたぶん善さんの方がよっぽど上等な感知技持ってると思いますよ?」


 意外な提案を受けたと驚いた表情をする蒼野。


「いや俺は感知技を一切持ってねぇんだ」

「え?」


 それに対し申し訳なさそうに、少々後ろめたさを感じる表情で伝えられた答えを聞き蒼野の声が裏返る。


「というか善さんは回復技も持ってないわよ。だからアタシが回復技覚える必要があったんだし」

「近接戦闘特化のステゴロ馬鹿だよ」


 それを捕捉するように回復技で周囲の人々の怪我を直した優が聖野と共に二人の側まで近づきそう蒼野に教えると、


「馬鹿言うなし。まあそういうこった。すぐにでも調べて…………」


 善が文句を言いかけたところで、辺り一面に強烈な冷気を伴った風が吹き、一拍遅れて遠くに見える工場が氷に包みこまれる光景を目にする。


「な、なんだあれ……」


 突如銀世界に変わった景色を前に声を上げる蒼野。

 しかし善はというとお目当ての人物を当てる極大のヒントが舞い降りたのを確認し、頭を掻きながらため息を吐いた。


「はぁ……やっぱいいぞ蒼野。探知するまでもなく、次の行き先が決まった。お前らはさっさと住民連れて外へ逃げろ。俺が各所に連絡は入れといた」

「え? 善さん」

「それとだ。操形針撃ちこまれた人形の見分け方について教えておく。蒼野、お前が能力を使え」


 困惑する蒼野に対し、少々早口で説明を行う善。


「善さん、その方法については俺も思いついてます。タイミングも間違わない自信があります。それより早くヒュンレイさんのところに」


 そこに話を遮るように聖野が割り込んでくると、それを聞いた善はこの場を救ったヒーローとは到底思えない悪人のようなにニヤリと笑い、


「聖野がわかってんなら問題ねぇな。それと、厄介な事態になったら俺を呼べ。何とかしてそっちに行く」


 それだけ伝えると空高く飛びあがり、すぐに目の届かないところに行ってしまった。


 そうして


「たく、何マジになってんだよヒュンレイ」

「少し来るのが遅いですよ善。おかげで、短い寿命が更に縮まってしまいました」


 彼は一呼吸の間にヒュンレイの元へと辿り着いた。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


という事で本日分を更新。

善VSイスラ(パペットマスター)です。


いやぁいいですね!

個人的には拳を使った近接戦闘は戦いの華だと思っているので、今回は書いていて楽しかったです。

ただ、まだまだ文章については良くできる余地があると思うので、精進していきたいです。


それではまた次回!

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