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図書室戦線 一頁目


「シハシハシハ」


 奇妙な笑い声と共に現れた存在は異形の人間。

 ごく一般的な人間には決して見えない特徴的な鼻や年季を感じさせる皺。それに灯りを一切通さぬ真っ黒な翼を備えた存在だ。


「康太」

「ああ。気を張れよお前ら。この状況で放たれた刺客だ。並の相手ではねぇはずだ」


 本棚の間からゆっくりとした足取りで現れ撃ちだした銃弾を掴んだその男を前に、蒼野や康太だけでなく他の面々も身構えるのだが、この時点で彼らは大きな失態を犯した。


『ゲイル。レウさん。あいつについて知ってるか?』

『いや、見た事もねぇ。ただまあ、纏う空気が尋常じゃねぇな。恐らく神器部隊の一人だろう』


 それが相手の素性を知らないという事だ。


『どうする。初手から全力か?』

『いや最初から手の内を晒し過ぎたくない。ここは『見』だ』


 これまで彼らは多くの窮地を脱してきた。

 その理由の大きな要因は『準備』を行ってきたからに他ならない。

 この準備というのは修行や装備を整えるという戦闘力を高めるというだけの問題だけではなく、相手の戦闘データを手にしているという情報面の意味が大きい。


 逆に敗北した者の多くは、この情報面を怠った故にその結末を辿っている。

 オーバー、デスピア、デリシャラボラス、彼らは子供たちを侮ったゆえに敗北したのだ。


『…………俺が先導する。貴様らは好きにしろ』


 そのような失態を行ったとなれば、子供たちに待ち受ける未来は想像できる。

 相手が『四星』の一角と知らず子供たちは連携を組み、死闘を予期せず臨戦態勢になる。


「シハシハシハ」


 そんな杜撰な態度を前にしてしまえば、千年前に起きた最も過酷な戦争を経験し、生き延びた今なお賢教の重鎮として君臨している彼からすれば、取るべき手段は決まっていた。


『行くぞ!』

『せーの!』


 会話の内容がばれぬよう念話を行っていた子供たちが一斉に動き出し、固まっている状態から一気に駆け出し一ヶ所集中突破をするように見せかけ、ゼオスが自身の体で隠す様に展開した黒い渦の中へと入って行った蒼野と積が背後を取り、ゲイルと康太が掛けるのを途中でやめ、遠距離から攻撃を仕掛ける。


「一文字」

「「!」」


 それら全てを彼は直接目にすることなく把握し、己が神器の名を唱え、真っ黒な軸に金色の尾骨。真っ白な腹に真っ黒に染まった穂先を備えた巨大な筆を召喚。

 僅かにだが手首を動かし穂先を僅かに揺らしたかと思えば枯れ木のような体を捻らせ、


「フンッ!」

「なっ!?」

「たったの一振りかよ!」


 迫る攻撃全てを、筆の一振りと共に筆先から溢れた真っ黒な墨で防御。


「ふん。これがイグドラシルの奴が寄こしたであろう希望の一手か」

「な、」

「にぃ!?」


 続く一振りで溢れだした墨が本棚や周辺にあった椅子や机さえ呑み込む勢いで周囲一帯に広がって行き、思わぬ光景を前に硬直。

 そのまま流れて来る墨に触れた子供たちは蒼野を除き全員が抵抗する事もできず、かつてない勢いで吹き飛び、周囲の本棚に己が肉体をめり込ませ、頭上から落ちて来る大量の本の下敷きとなった。


「ゲゼルの奴が託したとかいう神器を持っているのは貴様か古賀蒼野」

「!」

「しかし奴も哀れなものだな。自身が後を託した若人が、たった一度の油断で使い物にならなくなるとは」

「この野郎!」


 そうしてただ一人残った自身を前に憐みの念を飛ばす老人相手に吠え、刃に風を纏い抵抗の構えを見せるが、そのまま振り抜いた刃は康太の銃弾同様容易く止められ、


「これで終わりか。なんとも呆気ないものだな」

「ぐ、お。ぉ…………」


 彼が背から生やしている真っ黒な翼の振り下ろしにより、右肩からヘソにかけてを一直線に斬り裂かれ、溢れだす鮮血を大地に湿らせ崩れ落ちた。


「デルエスク殿も警戒しすぎだ。この程度の相手に対し私が出る必要などなかっただろうに」


 その様子を最後まで見届けた老人は本棚に突き刺ささり、大量の本の下敷きになったまま動かぬ面々を前にそう宣言。

 彼らを見る老人の視線は冷めたもので、この勝利に対して感慨の一つもない事が手に取るようにわかった。言うなれば、老人にとって子供たちは勝って当たり前の相手であったのだ。


「!」


 彼が行ったその判断は、千年前の戦いを経験し、同勢力だったためガーディア・ガルフの強さを目の前で見た事がある故のものなのだが、その判断が子供たちに僅かな隙を与えるきっかけとなる。

 言うなれば、これまでいくらかの者が行ってきて、子供たちが今行ったものと全く同じ、油断や驕りである。


「クソが。今の不意打ちが当たらねぇのかよ」

「古賀康太か。確か危険回避の『異能』を備えているとか言う話であったな。直撃は免れたといったところか」

「!」

「空間移動。同じ顔をした餓鬼の片割れか」


 その一瞬の隙を縫うように動けるのが古賀康太という人間であり、彼が動きだせば他の者も動き出す。

 ゼオスが能力を発動し動けぬ状態の蒼野を回復すると、神器から遠ざかった蒼野は自身の能力で傷を修復し、そのあいだ邪魔はさせぬとでもいうように積やゲイルが牽制を仕掛ける。


「みんなー。その人はまずいよー! 今調べてみたけど、恐らく四星の一角『雲景』さんだ!!」

「!」


 加えてもう一つ、彼がしでかした失敗。

 それはこの場に非戦闘員に当たる少年が一人存在し、ここが書庫ということもあり、他では提示されていない賢教内の資料も多々あった事だ。


「し、四星って」

「…………ゴロレム・ヒュースベルトと同格の相手か。これは初手を誤ったな」

「マジか!」


 そうして状況は最初に戻る。

 驚きを抱きながらも子供たちは急いで体勢を立て直し、再度一ヶ所に集まり固まる事で隙を失くし、


「ふむ。戦地に赴くのは久々だが、ワシも衰えたものだ。まさか油断や慢心が原因で獲物を逃がしてしまうとはな」


 それを見た老人が自身の失態を反省しつつ背から伸びている真っ黒な翼を広げるとそのまま己が神器を天を指すかのように掲げ、


「貴様らを捉えなければワシがデルエスク殿に睨まれるのでな。ここは丁寧に、執拗に、隙間なく」

「来るぞ!」

「潰しておくとしよう」


 筆先を細かく動かし、勢いよく振り下ろす。

 それにより起きたものは真っ黒な墨による巨大な津波で、それを前にして子供たちは各々の得物を構え、油断も慢心もなく、本当の意味で戦いは始まった。








ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


エルレイン攻略戦、第一の戦い開始。

とは言っても今回はその始まりに至るまでの顔見せに近い戦いです。

しかしこの時点で雲景殿は神器の能力も発動しておりまして、その考察をするのも楽しいかもです。

個人的は結構強力な能力であると思います。


次回もこの小説の醍醐味の戦闘回。雲景殿の持つ神器の謎に迫ります


それではまた次回、ぜひご覧ください!


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