策謀のエルレイン 五頁目
「お探しの物は三百年ほど前、デルエスク卿出生の頃から現在までの年表でしたね。それでしたらこちらになります。それでは私はこちらで」
「ありがとうございます」
広大な図書室に突入から数分。
彼らは緩慢な歩みの老人についていき目的の場所に到着する。
そこには入口で見た物と同じく天井が見えず深い闇が広がる世界の先まで伸びている本棚が左右に存在し、彼らはそれらを一瞥すると、ここまで案内をしてくれた艦長に感謝の言葉を告げた。
「ありがたい事にオレ達の他にはいないみたいだな。誰も来ないうちに探しものを見つけきるぞ」
「ああ」
「…………承知した」
「そんなすぐに見つかる物なのか、甚だ疑問だけどな」
「弱音吐くなこの野郎!」
その後康太がそう言うと各々が返事を返し素早く行動を開始。
彼らは範囲を四等分し資料を確認する事を決定。空を飛び上へ上へと昇って行った。
「いや待て待て待て!」
「康太、四等分の案は無理だぞこれ」
「みたいだな。いや凄まじいなこの量は」
しかしその案はほんの数分で不可能であると彼らは思い知らされた。
というのも四等分するために上へ上へと昇っていた四人だったのだが、頂上が三キロほどの場所にある事を知り、均等に分けて探したとしても、彼らが本に目を通す速度を考えれば目的の物を見つけられる可能性は極めて低い事を認識。
しばらくの間地上を歩き回り、見つけた検索装置を用いて、要点だけを絞って目を通す事に決めた。
「じゃあ最初はどうする?」
「そうだな。まずは館長に伝えた通り枢機卿の出生に関して知っておきてぇ。生まれ年はわかるか?」
「生まれ年だな。えーとだな…………今から318年前だな」
「確かかなり若々しい見た目をしてたよな。そう考えると長寿族なんだな」
「だろうな。っと、すごいな。検索したら目的の本が自動で飛んでくるんだな」
「…………他の四大勢力にはなかった機能だな」
そうして最初に見ると決めたのは、彼の出生に関する記憶。
もちろんそれがいつの事かなど彼らは知る由もないので、蒼野が持っていた自身の携帯で情報を調べ、出て来た情報を口にする。
すると出力した情報通りの内容が記されている本が真上から飛来し、赤いカバーが施されたそれを積は掴み、パラパラとページをめくり始めた。
「えらく綺麗だな」
「お前知らないのか。ここ最近の本はアルさんが発明した発明のおかげで劣化とかを防げるんだ」
「いや待て。それってここ最近だろ。ならこの本には関係ないだろ。大方賢教にしかない秘術だろうさ」
「あ、そっか。確かにそうだ」
パラパラとめくって行きながら他愛もない会話をする蒼野と積。
その裏では康太とゼオスが他にめぼしい情報はないかと検索を行い始める。
「ん? こりゃ?」
「へー。枢機卿と教皇様は同じ場所出身なんだな。ってすごいなこの二人。同時期に賢教に入信して、ほぼ同時期に昇進してる。で、最後は教皇の座を争いあって、アヴァ・ゴーントが制したらしい」
「すごい経歴だなそれ。いやてか、賢教ではそんな風に足並みをそろえて上へ昇る事が可能なのか」
「…………俺達がギルド単位で評価される事を考えれば、ないことはなかろうよ」
「いやそうでもないらしいぞ。ここに書いてある情報によると、ここまで揃った昇格は歴史上で初の事だったらしい」
積が書いてある内容を読み進めると、蒼野だけでなく離れた位置にいた康太やゼオスまで彼らの側にやって来た。
その後ゼオスが口にした考えに彼は同意するのだが、積はすぐさまそれを否定。
全員が目を丸くしたが、
「「!」」
年季を感じさせる古ぼけた木の床が軋む音が四人全員の耳に届き、勢いよく音のした方角。すなわち背後を振り返る。
「っと、おいおい落ち着けおたくら。さっき合流するって連絡したろ」
「なんだ」
「ゲイルかよ」
「驚かせるなよ。あ、レウさんは来てくれてありがとうございます」
「なんだお前ら。喧嘩売ってんのかその態度は。てか積! お前は俺とレウで態度が違いすぎるだろ! いやそれ以前に叫ばれせんなこの野郎。ここいるだけで辛いんだよ!」
「ああ。すまんすまん」
そこにいた面々を前にして緊張を解く四人は、そのような穏やかな会話を行い、体を蝕む重圧を解そうとするが、ゲイルの発言を聞くと素直に謝った。
「てか時間もないんだろ。探すぞオラ。こういうのはよ、俺は結構得意なんだよ」
「そりゃ助かるな。期待してるぜ」
ただ無駄話はそれで終わりだ。
なぜかと言えば彼らが目的のクライシス・デルエスク不正の証拠を探し始めてから既に一時間近くが経過しており、資料を纏める時間なども計算に入れれば、一秒でさえ惜しい状況であった。
「今回探すのは確かクライシス・デルエスクの汚職の証拠だったか。ならまず欲しいのは年表だな」
「年表? 枢機卿の人生を振り返っていくんじゃないのか?」
「その方法だと枢機卿に詳しくはなれるけど、矛盾点を探すのは難しい。怪しいところを見つけるコツは、比較対象を作ること。クライシス・デルエスクの人生を振り返るのと同時に、年表に矛盾がないかを調べるんだ。で、矛盾を見つけたら、その事に焦点を絞って調べていく」
「へーなるほど。こういう探し物は初めてだから、詳しいやり方はわかんなかったんだよ」
ゲイルとレウの説明を聞き蒼野は素直に感心する。
その後彼らは指向性を備えた動きを行い始め、クライシス・デルエスクが生まれてからに当たる部分の年表を取得。さらにはクライシス・デルエスクに関する人生について詳しく書かれた本を携帯で検索し、最もヒット数が多かった本を全く別の本棚から取得した。
「で、どうする?」
「積とゼオスはペアで動いて良さそうな本を探してくれ。俺と康太で、二人が気になった点の本を見つけてくるよ」
「うし分かった。ビシバシいくからついて来いよ!」
砂漠の中から一粒のダイヤモンドを探すような作業は間違いなく大変なのだが、それを行えるだけの手段を持ってさえいればその難易度は大きく下がる。
クライシス・デルエスクの過去の悪事を見つけるというのも形は同じで、彼らは今、凄まじい速度でクライシス・デルエスクという人間について詰めていく事ができかけていた。
「クソ。どっかで記録のねつ造をしてるんだろうけどよ、その決定的な証拠が見つからねぇ。枢機卿はかなりのやり手だな!」
「どういう事だ?」
「うん。元々居た大量の枢機卿を一気に蹴落としたからには何らかの裏があるんだろうけど、それを成し得た方法が全く分からないし見当たらないんだ。だから最後の一手が詰めれなくてね」
ただ物事というものはそこまでうまく進まないもので、煮詰まった状況を前にゲイルは両手で自身の髪の毛をあら荒々しく掻き毟り、レウは顎に手をやり思案に暮れる。
「必要なのはそのあたりの記録なんだな。じゃあ、片っ端から持ってくるぞ!」
「そうするしかねぇよなぁ。頼んだ蒼野」
ただ既にこの場所を訪れてから一時間半以上の時が過ぎており、焦った蒼野は藁にも縋る気持ちで彼が大司祭から枢機卿の座に昇りつめる周辺の記録を探しだしはじめ。
「え?」
事件が起きたのはその時だ。
「そ、蒼野! お前何やって!?」
「ち、違う! こいつが勝手に!?」
蒼野が手にした本のうち一冊が、何の前触れもなく炎に包まれたのだ。
その思わぬ事態を前に蒼野と康太だけでなく、離れた位置にいた積やゼオスを含めた全員の視線が注がれ、
「おやおや。これはいけませんね」
「え?」
「か、館長さん!」
彼らの耳に、穏やかな老人の声が聞こえてくる。
「私は言ったはずです。そしてみなさんは知っているはずです。この場所で本を傷つける行為が、どれほど重い罪状であるかを」
「あ、いやそうなんですけど。これは不慮の事故というか。いやそもそもこっちも何が起きたのかわからず困っているといか」
「そのような事情は存じ上げません。重要なのは、ここで貴方がたが持っていた本が燃えたという事実」
「いや。待て蒼野!」
しかしその声は徐々に聞くに堪えない悪意を孕んだ物へと変化していき、自身の直感により一早く異変に気がついた康太が、蒼野の歩行を左手で阻み、自身の警戒アラームが鳴り響く、幾つかある本棚の向こう側の声に銃口を合わせ、
「それがあれば、如何に聖騎士殿やゴロレム殿でもお前たちを守りきれまい」
杖で地面を小突くような音が増えた時には、元の穏やかな声は完全に消え去り、耳障りで聞くに堪えない皺がれた声が彼らの耳に跳びこんだ。
「死ね」
すると康太は一切の躊躇なく引き金を絞り、銃弾は何度も跳ね速度を凄まじい物に変化させながら、本棚の向こう側にまで飛んで行った。
「ちょ、待てよ康太」
「殺す気で撃った弾じゃねぇよ。が、敵なのはわかりきってるからな。先制攻撃はさせてもらうさ」
「いやいやいやいや! こんなところで戦ったら後がやばいって」
「安心しろ。後の事など、考える必要はない」
がしかし銃弾は目標を貫くことなく、銃弾を掴んだ枯れ木のような腕が彼らの前に現れたかと思えば、敵はその姿を顕わにした。
その男の姿は、一度見れば必ず記憶に刻まれるような風貌であった。
常人の数倍の長さにまで伸びた黒い染みが点在する鼻に奇妙なほど細長く伸びた瞳。
顎から首元まで伸びるあごひげに特徴的な真っ黒な翼と皺だらけの禿げ頭。
そのような一目で亜人種とわかる見た目をした、黒のローブに白の紋様を刻んだ、枯れ木を連想させる老人。
「シハシハシハ。貴様らの任務はここから先へ進むことは決してない」
賢教最大戦力『四星』
その一角にして枢機卿の忠実な僕、雲景が彼らの前に現れた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
前置きをいくらかした話となりましたが、ついに戦闘開始。
その相手は『四星』の一角となります。
実はこの時点で蒼野達は大きな問題を抱えているのですが、それはまた次回
この小説のメインであるしっかりとした戦闘描写は久々な気がするので、頑張っていければと思います!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




