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聖童女の願い


「なんですかねこれは。すごいですねこれは。本当に冷凍食品ですかこれは!!」

「…………うまいな。作りたての料理のようだ」

「あー神教由来の物とは何かが違うと思ったんだが、そこが違うのか。どういう技術だこれ?」


 料理を温めていた電子レンジが音を発し、温め終わった料理が暖かな蛍光灯の光に包まれた円卓に並ぶ。

 ゴロレムがそれらの料理の上に貼ってあったカバーを取り外すと湯気が立ち昇り、食欲をそそられた子供たちが我先にと箸を伸ばすのだが、それらを食べた彼らの口から漏れるのは賞賛の嵐であった。


「賢教は神教と比べ粒子に関する研究が進んでいるわけだが、その影響で日常生活で使える粒子術や能力も増えている。これらに使われているのは新鮮な状態の物をその状態で『固定』する能力だな」

「そんな能力を食料品全てにポンポン使えるんッスか賢教は?」

「ああ。といっても万能性はないけどね。冷凍させるのはその状態を維持するための必要経費だ」


 するとゴロレムは腕を組みながら誇らしげに賢教の文化を語り、それを聞き子供たちは感嘆の息を漏らすのだが、康太を除いた面々の表情は暗い。


「はぁ」

「おいコラ積。ため息を漏らすんじゃねぇ。次漏らしたらため息を漏らすその喉を潰してやる」

「一々怖いよお前は! いやでも仕方がねぇだろ。料理はうまいけどよ。明日の事を考えたら憂鬱になるだろ普通!」

「テメェ!」


 その理由は至極当然の物なのだがそれを聞くと康太を除いた三人の子供たちは無言の同意をしてしまい、目の前にごちそうがあるにも関わらず場の空気は冷え切ってしまった。


「…………今回の仕事は大変なものになると私も思っています」

「え?」

「作戦の内容自体はできるだけ戦いを避けるようにされていますが、一歩道を踏み外せば、大変なものになる事は未熟な私にだって分かります」

「…………」


 その空気を再び変えようと動いたのは美しい銀の長髪にそれに負けない容姿を備えたアビス・フォンデュで、彼女の言葉にゴロレムを含めた全員の視線が集まる。


「それは避けられない事実です。でしたらその先にある未来に私は目を向けたいと思うのです」

「先にある未来?」

「はい。私が、いえゴロレムさんやみなさん。それどころか大勢の人が望んだ、賢教と神教が手を取りあう未来です」


 蛍光灯の光が照らす部屋の円卓で、多くの視線を受けた少女が物怖じすることなく語る世界。それは多くの人々が望んだ理想である。


「この作戦が成功した暁には二つの宗教を分かつ境界はなくなり、両陣営の人々が血を流す争いは終わりを迎えます。もちろんそれは『一時』の事です」

「…………」

「けどその『一時』の風景をいいと思う人たちがきっと多くいるはずなのです。そしてその人たちが集まれば、より長い『一時』を作りだす道ができるはずです」


 自身の語っている事が夢物語であるという事は彼女とて十分に承知している。


「そしてその『一時』が途切れることなく続いた時、私達が望んだ未来を手に入れられる。私はそう思っています」

「…………アビス・フォンデュ。つまり貴様はこの戦いが」

「その第一歩になると確信しています。そう考えたら何だかワクワクしませんか?」

「…………はへぇ」

「なんだその反応は犬ッコロ。んでゼオスは呼び捨てにした罪で殴打だ」

「…………やめろ古賀康太」


 それでも彼女は夢に見ていた世界の結実が近づいている事に胸を張り、優は彼女がそのような事を口にするとは思わず口から息を漏らし、康太はゼオスを銃で殴ろうと振りかぶり、ゼオスは腕でそれを防いだ。


「よーするに、目の前の苦労より先の幸福に目を向けようって事かいアビスちゃん?」

「えーと…………はい。そう言う事です」

「…………楽観的な物だな」


 その光景を傍目に積はサングラスごと片手で顔を覆い、ゼオスは素直な感想を口にして康太に睨まれる。


「…………しかし道理だ。不安で動きが鈍るよりは先の展望を立て動ける方が百倍いい」

「!」


 しかしその後これまた素直な感想を口にするとアビスが明るい表情を浮かべ、それを見た康太が左隣にいる彼の肩を叩き、親指を立て賞賛。

 その様子を見たゼオスが珍しく嫌悪感や苛立ちを感じさせる表情を晒し、それとは裏腹に場の空気が柔らかなものに変化。


「そうね。アビスとゼオスの言う通りね」

「憂鬱な気持ちで挑むよりは、やっぱりちょっとでも気楽な方がいいもんな」


 優や蒼野は彼女の意思に賛同し、


「…………俺は飯がうまくなるならばそれに従う」

「ちょま、お前その勢いは一人で全部つもりかコノヤロウ! バランスを考えろバランスを!」


 ゼオスはそれだけ言うと食事を再開し、その速度に危機感を抱いた積がそれに続き他の蒼野と優も慌てて箸を伸ばした。

 そんな場の雰囲気は先程までとは全く違うものでそれを見てゴロレムは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうなアビスちゃん」

「はい?」

「オレは覚悟を決めてたんだけどな。ゼオス以外の奴らはそうでもなかった。その空気をこうやって変えてくれたのには、心の底から礼をいいたい」


 すると右隣の席に座っていたアビスに対し康太はそう告げ、アビスは照れくさそうに微笑み、


「私がお役に立てたのなら光栄です。明日は絶対に新時代の到来を告げましょう」


 自分たちが行うべき最終目標を口にする。

 そのまま賑やかで幸福な空気を保ったまま夜は更け、決戦の朝が訪れた。




 その日は多くの者が動いていた。


 何も知らぬ人々は仕事や学校でさえ神教敗北の瞬間を見ようと躍起になり、


「念には念を入れメインプランは失敗する心づもりで行く。だから人通りが多く顔を覚えられる危険のあるの正面の入口は避け、裏口を通って内部へ侵入。アビスにはいつでもシャロウズ殿に連絡を入れられるようにしてもらいながら、城内のあるフォンデュ家の私室を目指してもらう」

「「了解です!」」


 二つの超勢力の和平を望む少年少女は作戦を開始する。


「さ~てやりますかねお二人さん」

「ああ」

「賢教を数百年統治した怪物相手にどこまで通用するかはわからないけどね」


 別の場所ではこの任務の達成に大きく関わる貴族衆に所属する少年三人が動き出し、


「――――――」


 それらの様子を見つめるいくつかの目があった。


 そして


「雲景」

「は、いかがいたしましたかデルエスク卿」

「兵を集め城内の各所に配置しろ。それと十時頃に教皇様の元を訪れるよう二人に伝えておけ。あとはそうだな…………ゴロレムの奴を見張っておけ。これは他人に任せずお前自身が行い、不審な動きを見たら私に逐一報告せよ」


 この戦いの行方を握る怪物もまた動き出す。







ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


決戦前夜パート2

そして決戦当日です。


ここまでの話を見ていただいた通り今回の話ではかなり多くの戦力が動きます。

それこそ本来なら表舞台に立たないはずの戦力も。


彼らがどのように動きどのような未来が訪れるのか。

ぜひご確認していただければと考えています。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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