十怪 『人形師』 パペットマスター 四頁目
「ぐ、がぁ!?」
パペットマスターの目では影すら捉えきれない速度で放たれた一撃が、背後から現れたパペットマスターの体を捉える。
その一撃の凄まじさたるや、パペットマスタの首元から下半身にかけてを一撃で抉っていた。
「最速の…………クイック」
それだけ呟き、棍棒に触れた部位を瞬時に凍らせながらパペットマスターが地面に沈む。
それから僅かな間ヒュンレイは彼を凝視するが、彼はピクリとも動くことなく事切れた瞳は空を映してさえいなかった。
「ふぅ……………」
終わった、そう思い息を吐きだすヒュンレイ。
しかしその瞬間、動かぬ骸となり果てた体から、周りを覆っていたものと同じ茶色の煙が溢れ、ヒュンレイの体を捉えた。
「なに!?」
「クカカカカカ!」
煙の触れた素肌の部分に激痛が奔る。
咄嗟に目を守るため腕を出していたので目だけは無事であったが、それ以外の顔の至る所が赤く腫れ、破裂するような音を発し皮膚を破り血が溢れる。
「ぎ、むぅ!?」
痛みに堪え辺りを見渡すヒュンレイ。
瞬時に気を引き締め、打倒しなければならない敵の姿を探そうと無事で済んだ目を凝らすと、その姿はすぐに見つかった。
ガスを噴き出した先程まで動いていた体とは真逆の方角、最初にヒュンレイがパペットマスターと対峙していたその場所で、口を裂いたような笑顔を張りつけ彼を見つめている。
先程までとの違いは、背後に控えていた人形の数が一体に減っている事だ。
「どうしましたか? ずいぶんと苦しそうですねぇ」
最後の一体は自分と同じ姿をした人形であったか。
茶色い煙に隠れられている間に入れ替わりを行われた事を認識し、顔を歪める。
「っ!」
「優しい私が楽にしてあげましょう」
身勝手な事を口にしながら、棍棒の攻撃を受けきった人形を未だ動けぬヒュンレイへと向けるパペットマスター。
ここで膝を突けば趨勢が決する。今すぐ前に出なければ。
そう考えているにもかかわらずヒュンレイは動かず、両腕を口元に持っていき、痛々しい表情をしながら咳込む。
「……少々考えてはいたのですが、風邪か何かですか?」
「口から血を吐くような風邪になった覚えはありませんねぇ」
余裕を感じさせるたたずまい様子でそれを眺めるパペットマスターが、指を動かす。
その動きに連動し残る二体の人形がヒュンレイに向け迫るが、あと一歩というところで突如動きを止めた。
「?」
出した覚えのない指示に困惑するパペットマスターだが、右手に感じた違和感を確かめるよう目を向けると、指先から手首の辺りにかけてまで包みこまれるように凍っていた。
「余裕など持たず一思いに殺せばよかったものを」
ヒュンレイの背後で崩れ落ちる、目の前の人物と同じ姿をした人形から凍った糸が伸びており、そこからパペットマスターへと向け冷気が飛ばされ、
「貴様!」
「…………腕がなくとも、走れなくとも」
これまでにない様子で叫ぶパペットマスターだが、両腕を失った人形師の何が怖いのだろうか。
痛みはあるがそれを気にせぬという様子でヒュンレイは敵対者を眺め、
「あなたを殺すことなどいくらでもできる」
言葉と共に、地面を強く蹴る。
それに呼応するようにパペットマスターのいる場所から巨大な氷の刃が現れ、それは焦り判断力を失ったパペットマスターの右手首を見事に斬り落とした。
「ああああああああああああ!?」
叫び声をあげ地面に転がりもだえ苦しむパペットマスター。
その姿を見て、ヒュンレイが足を引きずりながら近づいていき………………その場で倒れる。
「ッ!」
叫び声をあげのたうちまわるパペットマスターの目の前で倒れるヒュンレイの口からは血が溢れ、周囲一帯を赤く染めており、当の本人も自身の状態に目を見開いていた。
「あああああああああああああああああ…………………………クカッ!」
その光景が目の端に入ったと同時にパペットマスターは黙りこみ、しばらくしたところで聞く者に不快感を与える気味の悪い声が発せられる。
それはまるで、子供が悪戯を成功させたときに見せるような純粋さと、いたずらに嵌った相手を見下し腹の底から笑うような悪意を込められた笑みであり、しかしそれを見てもヒュンレイは物怖じせず悲鳴の一つも上げず、人形師を睨み…………気が付いた。
「両手は潰したはずですが」
潰したはずの左腕も斬り取った右腕も元の形に戻っているのだ。
傷一つないきれいな状態でだ。
それはいくら木属性による回復能力の促進を利用したとしてもあまりに早い回復速度である。
「ああ、これですか。これは」
もはや勝負は決したとでも言いたげな様子で心底満足気な様子で語り始めるパペットマスター。
彼を睨むヒュンレイはしかし、その時視線に映ったものを前に息を呑んだ。
いつからだ。
いったいいつからそれは付いてた!
声を出すこともなく、パペットマスターを眺めるヒュンレイの視線の先は躍り続けていたパペットマスターの背後。
そこには僅かにではあるが発光している緑の糸が確かにあったのだ。
「ロケット鉛筆ならぬロケット手首です」
言いながら自らの右手首を引き抜き地面に捨てる。
その後人体ならば存在するはずのない空洞から傷一つない右手首が現れ、その調子を確かめるように手を広げたり握ったりする。
「パペットマスター……貴様!」
その様子を見ればヒュンレイとて認めざるを得ない。今まで目の前で戦っていたイスラと名乗る人物の姿は、パペットマスターの本体ではなく人形であったのだと。
思いもよらない事実に歯ぎしりをする姿をこの上なく愉快だと嘲笑うパペットマスター。
「君のそんな顔が見れて満足ですよ。まさか君程の知恵者が彼ら以上に驚いてくれるとは」
囁くような口調でパペットマスターが口にするその言葉。
「当たり前でしょう。つまり本体は!」
その意味を理解したからこそ、ヒュンレイは普段ならば決して漏らさぬような怒りの声を発したのだ。
「申し訳ないのですが……逃す気はありませんので」
時間はほんの数分遡る。
目的地である公園に辿り着いた二人であったが、そこで目にしたのは思いもよらない光景であった。
多くの一般人の前に立ち、体の至る所から血を溢れさせなお鎌を構える優の姿。
そんな彼女が対峙するのは白のスーツに全身を包みこみ、見慣れたシルクハットを被ったイスラの姿。
「な、なんで」
違いがあるとすれば先程と違い杖を持っていない事程度であり、先程対峙した時に見た姿と寸分違わぬ見た目をしていた。
「君たちが優君の言っていた援軍か!」
意識を声のした方角へと向けると、黒いスーツで身を包み、必死に抵抗を続けた結果全身を切り刻まれた、ギルド『アトラー』のメンバーが数人横たわっており、
「クカカ!」
無数の糸が蜘蛛の子をちらすように逃げ惑う人々の身を容易く斬り裂き、蒼野の前で一つ実命の炎が消えていく。
「クカカカカ!」
嘲り笑い人を殺す狩人に、逃げ切れず、抵抗虚しく、果てる人々。
「クカカカカカカカカカカ!!」
赤い空に血飛沫がとめどなく溢れるさまを見て、蒼野の口からは自然と言葉が漏れていた。
「ここは…………地獄か」
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
さて、という事でパペットマスターVSヒュンレイ第二話目です。
個人的にはこういう両者が手を出し尽すような戦いは大好物です。
さてそれと同時に今度は蒼野や聖野サイドが再び追い込まれるという感じでございます。
個人的には緊迫感のある展開を作りたいので、楽しんでいただければ幸いです。
それと、来週中にあらすじを新しいものに変えたいと考えています。
今のままですと、物語についての情報が欠落しすぎてるように思えたので
ではまた次回




