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鬼人族の里『豪湖』 三頁目


 思い上がっていたわけではない、そう俺は自覚している。

 ただ自分にしては本当に珍しく修行というしちめんどくさいものに力を入れ、そこに乗っかる形で最新鋭の装備が手に入った。

 だから多分、俺は思い上がってはいなかったが舞い上がってたんだ。


「さてどうする原口積」


 恐らくこれまでの人生で最も急速な成長を果たし、そこに乗っかかるように素晴らしい武器を手に入れたから、何とも馬鹿な事に舞い上がってたんだ。

 これなら見た事がない景色が拝めるんじゃないかと思ったんだ。


「…………抵抗の意志はなしだな。ならば私から何かをするような事はない」

「う、うぅぅぅぅ…………」


 『夢』ともなんの関係のない事に熱中した代償、それを俺は今味わっていた。

 

「ガーディア・ガルフ!」

「来たか。ただ諸君は一度、連携を見直すべきだと思うよ。いや意識を向けるべきと言ってもいい」

「ほざっ!?」


 俺よりも強いであろう鬼人族の集団が、駆けだしたかと思えば左右に吹き飛び意識を失っている。


「私を暗殺する事はできない」


 遠距離から音一つなく行われた狙撃の弾丸はいとも容易く受け止められ、その無弾丸を無造作に投げつけたかと思えば、狙撃手の腕を撃ち抜き悲鳴が聞こえてくる。

 そのタイミングに合わせて迫った鬼人族の青年が、なんの前動作もなく突然きりもみ回転しながら壁に刺さる。


「ガーディア・ガルフ!」

「クロバ・H・ガンクか」


 そんな荒唐無稽で絶望的な光景が腰を抜かした俺の前で続けられていると、他と比べて一際力強い声が聞こえ、俺はガーディア・ガルフののんびりとした声を聞き振り返る。


「クロバさん!」

「積君!」


 雑木林を乗り越え、大地に着地した厳つい姿をした人物を目にして、俺は思わず声を明るくしてしまう。

 この人ならこの状況を覆してくれるはずだと期待を抱く。


 けれど、その期待は間違いであるとすぐに気づかされる。


「っ!?」


 俺の視線の先にいるクロバさんが勢いよく吹き飛んで行く。ただ他の人とは違ってクロバさんは壁に衝突する前に何とか持ち直すんだが、


「丈夫だな。クロムウェル家の当主が得意とする肉体の超硬質化を行っているな。短期間で物に下にしては練度も中々だ」


 そんな事に意味はないとガーディア・ガルフは語るように、追撃に行った蹴りでクロバさんをもう一度吹き飛ばし、今度は彼が踏ん張るよりも早く背後に先回りして、締めの手刀でクロバさんを大地に沈め意識を奪った。


「あぁ」


 情けないと自分でも思う。

 ただその光景を見続けていると、自分が戦って敗北したわけでもないのに胸の奥がガンガンと抉られる感覚に襲われ、女々しい声が口から漏れてしまうんだ。


「ガーディッ!」

「きりがないな」


 突きつけられたくない、しかし決して振り払う事のない現実、それを理解してしまうんだ。


「ガーディア・ガルフか。こいつはいい!!」

「鬼人族の長、壊鬼か」

「なっ!?」

「神器は宇宙一固い物質だ。だが破壊できないと決まったわけでもなければ、溶けないわけでもない。私の知る限りでは、『溝』、『澗』…………いやもう一つ上の単位だな、『正』と呼ばれる単位の熱を周囲に放出せず、腕に閉じ込め触れれば、一瞬の接触でも破壊できる」


 俺達の修行には何の意味もないという結論。

 どれだけ足掻いたところで、人間の形をした怪物、いやそう呼ばれる存在を遥かに凌駕している生物には決して届かないという現実。

 それを理解してしまうんだ。


「終わらせるか」


 神器を破壊し僅かに動きを止めた壊鬼さんを目に見えない速度で繰り出した攻撃で退け、追撃の肘落としで意識を刈り取る。

 その後まるで最初から何事もなかったかの様子で俺の側にまで戻り、腕に付けていた時計を見る。


 正直なところそれだけの動きを行ってもなお無事な服や時計に対しても畏怖の念を抱いてしまうのだが、ガーディア・ガルフが口にした言葉を耳にして俺は再び肩を揺らした。


「な、なにをする気だよ」


 肩を揺らした理由は簡単だ。

 めちゃくちゃ短いその宣言が、めちゃくちゃ不吉なものに感じたからだ。


「鏖殺だ。いや殺しはしないな。降り注ぐ火の粉を前もって消しておく。それだけだ」


 するとガーディア・ガルフはそんな事を言いながら姿を消し、


「…………」


 一度だけ瞬きをしたところで、片手にさっきまでは持っていなかった本を持ち、俺の前に現れた。

 そして同時に、こっちに向かって来ていた無数の闘気が、一つ残らず萎んでいくのを感じ、空に浮かんでこっちに向かって来ていた様々な種族が落下していくのを認識し、


「お、おぉぉぉぉぉ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 俺は叫んだ。また叫んだ。

 それこそ今度は、人生で一番大きな声をあげ、喉が潰れる勢いで叫んだ。

 ほんの一瞬で全てが終わり、血の一滴すら点けず戻って来た怪物を目の前にして、それ以外の事を瞬時に行うのは不可能だった。


「な、ななななななんで戻ってくるんだよアンタはぁぁぁぁぁ!」


 ただまあそんな風に叫んでいると僅かながら思考は回復し、さも当然の疑問が口から発せられるのだが、


「『豪湖』は火口の側に作られた町だ。とくれば急な噴火による災害もありえる。そうなった時に対処する屈強な兵士たちは全員退け気絶させてしまったのでね。私が諸君に変わり、僅かなあいだではあるがこの町を守る必要がある」


 それに対する返答を聞き、俺は頭がおかしくなるかと思った。

 この町だけでなく世界をめちゃくちゃにする人ならざる者の吐く台詞だとは到底思えなかったんだ。


「ガーディア・ガルフ!」

「あぁ!」

「全員沈めたつもりだったが、まだ意識がある者がいたか。いや、今範囲外から現場に突入してきたというところか。シロバ・F・ファイザバード」


 『人の心の機微とその身分け方』


 なんて名前の本を熟読しているその存在の前に、これまた聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 勢いよく振り返ってみるとそこに居たのはシロバさんで、町の様子を見たからかどうかは分からないが、普段は決して見せないような形相でガーディア・ガルフを見つめていた。


「ま!」

「喰らえ畜生が!」


 正直俺の心はすり減り、衰弱し、もう誰かが敗北する姿を見たくないと叫んでいた。

 だから俺は必死の思いで手を伸ばしながら攻撃を止めるように懇願しようとするのだが、シロバさんはそれを聞ききる前に攻撃を開始し、


「もう少し範囲を広げるべきだったな」


 ガーディア・ガルフはさも当然という様子で迫る風の斬撃を腕で振り払う。

 そのまま動き出しシロバさんもいとも容易く退ける――――はずだった。


 けどそんな未来は、俺の見ている前で大きく歪む。


「!」

「は? え? うん?」


 ガーディア・ガルフが手に触れる直前に、パキンとガラスが綺麗に割れたような音が耳に響く。

 それが神器による能力の無効化であることは一瞬で理解できたのだが、そうして現れた『本来の形』は俺の想像を遥かに超えていた。


「なに?」


 ガーディア・ガルフを囲うように黄緑色の半透明の壁が展開され、その中心にいる彼に対し無数の球体が押し寄せる。

 その球体ってのもただの粒子の塊じゃあなく、有り体に言ってしまえば図鑑で見た事がある『惑星』であった。


 それは勢いよく膨張し中央にいる存在の動ける範囲を奪い尽くし、


「弾け、滅ぼせ!」


 聞き覚えのある、しかしシロバさんとは別の声の指示を聞き、半透明の壁の中で聞いた事もない轟音を発した。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


ガーディア無双。

これまでのネームドキャラが数行で片付けられる衝撃回。

シュバ公ですら許されぬ、『果て越え』だけの特権です。


さてそんな彼ではありますが最後の最後に思わぬ反撃が行われます。

これをしたのは誰か。なぜうまくいったのか。真相は次回で!


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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