十怪 『人形師』 パペットマスター 三頁目
パペットマスターとヒュンレイ・ノースパスの両者が対峙し十数秒が経った。
両者互いに相手に対する視線は外すことはなく、僅かにも動けぬ均衡状態が続いていた。
そんな中パペットマスターは右手からうっすらとだが見える糸を地面に垂らしており、左手で掴む杖は先程から何度も地面を小突いている。
対するヒュンレイはといえば両手はだらりと地面に向けられ足はまっすぐに延ばした状態の、おおよそ構えと言えるものは一切取っていない。
「そろそろですか」
蒼野と聖野が離れてから僅かばかりの時が過ぎた。
既に二人の姿を視界に収めることは敵わず、十分な距離が離れたのを気配で感じ取る。
その状況になり、ヒュンレイが動く。
「っ!」
パペットマスターが瞬きをした次の瞬間、彼の視界に飛びこんできたのは巨大な氷の塊だ。
全身を容易く飲み込むその巨大さにパペットマスターの体は何かするよりも早く吹き飛ばされ、撃ちだされた矢のような勢いで近くにある宿舎の壁を幾重にも突き破っていく。
「ふんっ!」
土煙が辺り一面に舞い上がり宿舎付近の様子は確認できないが、そんな事は関係ないとばかりにパペットマスターを吹き飛ばした得物――――手にする巨大な氷の棍棒を振り回す。
持ち手から先端に行くにつれて身を膨らませていくそれは、五百メートル程離れた位置にある工場の壁まで伸びており、ヒュンレイが前屈みになり踏み込むと同時に、数十の連撃となり数多の建物を破壊した。
「これで済めば楽でいいんですがねぇ」
目を細め土埃が晴れていく様子を見ながらふと口にするヒュンレイだが、そんなわけはないと自分の浅はかな考えを失笑。
そんな彼の眼が映しだしたのは、あらゆる場所の骨が砕かれ、肩で息をしているパペットマスターの姿で、骸となりかけたその姿に虚を突かれるが、結果としては無論悪いものではない。
そうして張り巡らせていた警戒心を僅かに解き息を吐いたところで、
「たしか『クイック』でしたね?」
「!」
背後から聞こえてきた声に反応し、ヒュンレイは咄嗟に真横へと飛びあがる。
「クカカ!」
そのすぐ後にヒュンレイが先程までいた位置に通るのは五本の糸だ。
上空から地面へと、まるで鞭のような曲線を描き振り下ろされたそれは、崩れた木材や鉄筋、さらには地面や直線上に置かれていたパペットマスターの体を容易く斬り裂き持ち主の元へと戻っていく。
「一連の動作を一寸のずれもなく同時に、なおかつ瞬間的に行なうことで、無数の動作を行う事でどうしてもできてしまう隙を消し、さらには時間の短縮を行う技法。
しかも瞬きが終わるまでの一瞬で武器の作成まで行うとは。流石ヒュンレイ・ノースパス、極めてますねぇ。ああそれと一つ伺いたいのですが……」
声の主はヒュンレイの行った一連の動作を冷静に分析したうえで、持っていた杖を地面に放り投げ首を傾げた。
「確か走れないはずでは?」
「走れないだけですよ。跳び退くくらいはできる」
できるだけ余裕の表情を繕った形でヒュンレイは答えるが、内心で舌打ちする。その情報を知られているのといないのでは敵の対応も大きく変わってくるのだ。
「ああ。そうでしたかそうでしたか。これは失礼」
ヒュンレイが走れないという事実は、外にも出さぬように細心の注意をはらってきた。
となると思い浮かぶのは優と聖野だが、対峙する相手に対し口を滑らせるのはどちらかと言えば、聖野の印象だ。
厄介なことをしてくれる、
内心でそう毒づきながらもそれ以上に厄介な事態になった事を理解。
そんなヒュンレイに対し、パペットマスターが三体の人形を出してくる。
それらは先程までの見覚えのある面々ではなく、一目でわかる異形の存在。
先頭に立つ存在は腕の部分には巨大な砲台を装備し、両足はなく浮いており、顔の部分は木で作られている雑多なもの。
加えて胴の部分には薄汚れた布きれが付けられており、その姿が先程使っていた人形のような相手の心を抉るための物ではなく、戦うための人形であると暗に言っている。
「暗倶。断響。鏡身」
加えて背後には二体、全身を黒い布で隠した人形が待機しているのだが、しかし実際のところヒュンレイはさして焦っていなかった。
それというのも現状最も重要な事は蒼野と聖野を含む住民の非難だ。
ここでパペットマスターを釘付けにしておけば、これ以上の脅威がくる事はまずないと確信も持てる。
なおかつ、こちらもそこまで戦況は悪くないのも理解している。
パペットマスターの杖を持っていた左手が、先の一撃で潰れているのだ。
単純に考えて人形が発揮できる能力は半分。これはとても大きい。
『人形師は最強である必要がない。人形が最強で、その力を発揮できればよい』
有名な言葉であるが、今のパペットマスターがその条件に当てはまるとは思えない。
「さて」
とはいえ倒せるものならば無論倒しておきたい。となると攻めるタイミングは今をおいて他にはない事くらい彼ならば十分に理解している。
「エノルメ・ロウ(巨人の暴威)」
先程と同じように一歩踏み出し、神速の勢いで棍棒を振りきる。
一撃一撃に重みと速さが乗った一撃はパペットマスターの目では完全に捉えきることはできない。
が、全く目に映らないわけではない。
「…………っ!」
振りきる前の僅かな動きで攻撃の軌道を予測。その軌道上に人形を置き、放たれる攻撃を何度も受けきる。
そうして再び訪れる均衡状態。
最初と違う点があるとすれば二人の間で鳴り響く重厚な音があるかないかの違いであろう。
「「………………」」
攻防を繰り返しながらも両者は互いに理解している。
この均衡状態は僅かな変化で大きく崩れ、その結果として主導権を握れた者がこの戦いの勝者となると。
それがわかっているからこそ二人は必死になる。
自分が有利になるためのきっかけを見つけようと躍起になる。
「「…………」」
ヒュンレイ・ノースパスは人形達を見る。
背後で動かぬ人形は恐らく事の趨勢を決める重要なものなのであろう。
先程から繰り出し続けている連撃は前衛にいる人形だけでなくパペットマスター本体や背後に構える人形にまで向け放っているが、その全てがたった一体の人形に防がれている。
では前に出て主を守り続ける人形に変化はないかと見てみると、傷ついてはいるもののその守りを崩せる様子もない。
「ちぃ!」
対するパペットマスターも押されながらヒュンレイ・ノースパスを観察する。
片腕で全ての攻撃を辛うじて守りながら、これほどの連撃を繰り出し続ける敵が、なんの疲れも見せないのかと観察。
舐めるような視線でヒュンレイを見つめるが、疲れた様子など一切見せず動き続ける姿に、億劫な気分になったと言いたげな表情を見せた。
「埒があきませんね」
その状況で先に動いたのはパペットマスターだ。
およそ二百メートル程ある距離を、前衛に出した人形が破壊されることさえ可能性の範疇に入れ前進する。
「ツヴァイ」
そこでヒュンレイは左手に同質量、同等の大きさの棍棒を持ち、右腕に合わせ連撃を繰り出し二倍の物量で一気に押しきる。
「おぉぉぉぉ!」
連撃が空気を切り鳴き声のような音を発し、下から上へと持ちあげるような一撃は大地を持ちあげ、上から下へと叩きつけるような一撃は大地を砕く。
それらが目で追えるかどうかギリギリの早さで迫ってくるのだ。
右手のみで懸命に防いでいるとはいえやはり無傷とはいかず、腕や足、胴体に掠り、肉を抉り血が噴き出る。
その様子を目にして優勢なのを確信するヒュンレイだが、油断はひとかけらもない。
彼は指を潰せば全てが終わる事を理解しており、ここが勝負どころと猛攻を仕掛けた。
「ク、カカ!」
が、パペットマスターがヒュンレイのいる場所から三十メートル程の地点にまで来た時、これまで主の背後で静止していた人形の内の一体が空へと昇っていく。
今すぐに壊すべきか一瞬だけ迷うヒュンレイだが、その隙に前衛で攻撃を防ぎ続けていた人形がヒュンレイへと近づいてくる。
「退くべきか?」
棍棒を構え直し、一歩後退するヒュンレイ。
彼が後退しながら見たものは、地面から二メートル程の場所で静止した姿を隠していた人形だ。
「あれは!」
肥満体の人間の体にピエロの顔を張りつけたその姿は、見る者の胸に不安感を抱かせ目を釘付けにするには十分な容姿であり、その人形が両手を前に突き出すと掌の位置がパックリと割れ、風船から勢いよく空気が溢れるような音を発しながら茶色いガスが噴射される。
「毒ガスとは古典的な!」
そうは言うもののその効果はどれだけ時代が進んだといえど強力なことに変わりはない。
機械ではなく人が生身で戦うことが主流の現代では、対人間用の毒ガス兵器は日夜行われており、パペットマスター個人もそれを行っている。
「さて」
毒ガスに対する抗体はいくつも持っているヒュンレイだが、パペットマスターが自作している者の抗体を持っているかまでは流石にわからない。
類似した抗体を持っていない可能性があるため、見るからに健康に悪いそのガスが届くよりも早く、瞬時に対応策を考える必要があった。
「…………」
息を吸いこみ止めるという案がすぐに浮かぶが却下する。ヒュンレイは自身の手持ち粒子で酸素を作り無呼吸でいられることが可能であったが、そもそも肌に触れた時点で効果がある可能性も十分あるのだ。
その案は対策となっていない。
ではどうするかと考えると、答えはすぐに浮かんだ。
「…………少々品がありませんが、まあ仕方がないですね」
ガスがこちらに届くよりも早く。全て薙ぎ払ってしまえばいい。
その考えが正解であると確信を持ち、腕を振るい近づいてくる煙全てを払いのける。
聖野や蒼野が見ればゴリラとしか思われない対処法だ。
「演劇において重要なのは緩急です」
そうして向かって来る煙全てを追い払ったところで――――背後から声が聞こえてくる。
「山も谷もない物語では観客は飽きてしまいます。重要なのは観客の目を釘付けにする緩急、つまり起伏のあるストーリーなのです」
振り向く必要などない、その声の主は先程まで目の前のいた男と同じ声をしていた。
が、ヒュンレイが焦ることはない。
「なるほど。ご教授ありがとうございます。パペットマスター」
パペットマスターがここまで近づくことは想定通りであったからだ。
毒ガスであろう煙が撒かれた時、ヒュンレイは疑問に思った。
なぜ無色透明のものを使わないのだろうかと。
毒ガスの効果が何であるか等知る由もないが、その効果を発揮させるつもりならば無色透明である方が良く、自分が相手を殺すつもりならば必ずそうする。
「それで?」
で、あるならば、この毒ガスはブラフだ。
これとは別に本命となる攻撃があり、すぐにパペットマスターの姿が煙の向こうへ消えていることで気が付き過程を立てていく。
もしこの攻撃がただのブラフではなく本命の攻撃を隠すための陽動だと考えるのならば、それはどこから来るか?
そう考えた時、すぐに答えに辿り着いた。
「その答えが背後からの奇襲という事ですかパペットマスター。いや何とも面白みがない」
「!」
棍棒で煙をはらう中、パペットマスターが煙の中へと姿を消している間にヒュンレイの握る棍棒は変化していた。
右手に持っている棍棒はこれまでと変わりないが、左手に持っている棍棒は大きく違っていた。
遥か彼方まで届くような巨大な物ではない。手首から肘までの間程度の長さに人の骨と同じくらいの厚さをした、かつて蒼野を相手に使った小さな棍棒だ。
「ですからそうですね。私がそんなマンネリなストーリを変えてあげましょう」
「きさっ!」
「そう、君の考えるその筋書きが変われば、面白いとは思いませんか?」
ヒュンレイと背後から迫るパペットマスターの距離はおよそ二メートル。一呼吸の間にパペットマスターによる攻撃が届くであろう距離で、人形師が思い描いたであろうその未来をねじ伏せる。
「小人の神追」
目の前の人形師の動きを完全に読みきり、放たれる渾身の一撃。
それは間違いなくパペットマスターを貫いた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
まずは遅れてしまった事について謝罪を。
申し訳ありません!
少々執筆量を増やした結果、このような時間になってしまいました。
もしかしたらこれが、九月の末まで続くかもしれないので、ご了承いただければ幸いです。
それと、先日初めて感想をいただけました!
ありがとうございます!
評価やブクマも少しずつ増えてきたので、本当にうれしいです!
明日以降も頑張って行きますので、よろしくお願いします!




