吉報と凶報
「ここは…………」
静謐で灯り一つ通さぬ真っ暗な空間の中で、原口善は目を覚ます。
「一体どこだ?」
朧気な頭は眠る前に起こった事態がどのようなものであったかを思いだせず、彼は現状に困惑する。
「う、動けねぇ!」
ただそのままでは事態は進展しないと悟った彼が体を動かそうとすると、それを塞ぐような反発する力が襲い掛かり、彼は少々強く右腕をあげてみる。
「お、動いた…………てそうか。そういやそうだったな」
すると彼の右腕は反発してくる力を跳ね返し、自身の体の上に積み重なっていた大量の岩を明後日の方向へと吹き飛ばし、空に浮かんだ僅かに欠けた突きを目にした。
それと同時に彼は自分が意識を失う前に何をしていたのかを思いだした。
「負けた、か。クソ、最悪だなこりゃ」
瓦礫の海を跳ね飛ばしながら起きあがり、視線の先に広がる景色に意識を移しながらそう告げる。
彼の瞳に映ったのは、無事なところなど一つもないと言いきっていいほど砕けた地面に、大地に刻まれた人為的な力が作用したという証拠の切り傷に打撃痕やクレーター。
さらに周囲を見渡せば自分と同じように転がっている見知った影を二つ見つけ、善は斜面を作っていた瓦礫の山を下り、近場に居たブドーの側にまで近づいて行く。
「うぉう!?」
「ちっ、うまく躱すじゃねぇか。余裕がありますってか?」
そんな彼の行動を横から遮ったのは唯一姿形が見えなかった鉄閃であり、彼は善と同じく全身を砂埃で包みながら、そんな悪態を吐いた。
「ずいぶんなご挨拶じゃねぇか。だがこの状況でその挨拶はちと手荒過ぎだ」
続けて撃ちだされる突きを掴み、息を吐きながらそう告げる善。
「そうでもねぇ。何せ相手は目覚ましにデカい岩の塊投げて来る野蛮人だ。このくらいじゃ失礼にあたるってもんだ」
「…………あーそりゃ俺が悪いな。すまなかった」
ただ話を聞き根本的な理由が自分にあるとわかると素直に謝罪し、それを聞き鉄閃は一度だけ鼻で笑うと、槍の切っ先を地面に刺し瓦礫の斜面に腰かけ、足を組みながら息を吐いた。
「完敗だったな」
「起きたなら言えよ。びっくりするだろうが!」
「あれが千年前最強の、いや現代においても最強の剣士か。まあ素手でお前を超えた時点で、剣士の括りにしていいのかわからないが」
そうしていると騒ぎを聞きつけたのか残る二人も目を覚ましており、僅かに驚いた様子を見せる鉄閃など指して気にした様子もなくそのような事を口にした。
「あぁ。そうだな。てか改めて口にするな。気分が悪くなるだろ」
それに対して善は全面的に同意しながらも、聞きたくもないという様子で言葉を吐きだした。
彼らはこの戦いで現実を知った。
自分たちは確かに強くなった。それは自他ともに認めるべきことである。
しかしシュバルツ・シャークスはそれでもなお自分たちよりも上の位相に存在しており、得意分野である剣の腕だけでなく、拳を扱った戦いにおいても自分たち全員を凌駕する実力を備えていた。
「厄介な事になったな」
「んだな」
ガーディア・ガルフとシュバルツ・シャークスの両者を同時に撃破する事は不可能である。それが神の座が辿り着いた結論である。
各個撃破するとして残されたチャンスは今回の襲撃と次回の襲撃の二回。
神の座曰くどうにかしてこれに加えもう一度戦えるだけの機会を設けるとの事であったが、最後の戦いでガーディア・ガルフを打倒するとなれば、シュバルツ・シャークスを打倒せしめるチャンスはやはり二回しかなかったのだ。
その内の一回である今回はこと近接戦においては現代最強の四人が揃い足並みをそろえて襲い掛かった。
とくれば文字通り、負けられない戦いだったのだ。
「「…………」」
その戦いを落としてしまった影響の大きさをはっきりと把握しているゆえに彼らは押し黙り、同じ思いを胸に抱く。
「あ?」
「電話か。誰だ?」
「…………本部からだな。失礼する」
そんな中で善の持っている携帯に掛かってきたのはラスタリアからの連絡で、いつの間にか円を作るように集まっていた残る三人から彼は一歩離れ電話に出る。
「俺だ」
「あ、やっと繋がった。結果はどう…………なんて聞くだけ無駄かしら?」
「わかってるなら聞くんじゃねぇよ」
「ごめんごめん」
短い応答に対し聞こえてくるのはかつての上司の快活な声。
そんな彼女が告げる内容に対し悪態を吐くと、少なくとも表面上はさして落胆した様子もない返事が返って来る。
「さて、貴方達に伝える報告が二つあるわけど、片方は凶報でもう片方は吉報よ。どっちを先に聞きたい?」
「…………最後に落胆するよりかは喜びたいもんだな。先に凶報だ」
ただ普段の快活かつお気楽な声が続いたのはそれまでで、いきなり変わった真剣な声色に何とか対応しながら善はそう説明。
「じゃ凶報から。もしかしたらなんとなく理解してるかもしれないけど、ロッセニム以外の二ヶ所も敗北。残る結界維持装置は後三つになったわ」
「そうかい」
耳に届いた凶報は想定していたものであり、しかし落胆を隠せぬ声で彼は短く応答。
「なんだって?」
「ロッセニムだけじゃねぇ。倭都と豪湖も陥落だとさ」
「成果なしってか。堪えるねぇ」
それから間髪入れずにレオンが会話の内容を探ると善はそう説明。
それを聞き鉄閃が悔恨の極みとでもいうような声を発するのだが、
『実はそうでもないのよ。いえもしかしたらシュバルツ・シャークス打倒に匹敵するだけの成果をあげることができたかも』
アイビス・フォーカスは電話越しに鉄閃の反応を聞き即座に否定。
「なに? いやてかそれが吉報か?」
「ええ。実はね…………」
善が少々意外そうな形で尋ねるとその内容を告げ、
舞台は吉報上がる『豪湖』へと移ることになる。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
豪湖へと繋がる間の回。
なしでもいいかと思ったのですが、流石にそのままだと落ち込み気味過ぎたまま先に進む気がしたので先の展開の少々のネタバレを。
さてまあ豪湖での話ではやっと一矢報いる話がやってきます。
『果て越え』を筆頭としたインディーズ・リオとの戦いは既に中盤戦。
ここからは最後まで怒涛の展開が続くので、楽しみにしていただければ幸いです
それではまた次回、ぜひご覧ください!




