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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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十怪 『人形師』 パペットマスター 二頁目


「え?」


 絶望で心を塗りつぶされ崩れ落ちる蒼野。

 そんな彼の背後からパペットマスターへと向け、黒い結晶体で作られた枝が伸びて行く。

 突然の出来事に驚く蒼野だが、その枝の軌道が全て蒼野を避けるように進んでいること、なおかつパペットマスターに向け伸び続けていることを確認し敵ではない事を理解。


「焦ったけど何とか間に合った。まあとにかく」

「え?」

「生きてて何よりだ!」


 次いで、背後から前へ躍り出るその姿。

 小さいながらも鍛えられた腕からは血管が浮かび、発達した背筋が逆三角形を描いている、鍛えられた背中をしたその少年。


「お、お前!」


 死んでしまい人形となってしまったと思っていた聖野が、突如蒼野の前に躍り出た。


「死んだんじゃ!」


 まさしく死人をみたとでも言いたげな口調で蒼野が語り、それを聞いた聖野がため息混じりに目の前にいる自分たちの人形を見た。


「あーあの目の前の人形か? ありゃそう見せるための罠だ。それと、優とも一度合流済みで、あいつは一般人の避難を行ってる。まあここは、単身赴任者しかいないから、子供が混じってない分普段より楽にまとめられるはずだ。それはさておきとりあえず確認を……………」


 雪崩のように情報を伝える聖野、しかし彼はそこまで言いかけたところで思い返し、


「いやいいか。流石にこの状況で偽者なわけがねぇ」


 一人で全てを納得し、何度かにわたり頷いた。


「……頭が整理しきれないんだが、一体お前は何を言ってるんだ?」


 対する蒼野は状況の変化と投げかけられた情報を完全に認識しきれず、未だ立ち上がらぬまま、表情を梅干しでも食べたかのような渋いものに変え彼を見上げた。


「悪いが説明してる暇がねぇんだよなぁ……来るぞ、ついて来い!」


 背後にバックステップで退く聖野に続き、立ち上がり後退する蒼野。

 二人に向かってくるのは優や聖野の姿を模したものまで存在する十数機の人形。

 それらはそれまで二人のいた場所に向け構や刀、機関銃やロケット弾で攻撃を行い、逃げていく蒼野と聖野を追いかけてきた。


「すまねぇ! 逃げてもいいって言われて、その誘いに乗りそうになっちまった!」


 目の前の脅威から目を離すことなく時に風の刃を撃ち出し抵抗を続ける蒼野。


「対神教殺戮兵器みたいな野郎が相手だ。仕方がねぇさ! だけどまあ、幸か不幸か時間稼ぎになったからファインプレーだ!」


 それを聞いた聖野はさして罵ることなく彼の戦果を褒め、拳や蹴りで、近づいて来た相手を吹き飛ばした。

 が、その時、蒼野の背後を固い感触が襲う。


「うぇ!?」


 前の光景から目を話すわけにはいかないと思い後ろ手にペタペタと触ってみると、ひんやりとした感触が返され、蒼野がこれ以上ない程大きく動揺する。


「せ、聖野。背後は工場の壁なんだが。お前について行ってたら逃げ場を失ったんだが!」


 まさか偽者だったのかと不安に思い横を見ると、何も口にすることなく、パペットマスターを睨む聖野の姿。


「思ったよりも抵抗された事に少々驚きましたが、どうやらおつむはあまりよくないようで。私の人形になった方が良い働きができますよ?」


 口を頬まで裂いたような異様な笑みを浮かべたパペットマスターが、二人の前に近づいてくる。

左手にはこれまでと同じように杖を持ち、右手からは無数の糸が伸び、パペットマスターの背後に陣取る十数体の人形達に張り付いている。


「失礼な奴だな。仕事に関して言えばこの上なくうまくやったさ。それと蒼野、覚えとけ」

「何を?」


 混乱する蒼野の背後に……強い衝撃が奔る。

 次いで聖野が蒼野の体を脇に抱え空へと逃げ、それを追いかけるようパペットマスターは右手を動かし人形を操るが、


「これは!?」


 地面を抉り、自らへ向け迫る氷山の一角を確認し、人形たちを氷山から身を守る肉盾として利用。


「ぬっ!」


 が、それだけでは終わらない。パペットマスターを守るよう盾になった人形達は氷山に触れたそばからその身を凍らせ、強烈な冷気を纏った氷山の進行はすぐ後ろで控える操り手にまで伸びていく。


「味方の言葉にも裏があるってな!」


 笑いながらパペットマスターを飛び越え、蒼野の腕を掴みながら出口の方角へと向け走りだす聖野。しかしふと思い返した彼は一度だけ振り返り、工場全体を貫いた巨大な氷山を作りだした創造主に向け声を張り上げる。


「ヒュンレイさん、後は頼みます!」


 その声は確かに彼に届いたのだろう。

 蒼野や聖野ならば一切気を抜けない状況であったパペットマスターが相手だというのに、ヒュンレイは普段と同じ穏やかな笑みを浮かべ、米粒程の大きさになってしまった二人に向けて手を振った。


「…………なぜかこちらの都合に合わせてくれたようですが、いつまでそうしているつもりですか?」


 それから少々の間を置き、苛立たしげなヒュンレイの声が虚空に投げかけられる。

 言葉を投げかけた先には先程パペットマスターを襲った巨大な氷山の一角があり、ヒュンレイが言葉をかけると、氷山全体に亀裂が奔り、氷が割れる甲高い音を発しながら崩壊。


「何をいうのですか。私は心優しい紳士ですよ。幼い命は、できるだけ救いたいと常々考えているのです」

「わかりきった嘘を吐くのだな。お前は」


 相手を小馬鹿にするような表情を顔に張りつけたパペットマスターが、ヒュンレイと対峙。


「…………流石に騙せはしないですか」

「当然」


 両者互いに無手に見える状況で対峙するが、目を凝らせばパペットマスターの右手の指からは五本の糸が伸びており、その氷山さえ容易く斬り裂く強靭にして鋭利な糸にヒュンレイが目を細める。


「しかし君はいつからそちら側に鞍替えしたのですか? 君と私は同じ穴のむじなだと思ったのですが」

「パペットマスター、あなたは人形師としては一流かもしれませんが、どうやらその目は節穴のようですね」


 そう言ってヒュンレイは蒼野に見せたことがない、敵を侮蔑するような視線で人形師を射貫くと、対する人形師は然程堪えた様子もなく、淡々とした様子で事実を語る。


「まったく、今日は運がない。仕事の邪魔をされ、計画が潰され、そして――――――同じ『十怪』の一員と戦うのですから」




「うーし、完全に逃げ切った。こっから気張れよ蒼野!」

「なぁ! ところで優はどこらへんにいるんだ?」

「ああ優か」


 ヒュンレイがパペットマスターとにらみ合いを進める中、蒼野と聖野の二人は体力の温存など一切考えず全速力で走り続け、パペットマスターと対峙した瞬間に感じた嫌な空気を感じなくなる位置まで逃げていた。

 そうして逃げた先にあった数えきれない数の宿舎が経つベットタウンからは、人気というものを感じず、赤い空の不気味さも合わさりゴーストタウンのような雰囲気を出している道路を二人は走っている。


「あいつは居住区や工場内にいた一目見て大丈夫そうな人たち全員を公園の方に非難させてるよ。俺達の仕事は、その人たちをヒュンレイさんの戦いの余波が届かない場所まで連れて逃げる事だ。パペットマスターの人形が紛れ込んでるかもしれねぇから気を付けろ」

「体に伸びてる糸を見ろってことだな。分かった」

「いやパペットマスターに限っては違う」


 そんな中蒼野が口に出した提案を聖野は否定。


「戦闘時はそうやって自分で操った方が使いやすいだろうからそうしてるだろうが、工場見学を行ってた時みたいな平時は別だ。あいつに限っては操形針っていうクソほど面倒なものを使う」

「そうぎょうしん?」


 きょとんとした表情を見せる蒼野だが、今回に限り聖野はそれは仕方がないという様子で一度立ち止まり、話を始める。


「人やら人形の操作方法の一種だ。人差し指程度の長さの木でできた針で、刺した相手の体の内部から脳に向けて根を張る」

「聞いてるだけで気持ち悪くなってくるんだが。それで相手を殺すってか」

「いや、操形針は人を殺す道具じゃない、人形を操る道具だ。まあ殺すことも可能なんだろうが」

「というと?」


 嫌な表情をする聖野に続けるよう促す蒼野。


「まず単純に糸で操作してるわけじゃないから人形と判別がしにくい。加えて自分の思うようにしゃべらせたり動かしたりできるもんだから、糸で操作した場合と比べて自然な動きができる。んで、最大の特徴としてまだ生きてる人間相手だと軽い命令程度だから邪魔されたり、うまい事しゃべれなかったりするんだが、死者に扱えばそれらの問題が一切ない。なおかつどこも弄ってない肉体をベースにすれば傀儡部分もないから判断できない」

「聞いてる限りだと糸いらずで便利な感じだが違うのか?」

「単純に糸で操る場合と比べて動きの精度は大したことないからな。ただ今から行く場所みたいな、潜りこんでの奇襲や日常生活に溶け込んでの情報収集が主な使い道だ」


 パペットマスターが作りだした最悪の兵器。それを語り終えた聖野はもう一度走りだし、それに蒼野も続いた。


「見分け方は?」

「それについてはヒュンレイさんと話してきた。もう目的地に到着するからあっちで指示を出しながらやるが、お前の能力が必要だ」

「俺の能力?」

「ああ。とにかくそこに優もいるはずだから、まずは合流だ」


 目的地へと向かうため、最後の四つ角を曲がる二人。


「え!?」

「は!?」


 そこで見た光景に二人は言葉を失った。




 今から数年前、巨大な暴走族が存在した。

 族に所属するメンバーは全世界で数十万人と言われており、リーダー含む百人程のメンバーがそれらを律し、まとめていた。

 彼らには十二の掟があり、それらの内の一つ『メンバーに対する報復は総戦力で行うべし』という掟により、四大勢力でさえ報復を恐れおちおち手が出せぬ状態となっていた。


 殺人などの重罪はないとはいえ法律を無視しての騒音や交通法無視、他にも多数の罪状を積み重ねた巨大な集団。

 世界全体における影響力の大きさや、これだけ巨大な集団を作りだし十二条のルールで見事にまとめあげたという厄介さを危険視し、四大勢力は組織とその頭領を『十怪』の一角とした。



 男の名は――――ヒュンレイ・ノースパス

 現在ギルド『ウォーグレン』で参謀兼戦闘員を行っているエルフ族の青年だ。




ご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。

という事で対パペットマスター第二話目。

とある人物の意外な過去の発表となります。




さてさてそれとは別に蒼野と聖野がまたも思いもよらない事態に衝突しますが、それについてはまた次回以降。


三話目投稿については何とも言えないというのが実情ですが、

遅くとも十一時半までには投稿しますので、それまでに投稿がなければ諦めていただければと思います。


それと、ツイッターのURLが変わりました。

ご登録いただければ幸いです

https://twitter.com/urerued


ではまた次回

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