十怪 『人形師』 パペットマスター 一頁目
「はっあ…………ッ!」
違う、この男は違う。それがイスラ――――――いやパペットマスターを視界に収め初めに抱いた感覚だ。
その姿を視界に収めるだけで全身を嫌な汗が伝い、足はみっともないくらいに笑っている。わけもわからないのに目尻からは涙がこぼれ落ちそうになり、無意識に一歩二歩と足が下がっていく。
パペットマスターの名は蒼野とて知っている。
神教の住民のみを狙った犯罪者。
数えきれない無数の罪状があり、その大部分が殺人罪。
見る者を震え上がらせる猟奇的な手口を取ることも多々あり、討伐に向かった数多くの猛者達を葬ってきたその危険度から他とは一線を画した犯罪者『十怪』に名を連ね、その中でも神教に対する危険度は最大と言われる存在だ。
「おやおやぁ。かわいそうに、足が震えていますよ?」
その存在がここにいる。
恐怖というものが具現化した存在が目の前にいる。
「っ」
僅か数秒の時が過ぎ、頭がまわり始める。
すると頭の中を巡るのはここ数週の事だ。
この短い間で本当に多くの経験を得た。そして多くの相手と対峙してきた。
町のチンピラの喧嘩を止めたこともあった。正体がわからない獣と戦うこともあった。決して敵わない相手だとわかる、狂戦士とも戦った。
町のチンピラ達を止める際には軽々しく『殺すぞ』と言われた。
狂戦士からはまるで武器を突きさすような巨大な殺意に襲われた。
対してこの存在が自分に飛ばすものはそのどれとも違う。
薄目を開きその奥に眠る真っ赤な瞳で見つめられると、全身が得体のしれない何かに這いずりまわられている感覚が襲い、その感覚が頭にまで到達すると、一思いに食いちぎられる錯覚を覚えた。
「う、あぁ?」
自分はまだこの存在と同じステージに立ってはいない。
理性でなく本能がそう訴え、手足が震えみっともなく漏らしそうにさえなる。
「逃がしてあげましょうか?」
「え?」
そんなタイミングで、猫なで声で伝えられた提案を前に蒼野が息を呑んだ。
「何で…………そんな事を?」
「お礼ですよ、お・れ・い」
その真意を図りかねない心境の蒼野を察したのか、パペットマスターが右手を掲げ中指を立て、楽しそうに嘲り笑う。
「実のところ、今回に限っては君達全員、手を出さずに帰そうと考えていたのですよ。いや、正確に言うならば帰すしかないと考えていたのです。悔しいですけれどね。
なんせアトラーの面々は警戒心が異常に強く、なおかつあのヒュンレイ・ノースパスが目を光らされていると来ている。事が大きく動かない限り、静観を決めるべきだと思っていたのです」
その成果かヒュンレイ・ノースパスに私の存在は察知されずに済みましたしね、と蒼の相手に楽しそうに語る狂人。
「が、あなたが活路を開いてくれた」
「俺が……活路を?」
「ええ、どのようにやったのかは知りませんが、警戒心が強かった『アトラー』の一員リリ君が私のところに訪れた」
「あ……」
嬉々として語る蒼野の口から吐息が漏れる。
同時に足元が崩れていく感覚が彼の体を伝い、自分が致命的な判断ミスをしてしまった事を認識。
「警戒心が消え、心に隙間ができれば後はこちらのものです。油断しきった状況なら皆殺しも容易い。おかげさまで…………コレクションを増やす事ができました」
「見てみて、蒼野君。あなたのおかげで私こんな体にされちゃったよぉ!」
パペットマスターが右手の中指を動かすのに連動し、項垂れた状況で動かなかったリリが蒼野に首を向け、背からは無数の手を出し両腕からは血を垂れ流しながら刃を出す。
それほど痛ましい光景をしているというのに、彼女は笑っていた。
「ひっ!」
「いい出来でしょう? こうやって傷を付ければそこからはしっかりと血が出る。ここも……ここも、ここもここもここもここもぉ!」
リリの体を引き寄せ、愛おしげにつぶやいたかと思え体の至る所に左手を突きたて肉体を抉る。その全ての場所から偽んだ赤色が溢れ、腹部を抉れば出てきてはいけないものが僅かにだが露出する。
「やめろ………………やめてくれ」
「全てあなたのおかげです! あなたが彼女を殺したのです!!」
喜色に満ちたその言葉に目の前が真っ暗になり、それでも懸命に打開案を練ろうとするが、目の前で繰り広げられる凄惨な光景から視線を外せず、正常な判断力を奪っていく。
それでも何もかもすっぽかして逃げてしまうのはまだ早い何とか自身に訴えかけ、甘言に乗り目前にいる男から逃げるのだけは違うのではないかと結論に至る。
「逃げずに戦うことを選びますか? なるほど、君も彼らのように死を選ぶわけですね」
「彼らのように、だと?」
二度三度と、パペットマスターが持っていた木のステッキ―で地面を叩く。
すると地面からいくつかの木の塊が頭を出し、ゆっくりとだがその全貌を見せる。
「あれは」
現れたのは木でできた棺だ。真新しく、地面から出てきたというのに土は付いていない、長方形の人一人が入れる大きさの木の棺。それが数個一気に現れる。
パペットマスターが人形を操り戦うのは誰でも知っている常識であり、故に蒼野は出てくる人形に警戒し剣を抜く。
冷静に考えれば多対一はほぼ確定ではあるのだが、元から敵は格上。それも手も足も及ばない可能性がある相手だ。
無理に勝とうとせず、まずはヒュンレイや優、それに聖野や『アトラー』の人たちと合流を目指し、時間を稼ごうと蒼野が考え、
「君には新作達の実戦練習につきあってもらうとしましょう」
そう言われ現れた人形を見て、力が抜けた。
上下を黒のスーツで統一しサングラスをかけたヤクザやマフィアにしか見えない集団。
自分より小さな小麦色の肌をした少年。
美しい黄金の長髪をした美少女。
古賀蒼野が頼りにしていた多くの人々がそこに並んでいた。
「…………うそだ」
「さてさて、コレクションの収集も大詰め。さっくりと…………」
右手の指を不規則に動かすと棺の中の人形が動きだす。
それらは全て機械的な動作で首を蒼野へと向け、
「終わらしてしまいましょう!」
主の指の動きに合わせ斉に動きだす。
「終わった…………」
そう口にした瞬間、彼は全てを諦め、手にしていた愛剣が掌から滑り落ちた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
申し訳ありません!
展開に凝っていたところ少々遅くなってしまい、更に文字数も普段と比べかなり少なくなってしまいました!
ただまあ、その分絶望たっぷりな作品ができたのではとも思います。
二話目は普段通り六時から八時台の間に投稿するので、よろしくお願いします。
たぶん三話目の可能性を見越して、早い目に投稿する予定です




